4-3 「楓楓、楓……晩さん、さっき、さっきは……」

 冀楓晩は話し終わった後、バスルームへ歯磨きしに行き、最初の一口の泡を吐き出す前に後悔した。

 しかし、後悔をするけれども彼は言葉を撤回せず、すぐに書斎に足を踏み入れ、できるだけ原稿を多くに書いていた。

 後悔しながらも言葉を撤回しない理由は、彼の理性と感性が違う理由に基づいても同じ立場だからだ。

 冀楓晩は理性的には小未のスケジュールが非常に良いと考えており、執筆と休憩を配慮しながらもアンドロイドが自分を誘惑するのを有効に防止できる──だって小未は主観的に自分が疲れ果てていると思うので、もし自分に余裕があってその気になったら自分から相手を抱こうと考えた。

 感性的には、冀楓晩は自分が男性としての自尊心が傷つけられたと感じた。過去に定期的な運動習慣がなかった時は言うまでもなく、でも朝のジョギングと午後の筋トレを一週間半続けた後、「楓晩さんが私を遊園地に連れて行ったら、私を抱きしめる力がなくなる」という推論について彼は怒筋を浮かべた。

 とにかく、遊園地に行くと一日一回セックスの淫乱生活を止めることができると理性で判断し、自分の体力はカラフルパークの日帰りとセックスに十分な余裕があることを証明したいと感性で思っているので、冀楓晩はどんな理由でもお出かけをキャンセルできない。

 その後、理性に従って無力の振りをするか、それとも感性を満足させるため一生懸命やるかについては、家に帰ってからの話だ。

 しかし、冀楓晩は理性と感性の戦いに陥る必要はないが、彼には深刻な問題が待っていた──自宅からカラフルパークまでの間に彼が書いた場所は幾つがある。

 冀楓晩の執筆速度は速くなったとはいえ、林有思に前よりも元気になったと言われたが、『本に登場したことがある場所』はまだ彼の触れられない地雷である。

 触れられなく、話したくもない。冀楓晩はパソコンの前に十分間以上苦慮した後、小未の自分への愚かな忠誠心に賭けることにした。

「後で、タクシーでカラフルパークへ行こう」

 冀楓晩は玄関でキャップとサングラスを着け、麦わら帽子をかぶった小未に言った。「タクシーの中で寝溜めをしたいから、運転手に行先を伝える仕事は君に任せるわ。遊園地に着いたら起こして」

「はい!」

 小未は何も疑わずに頷き、そして眉をひそめて真剣に尋ねた。「安眠のアロマが必要ですか?アロマキャンドルを用意できます……」

「そんなことをすると運転手が乗車を拒否するよ。自分のポケットWIFIを持っていけばいい」

 冀楓晩はドアを開け、敷居を越えると立ち止まり、振り返って真面目に言った。「それから車の中でも、カラフルパークでも、どこでも、僕のペンネームを言っちゃいけない。わかった?」

「わかりました!」

 小未は応えながら手を上げた後、両手を頬に当ててうっとりと言った。「つまり、私は遊園地で唯一楓晩さんが霜二月様であることを知っている人、初めて楓晩さんと一緒にリニューアルしたカラフルパークで遊ぶ人、また楓晩さんが自分から遊園地に誘ってくれる人……なんとスイートでワクワクすることでしょうか、絶対に他の人と共有しません!」

 冀楓晩は、この発言には多くの間違いがあると感じたが、遊園地で自分の身分が暴露された結果を考慮すると、これらの間違いを無視し、振り返ってエレベーターに向かった。

 小未はピョンピョン跳ねてついて行き、二人はエレベーターで一階に着き、タクシーでカラフルパークへ行った。

 九時三十分は登校や出勤の人々がすでに目的地に到着した時刻なので、わずか五十分ほどでタクシーがカラフルパークに到着した。小未は冀楓晩の指示を正確に執行して、車が入り口前の歩道に着いてから冀楓晩を起こした。

 冀楓晩は大きな不安を抱えて目を開け、巨大なてんとう虫、緑の葉っぱ、車と同じサイズの花で飾られた、あまりにも見慣れない遊園地の入り口を見ると、気を緩めて言った。「一割か二割どころじゃない、全てが変わった」

「はい、本とは全然違います」

 小未はがっかりして同調したが、次の瞬間に耳が鋭く小さい複数の悲鳴を捉え、大きな一歩を踏み出して冀楓晩の前に立ち、頭を左右に動かし、最高レベルの警戒をした。

 冀楓晩は最初戸惑ったが、同じ声を聞いてすぐに理解した。彼は小未の肩を軽く叩き、笑顔で言った。「緊張しないで、あの声は誰かが攻撃されたのではなく、ジェットコースターかフリーフォールに乗っている時の声だよ」

「でも、CMとは違います」

「それはそうだよ。CMの音は素材ライブラリーから見つけたものだけど、今聞いたのは本物だ……」

 冀楓晩の声は次第に弱まり、小未が大雨の中で踊っていたこと、香炉が火事であること、『適量』が何を意味するかわからかったことを思い出した。目の前のアンドロイドは数分数秒間にインターネットの情報を吸収できるが、現実世界について何も知らない。

 彼はそれに胸が締め付けられ、小未の手を取り、入り口右側のチケット売り場に向かって言った。「実際に乗ってみれば違いがわかる。今日は丸一日体験できるから、思いっきり叫ぼう!」

