2-4 「僕以外の人や物や事を見て、些細なことで盛り上がったり、笑ったり、うっとりしたりしよう」

「……良い味だ」

 冀楓晩はスプーン一杯のお粥を掬い上げて口に入れ、香ばしい鶏もも肉とお米をかき混ぜてから、「君の料理はかなり上達したから、これからは僕が見なくても大丈夫だ」と言った。

「これは私が作ったものじゃなくて、レストランで買って来たものです」

 小未は目を伏せ、悔しそうに言った。「『適量』が書いていないレシピがあっても、ミシュランの星付きレストランのような料理は作ることができません」

「ミシュランの料理で無くていいよ」

 冀楓晩は、お粥をもう一口飲んで椅子にもたれ掛かかり、「君は看病がとても上手い。前の風邪は三、四日間に喉の痛みや鼻詰まりに悩んだけど、今回は一日で良くなった」と言った。

「これは私がすべきことです」

 小未は急に肩を震わせ、強張った表情が消えて落ち着かず、顔に手を当て泣き出した。「ご、ごめんなさい!すべて私のせいです!もしあの時私が雨になんて見向かなかったら…………もう二度と楓晩さん以外の人、物や事に見向きもしません。他の……うぅっ!他の物に……」

「もしそうすれば、安科のカスタマーサービスに連絡して返品する」

「気を取られてしまって……何を返品しますか?」

「君」

 冀楓晩は小未に指差し強調して、アンドロイドが爆発的な情報を消化する前に続けた。「たばこを買いに出て雨で足止められた時にそう思った。君を返品することを本気で考えていた」

「わ、わたし……」

「静かにして、話は終わってない」

 冀楓晩は人差し指で小未の口を押さえてから手を下ろして言った。「掃除、料理、洗濯、買い物など、君ができることはすべて自分でできると思った。そして、一日中に僕をじっと見たり、僕の携帯やパソコンのカメラをハッキングしたり、ゲーム進まないのはレベルの問題ではなくスキルであると気付かされたりするなど、すべてが鬱陶しかった」

「……」

「それと、正直にいうと、傘を持って来なくても、雨止んだら帰れるし。もちろん、これで風邪をひくって決まっている。だから僕が風邪を引いたのは君には関係がない」

「……」

「君なんて要らない、君がいない方がマシだ。それが僕は騎楼ベランダでたどり着いた結論だが、さっき自分が間違っていたことに気づいた」

「本当ですか?」小未は最初興奮して尋ねたが、冀楓晩の命令を突然に思い出し、すぐに口を覆った。

 冀楓晩の口角がわずかに上がったが、淡い笑顔がすぐ消え、低い声で言った。「これから僕が言うことは、誰にも、特に君のバイヤーには絶対言ってはいけない」

「私のバイヤーって?」小未は首を傾げて尋ねた。

「有思という名のおかんだよ。最初は確定できなかったが、アンドロイドのリモコンをどこにも見つけられないし、君と一週間過ごした後、99%確信した」

 冀楓晩は苦笑して言った。「あいつは、僕が積極的に話せず、誰かに付き添ってもらいたがる人間ではないことを知っているから、群れる動物としての生活を暮らせるために君をそんなしつこい性格に設定して、そして僕が君を冷酷な掃除ロボットに変えさせないようにリモコンを没収したよね」

「相手が楓晩さんであれば、私は何があっても冷酷にはなりません」

「それはただのギャグだ、真剣に受け止めないで。要するに、これから僕が言うことはすべて秘密にしておいて。林有思がリモコンを使って吐き出させようとしたら、僕は彼を秘密妨害として裁判所に訴えてやるからと伝えといて、覚えた?」

「覚えました!そして、バックアップもしました!」

 ──どこにバックアップした?

 冀楓晩は眉をひそめたが、深く考えずに元の話題に切り替えた。「僕は半年間……いいえ、少なくとも七、八ヶ月は嬉しいとか、リラックスとか、心がほっこりすると言った感情を感じてなかった」

「おお……えええええ!」

「理由は聞かないで、言わないから」

 冀楓晩は小未を睨みつけ、腕を組み、話を続けた。「それが普通でないことは十分理解している。僕も立ち直そうと努力したが、以前僕がリラックスできたり、笑ったり、心がほっこりになれたりする活動は、今では単純な肉体的、又は精神的な疲労になる」

「楓晩さんは心理カウンセラーが必要では……」

「生身の人間と関わると疲れる」

 冀楓晩は小未の話に割り込み、真っ白の天井を見上げて言った。「さらに、僕は自分の心労を理解している。既に質問の答えが解っているのに、それを確認するため他人と十時間以上も話をするためにお金を払う人はいないよ」

 小未は肩を落としたが、再び目を輝かせて言った。「理由が分かったと仰っているので、一緒に解決しま……」

「解決はできない」

 冀楓晩は小未の話に再び割り込み、目が暗くなった。「何千何百年も解決策はないもの、時間だけが症状を軽くできる。でもその前に有思が僕を診てもらうために医者に行かせるかもしれない。彼はだんだん騙されにくくなっているから」

 小未は固く唇をすぼめ、暫く沈黙した後そっと尋ねた。「楓晩さんのためにできることはありますか?」

「はい、しかもそれができるのは君だけ」

「何ですか?」

「僕以外の人や物や事を見て、些細なことで盛り上がったり、笑ったり、うっとりしたりしよう」

「よし……それだけですか?」小未は瞬きして、諸悪の根源を倒すには途方も無い困難を乗り越えなければならないと思っていたのに、最後はデコピン一つで魔王を倒して、唖然とした勇者のようだった。

