アンドロイド人形は点滴スタンドの夢を見るか／M.貓子(Ｍ.ネココ)

4-4 この四つの短い言葉を発しただけで彼の限界であった。

　小未の叫びのおかげで、冀楓晩は何とか落ち着きを取り戻した。ゴンドラから降りる前に、アンドロイドに公然侮辱罪と公然わいせつ罪の相違点を簡単に説明した。

　ゴンドラから降りた後、二人はパークの中に最も人気なアトラクション──吊り下げ式のジェットコースターへ直行した。

　小未が遊園地に来るのは初めての事だということを考えると、最初に一番エキサイティングなアトラクションに乗るべきではなかった。しかし、このアンドロイドの過去の言動から、冀楓晩に『エベレストから落ちたとしても、その場ですぐ立ち上がって三回側転をし、自分に夕食何が食べたいかと聞くことができる』というイメージがあったので、深く考えずに行列に並んだ。

　そして、二十分以上の行列に並び、四分以上のジェットコースターに乗った後、冀楓晩が乗り場を離れると、キャップやサングラスの他に、一人のアンドロイドが身に着けていた──ジェットコースターのフェンスが上がると、小未はコアラのように作家をくっ付いてきた。

　冀楓晩はこれが本日分の筋トレだと自分を慰めながら小未を通路のそばにある木製ベンチに連れて行った。そして、なんだかんだと長い間慰めたり、命令したりして、やっとアンドロイドに手を離してもらい、ベンチの背もたれに寄りかかった。「ここでしばらく休んだら、もっと優しいものに乗ろうか？バンパーカーとかメリーゴー……」

「フリーフォール」

「……ランド。今何て言った？」

「ゴンドラで見たフリーフォールに乗りたいです」小未は遠くにある神木の形をしたフリーフォールを指差した。

　冀楓晩は小未の指の方向に沿ってフリーフォールのほうを見て、そこから薄いが紛れもない悲鳴が聞こえた。彼は気持ちが沈み、「やめたほうがいいよ。あれは三百六十度回転しないが、無重力感が強くて、ジェットコースターとあまり変わらないよ」と言った。

「大丈夫です」

　小未は拳を握りしめ、意志の強い目をして言った。「これは私と私の体へ対するテストです。フリーフォールすら克服できないなら、どうやって楓晩さんを守るんですか？」

　冀楓晩はこの話が理屈に合ってるように聞こえるが、合っていないような感じがした。はっきりして結論を出す前に小未に引っ張られてベンチから立ち上がり、遠くにある十五メートル位の高さがあるアトラクションに急いで向かった。

「待って、小未、冷静に……」

「よく見てください、楓晩さん！私は自分の性能とあなたへの愛を証明して見せます！」

　小未は神木のフリーフォールに突進し、ジェットコースターから降りた時の弱さは消えたように、燃える闘志に満ちていた。

　これにより、冀楓晩は黙り込み、小未に対する固定観念をもう一度信じることにした。

　それから十五分後、彼はコアラバージョンの小未を抱えてフリーフォールの乗り場から出てきて、アンドロイドが落ち着くまでに、前回の倍の時間がかかった。

　これにより、冀楓晩は小未を海洋生物のメリーゴーランドに連れて行くと決意した。しかし、歴史から学ぶことができるただ一つのことは、人間は歴史から何も学ばないということだという諺の通りに、平和でグルグル回る海洋生物たちから離れると、小未はためらうことなく浮き沈みが激しい宇宙船に向かった。

　揺るぎなくアトラクションに乗り、冀楓晩を抱えて震えながら乗り場から出て、また十五分間作家に慰められてから手を離し……昼食時間を差し引くと、小未はこれらの行動を繰り返した。冀楓晩の気持ちも最初の驚きから唖然になり、最後には面白いと思ってきた。

