2-2 「これは雨です!」

 冀楓晚の目的地は自宅から徒歩六、七分ほどにあるコンビニで、彼は店でタバコ二箱とポテトチップス数個とビニール袋を購入して、同じコースに引き返した。

 わずか三分間経った後、空にドォーン─と音が鳴り、大きな雨粒が落ちてきた。

 最初、冀楓晚は気にせず、雨に逆らって横断歩道を小走りで渡ったが、二個目の交差点を渡ろうとしてとき、視線に影響するほど大雨になってきた。

 仕方なく、冀楓晚は半分濡れたシャツを着て、騎樓の下にとどまり、傘やレインコートを持っていない通りすがりの人たちと一緒に雨が止むのを待つしかできなかった。

「やばい、遅刻するぞ」

「タクシー呼ぼうかな」

「天気予報では雨が降るなんて言ってなかったよ」

「もしもし──僕だ。雨で足止めを食らった、傘を持って来てくれる……」

 通りすがりの人の声と雨の音が騎樓を取り囲み、冀楓晚は人から遠く離れた隅に立ち、考え事が雨から家になり、そして頭を悩ませられ挫折させられ、まるでホラー映画を近距離で体験させられたかわいいアンドロイドのことになった。

 林有思の好意に申し訳ないが、彼は小未を返品して、現金に換えて相手に返そうと考えていた。

 正直にいうと、小未はとても有能なアンドロイドである。家事が得意で――料理以外だけど、音声検索エンジンとして使えて、妙な方法で冀楓晚のパソコンのパフォーマンスを五割も向上させる。微妙な言葉遣いを除けば話し相手としても悪くなかった。

 しかし、家事なら冀楓晚は自分でできるし、資料を調べるとき指を動かすと口を動かす労力はあまり変わらないし、パソコンのパフォーマンスは文書処理だけできれば足りるし、最も重要なのは、彼は話し相手が要らない。とりあえず、小未は多くの機能があるが、どれもかけがえのないものではなく、あるいは冀楓晚に「これをやってくれる人がいてよかった」と感じさせるものがなかった。

 ──ただ、領収書がなくても返品できるかな?

 冀楓晚は眉をひそめ、小未が入っていた箱の中に領収書や納品書などの書類が見つからず、差出人も見つからなかった。もし安科グループは情報不足で返品を拒否したら……

「楓晚さん──楓晚さん、どこですか──」

 間違いなく公害苦情処理として罰を受けられるくらいの大声が雨音を通して冀楓晚を我に返らせた。小未が傘をさしてもうすぐ赤信号になる大通りに立って見回していたのを見た。

「小未!」

 冀楓晚は大きい声で叫び、すぐに大通りに近づいて手を振った。「道の真ん中に立たないで、こっちに来て!」

 小未は冀楓晚にいる騎樓に駆け寄り、作家に会った後、安堵のため息をついた後、傘を投げ捨てて彼を抱きしめ、肩が震えた。

 冀楓晚は驚いて五、六秒間凍りついた後、やっと正気を取り戻して気まずそうに言った。「おい、これ何のリアクションだよ?」

「楓晚さんが死んだと思いました」

 小未は腕を引き締め、冀楓晚の胸にしっかりと寄りかかって言った。「ずっと戻って来ませんでしたから。空は雷が鳴っていますし、もし楓晚さんに雷が落ちてしまいましたら……」

「僕の身長では、都会のジャングルで雷に打たれる可能性は非常に低い」

「車に轢かれる可能性もあります。だって楓晚さんの反応速度は遅いです」

「殴るぞ」

 冀楓晚は小未の頭を叩くふりをした。相手の肩に手を置いて押しのけ、「ただ雨で足止め食らって、止むのを待っていただけ。傘を持って来てくれたからもう帰れるよ」

「それで、私は楓晚さんを助けましたか?」小未の目が輝いた。

「まぁね」

 冀楓晚はかがんで傘を手に取り、口元が一瞬ぴくぴくして、急に真剣な顔になった。

「どうされましたか?」小未は冀楓晚に近づいて尋ねた。

「傘は一本しかない」

 冀楓晚は低い声で答えた。独身の彼はもちろん家に傘一本しか持っていなくて、どう見ても二人では無理そうな折りたたみ傘だった。

 小未はしばらく唖然してからようやく小未の意味を理解して笑顔で答えた。「私は構いませんよ。楓晚さんだけ差したら大丈夫です。雨に濡れても問題ないです」

「大雨だけど、本当に故障しない?」

「しませんよ!私の機体はいろいろなテストを行いました。対戦車ロケット弾でも耐えられます」

「どこから来たブラックテックのアンドロイドだよ!」

 冀楓晚が話している間に歩行者信号が青になり、彼は騎樓の下を出て、横断歩道に足を踏み入れた。

 公園を囲む歩道は何も覆われておらず、雨粒や雨音が四方八方から冀楓晚を取り囲み、傘が体を覆ったため、体を濡らしていなかったが、地面に落ちて跳ね返って靴とズボンを攻撃した。

 冀楓晚は唇を真一文字に引き結び、無意識のうちに歩くスピードを早めたが、数歩歩くと、何かがおかしいと感じ、振り返ると小未が五、六メートル離れたところに止まっていたことに気づいた。

 ──水が怖くないというのは嘘か?

