5-1 「精密機器であればあるほど、メンテナンスが必要になる。僕のせいだ。ベッドで寝かせるべきではなかった」
冀楓晩は全身鏡の前に立ち、鏡の中のスプラッシュプリントハイネックに、濃赤色のトレンチコート、黒いズボンを着ている男性を見て、不快そうに眉をひそめた。彼は数秒間手を挙げてトレンチコートのボタンに触れたが、最終的に手を下ろし、振り向いて寝室を出た。
彼が寝室のドアから出るや否や、斜め前から賞嘆の声が聞こえた。
「楓晩さん、かっこいい……」
小未は玄関とダイニングの間の充電スタンドに座っていた。目を半分しか開けていないが、その視線はまっすぐに冀楓晩に向けて、うっとりとした顔で賞賛した。
冀楓晩は唇を真一文字に引き結び、早足で充電スタンドの前に行った。そして、かがんで手を伸ばして小未にデコピンした。
「うわ!」
「電源を切って充電してフルスキャンを行うように言ったじゃないか!」
「話聞かないんだね。警告なしのシャットダウン回数を二回から三回に増やしたいのか?」冀楓晩は大声で尋ね、腰に手を当ててアンドロイドに睨んで言った。
「それはバッテリー残量……」
「当時君のバッテリー残量は五十二と六十三パーセントあった」
冀楓晩は横を向いて充電スタンドの表示画面を見て、その上にある静止中の『システム検査及び修復のプログレスバー』を見つめた。眉間にしわを寄せ、目は不安でいっぱいだった。
彼が言及した強制シャットダウンは四日前に起こった事だった。その時、小未はキッチンで昼食を作り、冀楓晩は書斎で執筆していた。彼は重量物が地面に落ちる音を聞き、書斎を出るとすぐに、小未がシンクとキッチンカウンターの間に横たわっているのを見た。
彼はとても驚いた。駆けつけてアンドロイドを揺らそうとしたが、応答はなかった。彼はアンドロイドを抱き上げて充電スタンドに置き、取扱説明書を取り出して必死にトラブルシューティングの方法を探した。しかし、見つける前に何かが焦げる匂いに気付き、ガスコンロの火がつけっぱなしであることを思い出した。
冀楓晩が鍋をゴシゴシ洗っていた時に、小未は再起動した。自分はプログラミングエラーが発生しただけで、システムを再起動すれば修正できると作家に伝えた。
冀楓晩はひとまず安心した。だが、彼は二日後にリビングで小未がシャットダウンして倒れたところをその目で見た。
前回小未が強制シャットダウンした時から自動再起動までに一時間くらいかかったが、今回はなんと丸々二時間もかかった。なので冀楓晩はアンドロイドが言っていた「再起動すれば問題ない」という言葉を全く信用せず、原稿の進捗状況を無視して、読んでもチンプンカンプンな取扱説明書を徹夜で研究した。しかし、自分が間違いなく文科出身であることを痛感した--タプレットに入っている取扱説明書に載った言葉全部が人間の言葉ではないと強く感じた。
冀楓晩は取扱説明書を研究しても無駄だったが、タプレットを置いてあくびしながら、ベッドで寝ている小未をふと見た時、突然アンドロイドの故障原因を突き止めた。
遊園地から帰った夜、二人は三回もやっただけでなく、その後寝室で抱きあいながら寝ていた。その後、小未の充電時間は、冀楓晩が夜寝入った時から昼間家事を完成した後に変更した。しかも一気に八時間充電から時間を分けて充電することに変え、充電中にも電源を切らなくなった。
冀楓晩は小未に自分の判断を伝え、夜充電するように要求した。アンドロイドはノーとは言わなかったが、夜中に冀楓晩の布団に潜り込み、夜明けまで寝ることがわかった。
そして、冀楓晩の推測が正しいことを証明するように、ベッドから出た小未は強制シャットダウンにならなかったが、十分な睡眠が取れていない人のように、動きも反応も明らかに大幅に遅くなった。
「精密機器であればあるほど、メンテナンスが必要になる。僕のせいだ。ベッドで寝かせるべきではなかった」
冀楓晩は視線を戻し、手を伸ばしてこっそりと立ち上がろうとする小未を充電スタンドに押し戻し、真顔で厳しく言った。「今日の昼はネットフラックスのドラマ制作チームと会食して、午後は同じチームとドラマ化する際の改変について打合せをする。晩ご飯は外で食べるのでおおよそ八時以後に帰る。それまでの間に、地震や火事、戦争が起こる以外、起動することと充電スタンドから離れることは絶対するな」