　彼が見たことのない小未だった。腕の中に震えているアンドロイドは重くて彼の腰と足が痛くなっているが、毛を逆立てている子猫のようにかわいいのだ。

　──笑いのツボだけでなく、ついにセンスもおかしくなってきたようだ。

　冀楓晩はベンチに座り、小未の背中をゆっくりと撫でていた。厚い灰色の雲が太陽を覆い、空が暗くなっていることに気付き、彼はアンドロイドの肩をつついて言った。「もうすぐ雨が降りそう。傘を持っていないから、雨が降る前に帰らないと」

「もう……もう一度バイキングに乗ろう、次は必ず……」

「また今度ね」

　冀楓晩は小未の手を引き離し、アンドロイドを地面に下ろした。そして立ち上がって肩をすくめて、「カラフルパークは短期間以内に潰れないし、あなたも明日に煙のように消えるわけじゃないから、次でいいじゃない？」と言った。

「はい……」

　小未は肩を落として答えた。自分を三回倒したバイキングを見上げてから、歩いて冀楓晩について行った。

　二人の歩行速度は決して遅くなかったが、遊園地の出口を出る時に雨粒に打たれた。周りに白い光が閃き雷鳴が鳴り響き、その轟きと共に豪雨が降り注いた。

　周りに傘を持っている人は素早くに傘を差し、傘を持っていない人は最寄りの雨宿りに駆け寄った。冀楓晩と小未は後者に属し、作家はアンドロイドの手を掴み、何も考えずに十メートル以上離れた騎（チィー）樓（ロォゥ）に向かって走り、びしょ濡れになる前に大雨から逃れた。

「雨降るのが速すぎた」

　冀楓晩はキャップを脱いで振っており、再び帽子をかぶってスマホを取り出し、タクシーを呼ぼうとしたとき、見覚えのある真っ赤な光が目の端に光った。彼は反射的にそこを見ると、体が一瞬凍りついた。

　──「奪い取りしないで、焼きじゃがが好きならもう一つ注文したらいいよ。あと鉄板もやしも……」

　──居酒屋の赤提灯の前に立っている紀（ジー）西（シー）遊（ヨウ）は、自分と家族が愛した料亭が、名門暗殺一家である赤塚家の拠点だと思いもしなかった。

　──「うちの楓ちゃん、第一志望に合格おめでとう！乾杯！」

　──章（ヂャン）玉（ユー）箏（ヂォン）はスーツケースを引きずって提灯が吊り下がっている紙の扉に入った。今日は彼女が追っかけ成功の日なので、旦那でも息子でも体脂肪でも、それとも血が繋がっていないかわいい孫でも、ビールの特大ジャッキの注文とジャーマンポテトの独り占めを止めることができない！

「養老乃瀧です！」

　小未の叫び声は、冀楓晩を現実に連れ戻した。彼は二人のすぐ後ろにある日本料理店を指差し、興奮に震えた。「『武道秘伝書三冊五十元でネギ付き』と『合金スーツケース』両方とも登場したお店です！しかもカラフルパークと違って、見た目は本そのものです！」

　冀楓晩は『瀧』と書かれた赤提灯が吊り下がっている日本料理店をじっと見つめ、最初に一歩後退し、次に二歩後退し、最後に振り返って雨の中を走った。

「楓晩……」

　彼は小未の叫び声を聞こえたが、止まるどころか速度を落とすこともせず、騎樓から遊園地の入り口まで一気に走り、水溜りを踏み、弾丸のような雨を浴び、歩道を踏み入れて黄色のライトが点滅している交差点に駆け込んだ。

