2-1 死んだのは敵ではなく、過去半年間クリアできないのはレベルが足りないと信じていた自分自身だと感じた。
冀楓晩はゲーム機のコントローラーを手に持って、無表情にリビングのソファに座っていた。
この時、原稿の締め切りまであと七週しか残ってないのに、原稿の進捗度は三割未満しか進んでいなかった。無表情でゲーム機や六十インチの画面を見る場合ではなく、パソコンの前で原稿に取り組むべきだったが、冀楓晩は苦衷があった。
どんな苦衷なのか?毎日小未に十六時間も見張られていることだ──残りの八時間は電源を切って充電している時間だ。
冀楓晩は他の生き物に長時間に見られる経験がないわけではなかった。昔、彼の家で飼っていた年老いたハチワレ猫は食べること、寝ることとトイレに行くこと以外に、ずっとベッドの上、椅子の上、隙間とワードローブの上で小さなマスターを見守っていた。
『驀然として回首すれば、那の猫却って、燈火闌珊たる処に在り』ということはとても可愛かったが、ふと振り向くと視界の死角にアンドロイド人形がいるとかなり怖かった。もし冀楓晩は驚いた時に呆然になるタイプではなく悲鳴を上げる人なら、数日経つとおそらく近所の方が騒音についてクレームが来るでしょう。
冀楓晩は小未に一日中にくっつかないように直接言ったけど、アンドロイドは同意したにもかかわらずノートパソコン、携帯と家の監視カメラで彼を見守り続けた──これは彼が気まぐれに「あなたのカメラが盗まれたかテスト」をインターネット上でテストした後に発見したことだった。
彼は小未の注意をそらすために家事も利用したが、二十坪位のアパートを掃除してモップで拭き取って拭き上げをするのに三十分もかからなかった。洗濯機が発明された以来、洗濯もただ指で押すだけで済むし、料理について……オムレツ形の塩の塊または食材の大量無駄使いを防止するため、この数日に冀楓晩は小未と一緒に料理していた。
仕方なく、冀楓晩は腹をくくって宣伝用のソーシャルメディアアカウントの管理権を小未に渡した。何千通のメッセージ、コメント及び共有アカウントは冀楓晩に二日間の平和を与えたが、小未が凶悪な目で掃出し窓に向いたことを偶然に気づいた時までだった。
「おい!」
冀楓晩は小未の肩を揺らし、慎重に「どうしたの?」と尋ねた。
「……何でもありません」
小未の声はいつもより一オクターブ低くなり、淡い瞳には光がなく、目に険があった。「誰かが真空管式コンピューターの文章を送ってきただけです」
「え、今の時代に真空管式コンピューターで文章を書く人っている?」
「いいえ、書いたのは真空管式コンピューターです」
小未は暗い表情で言った。「楓晩さんの本は価値がなく、文豪なら誰でも書けると言ってる奴は、脳の容量はきっと真空管式コンピューターと同じですから、すぐに除去すべきです」
「そういう文章は気にしなくていい、そのままに放っておいていいよ」
「放って置くわけにはいきません!あいつは楓晩さんの作品をゴミのように扱っています」
「一部の人から見れば、僕の本は確かにゴミだ」
冀楓晩はさりげなく肩をすくめて言った。「でも彼らが宝石と見なす作品は僕にとっても飲み込めない石のようだ。彼らは僕を見下し、僕も彼らを軽蔑してる。これはお互い様」
小未は唇を真一文字に引き結び、しばらく黙ってから口を開いた。「楓晩さんは追及したくなければ、今の作業が終わったら手を引きます」
「何の作業?」
「送信者の携帯と自宅のパソコンを追跡してハードドライブをフォーマットしています」
「今すぐやめろ!」
冀楓晩は小未に情報セキュリティ法の授業を十分以上に教えてから、宣伝アカウントの権限を撤回し、アンドロイドにじっと見られる生活に戻った。
──このままではいけない、どうにかして彼が僕以外のことに興味を持ってくれるようにしないと!
