4-5 「ご飯の後、言いたいことがあるんだ。二人で一緒に洗ったほうが早く終わる」
冀楓晩と小未は二十分以上泣き続けた後、やっと落ち着いてタクシーを呼んでアパートに戻った。
そして、前回雨に濡れた冀楓晩の悲惨な状況を忘れず、家に足を踏み入れると直ぐに、小未は作家をバスルームに押し込んだ。シャワーを出して浴槽に湯を張り、風邪予防用のバスソルトを入れた。その後、発汗するまで浸かるように作家に注意を繰り返してから、バスルームを出た。
冀楓晩は数分シャワーを浴びた後、森の香りが漂う浴槽に腰を下ろした。温水と香気は彼の疲れた体を癒し、号泣した後の頭痛も和らげたから、冀楓晩は思考する余裕を取り戻すことができた。
「……ちくしょ!」
冀楓晩は低い声で罵り、頭までお湯に浸かった。
彼は自分が小未を止められなかっただけでなく、相手と一緒に泣き、しかもより大声で泣いたことが今でも信じられない。驚き、恥、自責、怒り……様々な否定的な感情が堰を切ったように一気に溢れ出し、彼の全身を圧迫した。
だが窒息する前、彼の脳裏に小未の表情が困惑したような感じから理解したような感じに変わり、そして上を向いて号泣したことが浮かんだ。冀楓晩は体を震わせて水面から出た。
「はぁ──」
彼は深呼吸をして、浴槽の壁にもたれかかって、水色の天井を見上げた。口角が最初に下がり、次にコントロールできずに上がった。
自分が潰れた理由を誰も理解できないと思っているので、自分の状況を他人に話すことはしなかった。しかし、小未は脈絡のないいくつかの途切れた言葉だけで、その理由が確かにわかるように冀楓晩に共感した。
自分の失態に対する羞恥と憤り、そして意外な知友を得た喜びが冀楓晩の胸の中でぶつかり合い、彼は微笑んだり、手で顔を覆ったりした。冀楓晩は浴槽のお湯が少し冷える頃までこの動きを繰り返していた。その後、彼はなんとか感情を抑えられて、浴槽から上がってきれいな服を着てバスルームを出た。
冀楓晩の鼻先から入ってくるのはカレーの芳醇な香りだった。その香りにつられてダイニングテーブルに来た。テーブルの上にあるきつね色にカリカリに揚げたとんかつ、野菜サラダときゅうりのナムルが目に入り、そしてテーブルとアイランドキッチンの向こうにいる小未の後ろ姿を見た。
小未はガスコンロの前に立ち、レードルで両手鍋をかき混ぜていた。冀楓晩の足音が聞こえるとすぐに火を消し、鍋を手に取り、ダイニングテーブルに向かいながら尋ねた。「体はどうですか?」
「大丈夫だ。カレーを作ったの?」
「はい!インターネットで『元気が出る食べ物ランキング』を検索したら、一位はかつカレーでした」
小未はカレーが入った両手鍋をダイニングテーブルに置き、小走りで炊飯器から熱々のご飯を盛った。そして冷蔵庫から作り置きのフルーツティーを取り出し、一緒にダイニングテーブルに置いた。
冀楓晩は椅子を引いて腰を下ろし、小未が真面目にとんカツを皿にのせてカレールーをかける過程を見ていた。アンドロイドが皿を置いた時に、彼は言った。
「ご飯食べたら一緒に皿を洗うよ」
「楓晩さんはそのようなことをする必要はありません、私はできます……」
「ご飯の後、言いたいことがあるんだ。二人で一緒に洗ったほうが早く終わる」
冀楓晩は小未の体がすぐにこわばったことに気付き、口角を上げて微笑んで言った。「安心して、悪いことじゃないよ──少なくとも君にとってはね」
「楓晩さんにとっては?」
「僕にとっては……」
冀楓晩の声は次第に弱まり、しばらく沈黙の後、彼はスプーンを手に取り、「良いかどうかなんとも言えない、ただ起こったことだから」と言った。