　車のヘッドライトが冀楓晩の脇腹に当たり、彼がこれは何を意味するのか理解する前に、後ろから両手が彼の腕を掴み、彼を歩道に引き戻した。

　冀楓晩を引っ張ったのは小未だった。冀楓晩を歩道に引き戻した次の瞬間、軽トラックがちょうど今作家が立っていたところを通り過ぎた。

　軽トラックの車輪が水しぶきをあげ、冀楓晩のズボンにかかった。遠くに去っていくテールライトを見つめて恐怖を感じる前に、彼は再び小未に引きずり出された。

　小未は冀楓晩を近くのバス停に連れて行き、四角状のバス亭でリュックを下ろし、一握りのティッシュを出して作家の顔、首や胸を乱暴に叩いて拭いた。

　冀楓晩は連続な叩きでゆっくりと正気を取り戻し、小未が自分の服の裾を持ち上げようとしたとき、相手の手首を握り締め、首を横に振って「そこは拭く必要がない」と言った。

　小未は手を引っ込め、作家の青白い顔を見て、相手が最も聞きたくない質問をした。「どうしたんですか？」

　──僕は大丈夫だ。

　正直冀楓晩はこの風に小未を誤魔化したかったが、ついさっき彼は我を忘れて百メートル近く疾走したので、アンドロイドがどんなに世間知らずで素朴で鈍くても、自分に騙されることはない。

　その上、小未は彼をトラックから救っただけでなく、自分に向けた視線はとても誠実であり、心配以外の感情がなく、冀楓晩は嘘つくことができなかった。

　彼は口を開けたり閉じたりして、七、八回繰り返した後、かすれた声で言った。「さっきの店は養老乃瀧だ」

「はい、看板の名前はそれです」

「小説に書いたことがある」

「知ってます。『武道秘伝書三冊五十元でネギ付き』の中では、紀西遊は名門暗殺一家が仲間を襲うことを止めるため、この店に来て店長と論じ合い交渉した。そして『合金スーツケース』の中では、その店は章玉箏の行きつけの店で、お祝いたいことがあるたび、彼女は店で腹一杯飲み食いします」

「でも、彼らはそこにいない」

「どこにいないですか？」

「養老乃瀧」

　冀楓晩の声が震え、両手が拳を握りしめて口籠っていた。「彼らはそこにも、ここにも、どこにもいない、永遠にいない」

　これは言っても言わないと同等のような答えで、冀楓晩は小未が……いいえ、正確には、これが何を意味するのか誰も理解できないと彼は思っている。しかし、悲しみは嵐のように彼の心を襲い、言語能力を簡単にぶっ潰した。この四つの短い言葉を発しただけで彼の限界であった。

　小未は冀楓晩が予想したように困惑して眉をひそめたが、作家が恐れたように作家に質問していなく、少し俯いて考えた。「そこにいない……紀西遊と章玉箏はそこにいません」

「小、僕は……」

「ここにも、どこにもいない、永遠にいない」

　小未はそっと繰り返し、しばらく沈黙した後、ふと頭を上げ、やっと理解したように言った。「楓晩さんはそこにいない」

「なっ……」

「楓晩さんはそこにも、ここにも、どこにもいない、永遠にいない」

　小未は矢継ぎ早に語り、一気に話終えると、すぐに涙が目に溜まり、肩が引きつり、顔を上げて号泣した。「いやだよょょょ──楓晩さんはいないとダメ！」

　冀楓晩は小未の突然の号泣に驚き、周りの通行人たちの視線は彼らに向けていることに気付き、すぐ手をあげて言った。「おい！そこでそうしないで……」

「行かないで、私がいけないところに行かないで！」

　小未は、心が引き裂くような泣き叫び声で冀楓晩の話を中断し、激しく啜り泣いた。「私を見捨てないで、いやだよ……一人で楓晩さんがいない世界、どこにもいない、永遠にいない世界にいるなんていやだよ！」

「小未……」

「ここ、そこ、どこにも行かないで！私を、私を一人にしないでよ！」

　冀楓晩は小未の最後の言葉に胸を刺されて、相手を止める手がゆっくりと落ち、アンドロイドのますます激しくなる泣き叫びを聞いて、目の隅から涙がこぼれ落ちた。

　涙が涙の跡を作り、彼の肩は静止状態から震えに変わり、深呼吸した後、感情を抑えることができなくなって、雷と雨の音の中で顔を覆って泣き崩れた。

　二人は歩道にいる男女、バスの運転手とバスを降りる若者、交差点で信号待ちをしているバイクと車のドライバーを無視し、暴雨と雷鳴に囲まれた寸地で、何もかも気にせずに心が張り裂けそうに慟哭していた。