「それだけ」

 冀楓晩はうなずき、顔を傾けて小未を見た。「知っている?人間の感情は伝染するのよ。怒っている人は周りの人を憤らせる。悲しい人は他人を泣かせる。嬉しい人は他人を笑わせる。そして、このような感染は向かい合うのに限定されず、小説、漫画、映画、ドラマと舞台……これらの架空人物も同じ力を持ってる。それこそ人々が物語を愛する理由のひとつである。怒っても実際には怒らせられたものはなく、怖くなっても側には本物の悪魔がいなく、泣いても実際には何も失うこともない。物語は人々が実際にトラウマを負うこと無く、他者の感情を体験できるようになっている」

「楓晩さんの本を読むといつも泣いたり笑ったりします!」小未は手を握りしめながら言った。

「それなら僕は執筆料分に見合う仕事ができたようで、よかったです」

 冀楓晩は肩をすくめ、俯いて再び鶏粥をかき混ぜ、「昔は物語がもたらす感情に楽しみ……いや、夢中になったけど、今の僕はもうダメだ、全てフィクションだと気付いた今ではもうできない」と言った。

「私が物語をもう一度楽しませることができますか?」

「いいえ、君は物語を語るのが下手なタイプのように見える」

「うぅー!」

「だが、君の感情は僕に感染する」

 冀楓晩の言葉は小未の崩れかけた体を助け、彼はお粥を一口飲み、暖かく、甘く、香りが良く、まろやかなお粥を飲み込んで言った。

「その理由は恐らく君の感情が明確すぎるから、何の修正も保留も無い、アンドロイドだから」

「それは私がアンドロイドであることと関係がありますか?」

「それはとても重要なことだ。君が人間なら僕がどう反応するか悩まないといけない。僕は君を慰めるべきか?何を言うべきか?一緒に笑ってもいいか?うっかりイライラさせないか?今、君と一緒に人の悪口を言って、それとも落ち着かせるか……そんな疑問が頭をよぎり、理性を保てるようになり、君の感情に流されないようになる」

「楓晩さんが私を慰めても慰めなくても、一緒に笑ってくれてもくれなくても、私はいつまでも君のことが好きです!」

「信じるよ。君はアンドロイドだから、君の好みや性格はすべて設定に基づいて、人間の反応によって変化しない」

 冀楓晩は再び小未を見て微笑んで言った。「以上のことから、スランプを乗り越えて楽しむ前に、僕が生活に対して最低限の驚きと喜びをもたらしてくれる仕事は君に任せるよ」

「がんばります!」

 小未は気をつけ約束したが、すぐに顔を伏せて言った。「ダメです!楓晩さんから目をそらして他の面白いものを見ていたら、楓晩さんが傘を持ってくるのを忘れて足止めを食われ、深夜三時に四十度まで発熱してうめき声を上げ続けて、ゲイのヌード写真サイトでフィッシング広告をクリックしてパソコンにウイルスが感染した!」

「ウイルスが感染されていない!僕のウイルス対策ソフトウェアは……待って、どうしてそれを知っているの!」

「私は楓晩さんのために生まれたアンドロイドだから」

 小未は真剣に答えた。冀楓晩がその答えを批判する前に、彼はある考えが閃くと手を叩き次のように言った。

「わかりました!楓晩さんは私が興奮して嬉しくなるのを見たいとおっしゃっているから、私は楓晩さんを見るだけでとても興奮して嬉しくなるので、私は楓晩さんを見続け……」

「却下だ」

「どうしてですか?」

「変態と同居している気分になるから」

「楓晩さんの存在に興奮して叫ぶのは変態ではありません!」

「その話自体が変態だ」

「そんなことはありませ……」

「黙れ」

 言葉の力を増すため冀楓晩はきつい眼差しで唇をきつくすぼめて涙を浮かべた小未の小顔を見て、ため息をついた。「妥協案として、君が僕を見てもいい。でも料理、食事、ゲーム、会話などの共通の活動がない限り、一時間に十分しか僕を見ることができない」

「十分は……」

「これが僕の限界だ。それ以上だったら、君を返品しなければならない。どちらを選ぶ?」

「……一時間十分です」小未は、たら松葉を奪われてキャットフードを食べざるを得ない子猫のように、肩を落として答えた。

 実際、冀楓晩の記憶の中にこのようなことをした猫が居た。記憶とともに疼きも同時に彼の心に突き刺さり、テーブルに隠されている指が少し固まった。彼はすぐに話題を変えて尋ねた。「君に与えた課題は完成した?」

「課題とは……ああ!ゲームの金貨と装備と成果を集めて、ミッドナイト・ドリース伯爵を倒すことですか?前の三つは完成しました。伯爵を倒すまであと少し時間がかかるので、先に別の処理をしました」

「別の処理とは?」

「楓晩さんのキャラクラーがダメージを受けないように、ゲームのプログラムコードを修正しました」

 小未は明るく笑って言った。「そうすれば、一緒にゲームをしていなくても、病気または死亡になりません。素晴らしいでしょうか?」

 冀楓晩は小未の喜びに感染されていなかった。逆に、彼は唇を真一文字に引き結び、冷たく真剣に言った。「戻してくれ」

「え?でも……」

「戻して」

「そうすると楓晩さんは……」

「直ちに戻しなさい!死なない、傷つかないアドベンチャーゲームなんて、全然面白くない!」

「……はい。」

 孤独な作家とアンドロイド人形は合意に達したが、打つかり合いはしばらく続けそうだ。

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