小未は眉をひそめ、質問したそうに口を開いた。しかし、結局口を閉じ、気掛かりだが極力何もない振りをして、静かに冀楓晩の向かい側に座っていた。
冀楓晩は小未が隠せなかった関心をすぐに察知したが、それを暴くことがせず、アンドロイドが用意した夕食をスプーンで掬って食べた。そして相手と一緒にシンクの前に立ち、食器を洗って拭き上げした。
冀楓晩はペーパータオルを取って自分の手についた水を拭き取り、小未に手を振って自分についてきてもらった。彼は書斎や寝室には行かず、まっすぐにリビングに行った。そして、三人掛けのソファの右端に立ち、シートを軽くたたいて「ここに座って、目を閉じて」と言った。
小未は戸惑いながら冀楓晩の言う通りにした。彼がしっかり座って背もたれにもたれかかるや否や、冀楓晩はソファの真ん中に座って九十度回転して、アンドロイドの太ももの上に横になった。
小未は最初全身をこわばらせ、それから激しく震える声で言った。「楓楓楓楓晩さん!あっ、あ、足、足……」
「そう、君の思う通りだよ。あなたの膝の上に頭を乗せた。いきなり起き上がって僕を飛ばさないでください。あとは、僕がもういいよと言う前に、どんなに目を開けたくても開けるなよ」
「はい……」
「これからの表情を誰にも見せたくない。君にも」
冀楓晩は小未が肩を落としているのを見て、次のように付け加えた。「でも、君以外の人にも次のことを言わないから」
小未の上半身はわずかに震え、彼は俯いて真剣に言った。「私は注意深く、一心不乱、楓晩さん以外のことを気にせずに楓晩さんの話だけ聞きます」
「それなら良かった」
冀楓晩はそっと笑った後、笑顔がゆっくり消えた。二フィート離れた白い天井を見て、遠くに視線を向けた。「昔は、夕食後にノートパソコンを持って、家の近くの二十四時間営業のカフェに行って、ブラックコーヒーとブラウニーを注文して、日が昇る前に原稿を書くのが大好きだった」
「……」
「家族や親戚は、僕のこの好みについて相当気に食わなかった。僕が運動をしないし、料理、掃除以外にほぼ一日中座っている。さらに夜更かしもするし、不健康な夜食もたまに食べるし、長期的には絶対体を壊すからとずっと言われていた。それに、父と母はそれぞれ僕より三十五歳と三十七歳年上だけど、僕が先に死ぬ可能性が高いと彼らはよく言っていた」
「根も葉もないことです!楓晩さんはとても健康で百歳まで長生きします!」小未は我慢できず怒った口調で口を挟んだ。
「それは今、僕は昔のことを話している」
冀楓晩は手を上げて小未の額をデコピンしてから、手を下ろして話を続けた。「彼らの言うことは七割くらい理屈に合っていると思ったが、僕のインスピレーションは太陽が沈んだ後、コーヒーとチョコレートの間にしか存在しないから、いくつかの医療保険を加入した以外に、僕は何にも変わらなかった」
「……」
「僕以外の家族はみんなアウドドア派で、スポーツが得意で、年に一度の人間ドックで赤字は出たことがなかった。彼らが僕の体のことだけを心配するだけで、僕は彼らのことを心配する必要がないとありがたく思った。僕は家族の健康を頼りに自分の体を大事にしない末っ子だった」
冀楓晩は口を閉じ、しばらく沈黙した後、話を再開した。「あの日も今日と同じだった。突然激しい雷雨が降った。僕はカフェで雷鳴とカフェミュジークを聞いて、二週間もつまずいた原稿が急に頭をよぎり、滅多にない好調を逃がしたくないから、僕は携帯の電源を切り、原稿を書き上げまでに帰らないと決めた」
小未は何かを思い出したように、横に垂れ下がっている手が突然震えたが、気持ちを抑えて口を開かなかった。