冀楓晩はこの思いを抱え、三日間一生懸命に考えた後、まだクリアしていないオープンワールドRPGゲーム『諸神靜止』を思い出した。
オープンワールドRPGゲームはやり込み度が高く、『諸神靜止』の特徴は職業の選択肢が豊富な事と広大なマップがある事だ。プレイヤーは箒またはガンダムに乗るかを選べるし、パラディンまたは道教司祭になるのも個人の好みで選択可能だ。しかも公式は定期的に新しいダンジョンをリリースするので、小未がこのゲームに夢中になってくれたら冀楓晩は少なくとも一ヶ月間解放されるだろう。
しかし、計画通りにはいかなかった。現実はそう甘くない。冀楓晩は小未のスキルを過小評価しすぎた。
冀楓晩が操作するキャラクラーは砂漠に立っていた。ここは最も危険なエリアの一つであり、モンスターのスポーンの頻度と数量は両方とも恐ろしいほど多い。ハードモードではプレイヤーが光学迷彩やステルス魔法を使用しなければ、おそらくトイレに行っている間に、キャラクラーが殺されてしまい、装備を失ってしまうに違いない。
しかし、冀楓晩のキャラクラーは一回も死んでいなかった、さらに画面内でも画面外でも十本の指を動かすことすらしなかった。何故ならば、彼のチームメイトは戦いの神であるから。
「……恥知らずのプログラムコード、楓晩さんに近づくな!」
小未は冀楓晩の隣に座り、両手で素早くコントローラーを操作し、画面上のキャラクターが流れ星のように駆けつけ、竜巻のように冀楓晩に近づいてきたすべての盗賊、モンスター、通行人のNPCを押しつぶした。
小未のおかげで、冀楓晩は何もすることがなく、ゲームプレーヤとしての自尊心も深刻なダメージを受けた。
ミディアムモードの場合は、レベル四十のキャラクターは二、三回の攻撃で小型モンスターを倒せるが、レベル十五のキャラクラーなら勝つためにかなり戦わないと倒せない。
しかし、冀楓晩の前では、わずかレベル十三に過ぎない小未が繰り返してヒットポイントを狙い、五回攻撃以内に小型や中型モンスター及びボスモンスターですら倒していた。ボスモンスターはレベル四十二の冀楓晩でさえ攻撃のやり方を間違えたら死んでしまうほど強敵であるのに。
──もし小未のキャラクラーがさらに十回レベルアップすれば、ゲーム内最強と称される無敵のラスボス──ドリース伯爵ですら一瞬に倒すかもしれない。
冀楓晩の額に冷や汗が流れ、画面中に灰になって消えたボスモンスターを見て、死んだのは敵ではなく、過去半年間クリアできないのはレベルが足りないと信じていた自分自身だと感じた。
「わあ、バッグパックがまた装備でいっぱいになりましたね」
小未は赤色になったバッグパックを見て、冀楓晩のほうを向いて、「素材を少し捨てますか?倉庫に送り返しますか?それとも
冀楓晩は口を開いたが言葉を飲んだ。画面中にはおびただしい素材、金貨、そしてずらりと並んでいる実績解除の通知を見ていた――これらのものは全て小未の手柄。冀楓晩は目を閉じて深呼吸をした後、「タバコ買ってくる」と言った。
「私も……」
「留守番して」
冀楓晩は諦めたように言った。「金貨と装備を最大限まで取って、成果もできるだけ達成して、終わったらハードモードに切り替えてスフィアシティに移動してミッドナイト・ドリース伯爵のボスを倒してくれ」
「かしこまりました!お気をつけて行ってらっしゃいませ」小未は意気揚々と手を挙げた。
冀楓晩は力なく振り返り、キャップをかぶってメガネを変えて、財布や鍵を手に取り、家を出た。
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