 冀楓晚は胸が締め付けられたような感じがして、すぐ小未のそばに戻り、片手で傘を差してアンドロイドの肩を揺らして尋ねた。「おい、僕の声を聞こえるか?動けるか?」

「できます」

 小未はゆっくりと頷き、傘の端に手を伸ばし、五本の指を広げて尋ねた。「楓晚さん、これは……雨水ですか?」

「はい、だから早く帰らなきゃ」

「シャワーの水とは違います」

「もちろん、あれはシャワーヘッドからふりかけたもので、これは空から落ちてきたものだ」

「スパの水とも違います」

「比較相手が違うでしょ」

「手に落ちると冷たくて少し痛いです」

「痛いなら手を引っ込めて……小未!」

 小未が突然に傘から飛び出したので、冀楓晚は思わず叫んだ。

「これは雨です!」

 冀楓晚は両手を広げ、豆のような綿密な雨の中をぐるぐると回し、顔を上げて興奮して叫んだ。「雨の感触、雨の匂い、雨の音はこんな感じですね!なるほど!……覚えました!肌と神経と脳で覚えました!」

 ──そんなつまらないこと覚えなくていい。

 冀楓晚はこう答えたかったが、小未の顔の喜びはとても純粋だったので、それに水を差すことができなかった。

 傘をさし、半分濡れた服とズボンを身に着けた彼は、少年アンドロイドが雨の中でジャンプして、水を踏んで、手を上げて雨粒を受け取るのを暗い雲が晴れるまで見ていた。


※※※※


 冀楓晚がアパートに戻った時、靴はまだ濡れていたが、上着はほぼ乾いていた。小未はまだ水から上がったばかりの状態だった。

 彼はアンドロイドを風呂場に入らせ、広告紙を靴にぎりぎり詰め込み、モップでリビングの半分の床に落ちていた水滴を拭き取った。

 掃除している途中に冀楓晚は少し寒気を感じたが、あまり気にしなかった。小未が風呂から出た後、熱いシャワーを浴びてインスタ麺を作って、その後自暴自棄でノートパソコンをリビングに持ってきて、躓いながらレベル二十の小未が──彼が出かけている間に小未は七レベルもアップした──レベル四十の王を爆撃して殺したのを見た。

 夕食後、冀楓晚は体少し疲れていたので、いつもより早く就寝した。再び目を開けた時、暗い寝室ではなく、灰色の煙が舞い上がる仏壇だった。

 冀楓晚が住んでいたアパートには仏壇がなかった。彼は眉をひそめ、観音菩薩の像が置かれたテーブルを見つめ、このテーブルはどこかで見覚えがあると感じた。そして突然にどこで見たのかを思い出し、深く息を吸い込んで後ろに振り返り、ドアを蹴って開けた。

 ドアの外には火のついた階段があって、冀楓晚は足早に階段を下り、熱い床に足を踏み入れ、炎に囲まれた居間で叫んだ。「父さん、母さん、兄さん、ベンツ──火事だ!早く起きろ!」

 冀楓晚に反応したのは、キャビネットが落ちた音だった。冀楓晚はキャビネットが落ちたとともに飛び散る火花を避けるために後ずさりし、火の先端を避けて中に急いで入った。

「家が燃えている!火事だ────早く出て行け!」

 冀楓晚は大きな声で叫び、居間を通ってまっすぐ歩き、両親と兄と猫が寝ている部屋に行きたかった。

 しかし、記憶にある五メートルも行かない短い距離だが、冀楓晚は五分間走っても果てが見えなかった。

 同時に、足元の床と頭や体を囲む空気の温度が熱いから激熱くなり、彼の貧弱な体力を食い尽くした。

「父さん、母さん、兄さん、ベンツ、早く起きろ!」

 冀楓晚は再び叫んだ。彼の声も足も震え始め、いくら頑張っても近づけないドアを見て、全ての神経、全ての筋肉、全ての脳細胞がチェーンソーに切り裂けされているような感じがした。

 とうとう力尽きて膝が崩れ落ち、震えながら上半身を起こし、上を見上げると炎が手で触れない扉に簡単に侵略していた。

「嫌だ……」

 木製の扉はどんどん炎に覆われる。

「みんな……早く出てきて」

 扉にかかっていた絵が燃え始めた。

「起きて……お願い……僕一人を残さないで」

 冀楓晚はしわがれ声で懇願したが、炎は簡単に扉をのみこみ、四方八方から彼を取り囲んだ。

 彼が灰になる前に、冷たくて細くて非常にしっかりした一対の手が炎を突き破り、冀楓晚を暗闇に引きずり込んだ。

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