「ノートパソコンを閉じたとき、外は明るいだけでなく、仕事や学校に行く人々も見えた。僕は急いでテーブルを片付けてカフェを出て、今回はまずいと思い、朝食を作る時間を逃したほど夜更かしをしたから、帰ったら間違いなく山ほど説教されると思った」
冀楓晩はしばらく黙ってから話を続けた。「僕が間違った。誰も僕を説教しなかった。なぜなら、家に帰ったとき、僕の家は非常線で封鎖され、十二階建てのアパートは中も外も黒焦げになり、消防士を除き、生きている人は誰もいなかったからだ」
「……」
「火災原因調査報告書によると、出火原因は雷雨による送電線の火災だった。深夜に発生して、雨音に覆われていたため、死傷者はかなり多かった。僕の両親、お兄さんと猫も含めて半数の居住者は眠っている間に火災現場で亡くなった」
冀楓晩の声は恐ろしいほど落ち着き、白い天井を見つめながら言った。「その日から僕は三人と一匹の猫の葬式を行い、お兄さんとお母さんのクライアントに連絡する──彼ら、一人は出張訪問専門の庭師で、もう一人はツアーガイドだ。彼らの残りわずかの遺物を片付け、他の生存者と一緒に警察の事情聴取を受けた……毎日忙しくて息をする暇すらなかった。
小未の心が沈み、思わず尋ねた。「手伝ってくれる人はいませんか?」
「いるよ。保険会社の営業さんは大いに助けてくれた。そうでなければ、保険契約書が全焼になった場合、保険金を受け取るまでにどれくらい時間がかかるんだろう。それに、親戚のおじさんとおばさんが何人も手伝いに来てくれたけど、みんな歳をとってるし、仕事や家事もあるから、二十四時間同行は無理でしょう」
冀楓晩は視線を下に向けて言った。「四十九日までずっと忙しかった……それとも百日忌?もう覚えてない。とにかく、腰を据えてゆっくりできるようになったのは、ほぼ三ヶ月後だった。僕は親戚の家を出て、小さなアパートを借りることにした──今のアパートじゃないけど。そして新しい携帯番号を申込み、古い携帯を番号と共に箱に入れてロックをかけた」
「どうして!」
小未は、膝の上の頭が自分の方を向いているのを感じ、すぐに手を振って説明した。「だってその携帯は……その携帯には楓晩さんの大切な思い出が入っているでしょ?ロックすれば見えなくなりますよね!」
「携帯にはたくさんの写真とショートメールが入っていたけど、多くの不在着信もあった。親戚と友人何人かが火事のニュースを見て、必死に僕に電話をかけてきたが、それらの着信履歴を見たくなかった」
「それらの着信は楓晩さんを叱るためではないです」
「わかってる。でも、それは僕が一晩中電源を切っていた証拠だ。電源を入れていたら、もしくはその日家で原稿を書いていたら……」
冀楓晩の声は急に引き締まり、三、四秒の沈黙の後、かすれた声で言った。「とにかく、番号も含め、その携帯を使い続けることはできなかった。幸いなことに、最近では電話帳のバックアップはとても簡単だった。ただ唯一不安なのは、あるテル友と連絡できなくなることだ」
「テル友?」
「手紙でやり取りするのは文通友達と言うので、電話で交流する人はテル友と言うんだよ。ある人……未だに彼の名前がわからないけど、時々金曜、土曜と日曜の夜に無言電話がかかってきた。僕は気まぐれで彼にふざけた話を言い始めて、そこから丸二年続けていた」
冀楓晩は視線を下に向けて言った。「でも、携帯電話を変える前に、彼は四ヶ月ほど電話をかけてこなくなって、僕が彼に送信したショートメールもまったく返事がなかった。多分僕に興味がなくなったんだろう」
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