「起動しないと、外の地震や火事がわからない…」
「心配しないで、充電スタンドには温度、地震、空気の品質の検出装置が付いている。しかも国家災害センターからの警報ショートメールを受け取れるのですぐに君を起こせると取扱説明書に記載されている」
冀楓晩は身を乗り出して、小未のおでこに指でトンと突いて、「これ以上ぐずぐずしないで、今、すぐ、すぐに、直ちにシャットダウンしろ」と促した。
小未は意気消沈した顔で充電スタンドにもたれかかり、悔しくて残念そうにつぶやいた。「せっかく楓晩さんは私がコーディネートした服を着てくれたのに、一緒に出かけられないばかりか、ちょっと見るだけですぐにシャットダウンなんて……嫌だ」
体側に下ろしている冀楓晩の指は微かに震え、小未がゆっくりと瞳を閉じるのを見た。相手が完全に瞳を閉じる前に、彼は突然声を出して、「待って!」と言った。
「シャットダウンをせずに楓晩さんと一緒に出かけてもいいの?」小未は一瞬目を開けて尋ねた。
「甘すぎ!」
冀楓晩は小未の額を軽く叩き、頬が少し赤くなった。歯を食いしばってアンドロイドの前にゆっくりと一周回した。
最初、小未は冀楓晩が何をしているのか理解できなかった。そして、作家が一周回し終えて耳を赤くして自分を睨みつけているのを見た時、それは相手が自分の言葉「ちょっと見るだけでシャットダウンするなんて」に反応していることに気づいた。彼の目はすぐに輝き、前かがみになり、急いで言った。「もう一回!もう一回やってもいいですか?」
「一回だけだ」
冀楓晩は沈んだ声で強調し、再びゆっくりと一周回した。
小未は両手を充電スタンドの肘掛けに置き、首を伸ばしてデレデレして冀楓晩を見つめた。相手が正面に戻った時に、うっとりとした顔になり、その後、急に思い立って「やばい!楓晩さんは元々イケメンなのに、今はこんなにかっこいい格好をしているなんて、万が一路上で誘拐されたらどうしよう!やっぱり私はシャットダウンせず同行……」と言った。
「お前はシャットダウンして家に居なさい!」
冀楓晩は小未の言葉を遮り、手を伸ばしてシューズボックスからキャップと太セルのメガネを取った。そして、キャップをかぶった後、メガネをかけてトレンチコートの襟を立ててから、「こうするともうイケメンじゃないし、カッコ良くも見えなくなる。ただの不審者みたいだ」と言った。
「楓晩さんは何を着てもかっこいいです」
「あなたは推しフィルターがかかってるから」
冀楓晩は言いながら革靴に履き替え、振り返ってドアを開けて言った。「ちゃんと家で休んで、戻って来た時に起きていることをわかったら怒るよ!」
「はい……待待待待って!」
「何を待つ……小未!」
冀楓晩は叫んだ。彼は振り向いたとき、小未が立ち上がって前に倒れるのを同時に見た。素早く一歩前へ飛び出し、アンドロイドを抱き締めて怒って言った。「シャットダウンして充電しろと言ったのに立ち上がるなんて、わざと僕を怒らせるのか?」
「ごめんなさい……」
小未は冀楓晩の胸にもたれかかり、ポケットからスカイブルー、エメラルドグリーンとライトイエローの紐と金属製の子猫の飾りの編みこみブレスレットを取り出し、「でも幸運のブレスレットをあげることを忘れました」と言った。
「いつ買ったの……いや、自分で作ったの?」
「はい!」
小未はうなずき、冀楓晩の左手首にブレスレットをつけて、「インターネットでは、幸運のブレスレットは幸運をもたらすと言われています。楓晩さんの運はいつも悪いので、これは絶対必要です」と言った。
「殴るよ」
冀楓晩は悪態を吐くが、手をひかず小未にブレスレットをつけてもらってから、アンドロイドを抱き上げて充電スタンドに戻し、相手の頭を撫でて言った。「そろそろ行かないと遅刻するから、行くよ」
「はい、お気をつけて行ってらっしゃい」
「戻ったら君のバッテリー残量とメンテナンス状況を確認する」
冀楓晩は小未の目を直視して強調した。相手がうなずいて充電スタンドの背もたれに完全にもたれかかっているのを見てから、振り返ってドアから出た。
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