 小未は冀楓晩に答えなかったが、自分の手を握っている作家の手をじっと見つめ、五、六秒後に慎重に握り返した。

 冀楓晩は小未と手を繋いでチケットの売り場に行き、一日フリーパスを二枚購入し、アンドロイドを連れて花葉とカラフルな昆虫で作られたゲートに入った。

 入園後、人々の叫び声がどんどんはっきりしてきて、アトラクションの音とともに並木道に響き渡った。遊園地全体が視覚的にも聴覚的にも『カラフル』の名に相応しいものとなった。

 小未の手を冀楓晩の手と繋がれており、彼はゆっくりと目を見開きながら前に進み、前にある惑星型のリフト、左側のジェットコースターのレール、道の反対側にキャラクラー風船の路上販売、そしてアイスクリームまたはポップコーンを持っている家族やカップルたちが横を通り過ぎるのをじっくり見ていた。広告とインターネットの資料にはない音、匂いと空気の流れがアンドロイドの五感を刺激した。

 冀楓晩は小未の表情を目の隅で観察し、アンドロイドの顔からたくさんの驚きや混乱の気持ちを読み、口角をわずかに上げた。前方の全体地図をちらりと見て、右折して主要道路から離れた。「まずは園内ロープウェイに乗り、全体を見てから、どのアトラクションから遊ぶか決めよう」

 小未は冀楓晩に引っ張られ、遊園地の西側にある高架モノレールの搭乗口に連れてこられた。

 冀楓晩は搭乗口で綿菓子を買い、小未と一緒にいちごのショートケーキの形をしたゴンドラに入った。彼らはゴンドラを二人占めにして、オルゴール音楽とともに搭乗口から離れた。

 小未はゴンドラ内の手すりに寄りかかって見下ろし、下にいた時よりも大きく目を開き、真下にいる風船の路上販売を指差して言った。「ここはさっき私たちが通ったところです!」

「うん。そんなに出ないで、落ちたら大変だぞ」

「あそこの大きな木の椅子が途中まで降りると動かなくなりました!」

「あれは故障じゃなくて、意図的なものだ。フリーフォール系のアトラクションは大体そういう仕組みだよ」

「屋上で大きなバーベキューがある建物があります!」

「見せて……、原始人のテーマレストランのはずだ。興味があるなら、昼ごはんはそこにしてもいいよ」

 冀楓晩は一握りの綿菓子をちぎり取り、「小未、こっち向いて」とアンドロイドを呼んだ。

「どうしまし……うわっ!」

 小未は話の途中で冀楓晩に綿菓子を口いっぱいに詰め込まれ、最初は本能的に口を閉じ、そして肩を激しく震えて口籠もった。

「楓楓、楓……晩さん、さっき、さっきは……」

「綿菓子、一枚一枚のやつはお店で食べたことがあるけど、こんなのは食べた事ないでしょう?」

「いい、いえ……いいえ、わたし、あなた……」

「もう一口?」

 冀楓晩は質問すると同時にもう一握りの綿菓子をちぎり取り、小未の大きく開いた口に入れ、固まって噛んでいるアンドロイドを見て、微笑みながら、「好き?」と尋ねた。

「好き……」

 小未は低い声で答えた。彼の頬は太陽の下で明るく真っ赤になり、ちっとも動かずに冀楓晩を見つめていた。

「じゃあ、もう一口」

 冀楓晩は小未にじろじろ見らえるのに慣れていたので、全く動揺せず再び小未の口に綿菓子を入れ、自分にも一口を食べた。甘い砂糖の糸を口に含みながら、「遊園地の人気アトラクションは並ぶ必要があるし、アトラクションとアトラクションの間にもそれなりの距離があるから、途中で低血糖になって倒れることを避けるために、先に何かを食べたほうがいいよ」と言った。

「……」

「でも、園内の面白いアトラクションは人を吊って揺さぶったり、椅子にロックされてゴロゴロしたりするやつだから、ひょっとすると口から食べ物を吐き出すけど、綿菓子なら問題ない。これは食べたら吐きたくても出るものがないタイプの食べ物だから」

 冀楓晩は綿菓子もう一口を食べた後、小未がまだ自分を必死に見つめていることに気付き、眉をひそめて尋ねた。「まだ食べたい?うん、あげる」

 小未は冀楓晩が綿菓子を掴んで自分の方に渡しているのを見て、数秒沈黙した後、口を開いて菓子を食べ、そしてさらに前に進んで相手の指を吸って舐めた。

 冀楓晩は最初凍りつき、本能的に手を引っ込めたが、小未はすぐに追いつき、少量の砂糖をついた指にゆっくりと舌を這わせた。少し垂れたまつけが瞳の半分を覆っていたが、その瞳にある真剣さと欲望が隠せなかった。

 この画面は冀楓晩の胸に火をつけた。我に返った時に小未はすでに元の場所に戻っていて、彼は俯かなくても股間の形がやばいとわかっていた。

 彼は無意識のうちに手で股間を隠し、目を転じて小未の注意をゴンドラから引き離すためのスポットを探している時、アンドロイドが突然飛び上がって叫んだ。

「あああ、悔しいです──」

 小未は拳を握りしめ、振り向いてゴンドラの手すりを叩いた。「どうして私たちは今外にいるんですか?どうして私たちは今家にいないんですか?どうしてここは開放的な空間なんですか──」

「小未……」

「楓晩さんに失神、フリーズ、錯乱状態、接続中止、お腹に精液しかない状態までに抱かれたくてしょうがないです!今すぐしたいです!でもそれはダメですね、そうすると楓晩さんは公然侮辱罪で逮捕されるでしょう!」

「公然わいせつ罪って言いたいだろう」

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