Ch.20 怪異
向経年と譚雁光は赤レンガの家に戻ると、曹永賀は家外のベンチに座っているのを発見した。
「なぜお前はまだここにいるんだ?」向経年は驚いて彼を見た。「阿財兄のところに行ったじゃないの?」
二人の驚きに比べると、曹永賀はとてつもなく嬉しそうに見えた。サッとベンチから立ち上がり、彼らを見てやっと退屈から解放されたような顔をした。「行ってきたよ!阿財兄は、勇伯の釣り筏は今日中に修理できるから、明日出航可能なので先に戻って向兄に伝えてと言ってくれたよ。しかも後で僕たちの船を見に行って直せるところがあればやってくれると言ったよ」
話を終えた後、曹永賀は素晴らしい仕事を成し遂げたようで、「阿財兄はいい人だよ!」と親指を立てた。
「そんなに早い?」向経年は少し驚いた。前回あの釣り筏を見たとき、モーターが全く使えそうにはなかったが、今日はもう直された。
譚雁光はしばらくあたりを見回してから曹永賀を見た。「兄ちゃんは?一緒に帰ってないですか?」
意外なことに、譚景山について言及すると、曹永賀の顔色が変わった。彼は憤りが胸中にいっぱいで、「譚兄は僕と一緒に阿財兄のところに行ったが、船少ししか見てなくてすぐに疲れたと言って、どっかに行っちゃったよ。僕一人を残して姿が消えたよ」と言った。
譚雁光は一瞬当惑した。明らかに、彼はそのような答えを得られるとは思っていなかった。まるで信じることを拒否したようにもう一度確認した。「僕のお兄さんは、途中でどこかに行ったということですか?」
「そうだよ!海辺で日光を浴びるのが暑すぎるから一人で散歩したほうがいいと言ったよ」
譚雁光の頭の中に何かを閃いたが、それを掴む前に消え去った。譚景山はそんなに日光を浴びるのが嫌いほどひ弱な人ではないとかすかに思っていたが、彼のお兄さんは……
……お兄さんは日光を浴びるのが嫌いなのか?
そんな思いがふと頭をよぎり、譚雁光はその場で凍りついた。
足の裏から悪寒が伝わり、たちまち手のひらにベタベタした冷や汗が滲んだ。彼は氷室にいるようだった。
彼はもう覚えていない。
とても温かい手のひらが彼の背中に付けられ、彼を押した。向経年の声が後ろから聞こえた。「そこに棒立ちして何をしているの?入って休んでね」
譚雁光は振り返った。向経年は彼の背中を支え、押し込んだように彼を部屋に連れていった。落ち着いた口調で優しく暖かい眼差しを注いだ。向経年はこんな行為した原因はもしかして自分の表情が何かを示しただろうかと譚雁光が思っていたが、自分の今の表情はガチガチしているしか感じられなかった。
向経年は譚雁光をリビングのソファに連れていって腰を下ろし、彼の肩を押して囁いた。「回復したばかりなので、休むのが優先だ。あとで船の状況を確認しに行くのでついでにお兄さんを探してあげる」
譚雁光は彼が離れようとしているのを感じると、すぐに肩から滑り落ちた向経年の手を掴んだ。彼は顔を上げ、何か言いたいが言葉が出ず、少し支離滅裂になった。「……繁華街の西側の森まだ行ってない、あと朝シフト表のこと……」
「大丈夫、急がないから」向経年は彼の手をしっかりと握ってからゆっくり離した。
明らかに宥めてくれていることについて譚雁光は少しもじもじしていたが、断らなかった。彼は心の動揺が現れているに違いないと思った。
譚雁光がソファに静かに座っていて落ち着いてきたように見え、向経年は振り返ると、すぐに困惑した顔をしている曹永賀に会った。
向経年は彼に手招きして部屋の外に連れ出した。外に出ると、曹永賀は喋るのを我慢することができなくなかった。「向兄、雁光兄はどうしたの?どうして急に顔色が悪くなった?お腹壊したのか?」
「……」向経年は、曹永賀の察知能力や口に対して何も期待してはならないと思った。
「彼は兄さんのことを心配しているのかもしれない」彼は深く説明せず、ただ曹永賀にこう言った。「俺は阿財兄のところに俺たちの船を見に行くけど、一緒に行く?」
曹永賀はすぐに苦しそうな表情を浮かべた。「向兄、ちょうど海辺から戻ってきたところ……」
「……それとも繁華街の西側の森へ一緒に行く?」
「いやいやいやいやいや、僕、僕は一緒に船の修理しに行く……」
「いいよ、いいよ、ここに居よう!」向経年はぶっきらぼうに手を振って、「雁光は気分が悪いから見といて」と言った。
曹永賀はほっとしたように激しく頷いた。「今日一日中は雁光兄を死守するから」
「……今朝阿財兄のこともそう言った」
「てへへ」
#
乗風号が座礁した海岸に向経年が到着した時はちょうど太陽が眩しい午後だった。海岸の岩礁は日を浴びて熱気を帯びていた。遠くから、阿財と二、三人のお兄さんたちが船のそばに立っているのが見え、何を見ているのかわからなかった。
「阿財兄!」向経年は先に手を上げて挨拶をした。
応答がなかった。
向経年は再び呼びかけた。
お兄さんたちは一瞬立ち止まったが、まるで今やっと彼の声を聞いたように、同時に振り返って彼に情熱挨拶をした。
奇妙な感覚が彼の心を一瞬すり抜けたが、浅い跡しか残していなかった。彼は前に出てお兄さんたちと白熱した議論を交わし、迅速に分業をした後、みんなが本格的に船を修理し始め、さっき感じた奇妙な感覚を彼に忘れられた。
お兄さんたちはテキパキしていて仕事が早かった。彼らは約一、二時間修理に専念し、ヨット全体がほぼ修理された。残ったのはぶつけて壊れたプロペラだけだった。
「このプロペラの修理は老沈しかできないな」阿財は壊れたプロペラを見てため息をついた。
「あの修理技師は明日に帰ってきますよね?」向経年は尋ねた。
向経年はさりげなく再確認したが、予想外にこの質問により、この場にいるお兄さんたちが無表情でお互いに見始めた。
「老沈は明日戻ってくるの?」
「知らないよ」
「明日?それとも明後日?」
「聞いてないよ」
これを聞いた後、向経年はおかしいと思い始めた。「彼は二、三日で戻ってくると言ってではないですか?村長がそう言いました」と彼は尋ねた。
「え?村長がそう言ったの?」
「村長がそう言うならそうだよね?」
「じゃ明日戻ってくる?」
「明後日?」
お兄さんたちの会話はますますおかしくなった。ふと、今まで気が付かなかったことを思いつき、慌てて尋ねた。「待って、あの老沈という方はいつ出発しましたか?どうやって島から出たんですか?数日前は船がなかったのではないですか?」
この質問がした後すぐに、彼らは一瞬立ち止まった。島民たちが何かの命令されたように顔を見合わせ、一緒に声を合わせた。
「老沈はいつ出発したの?」
「老沈はいつ出発したの?」
「老沈はいつ出発したの?」
彼らはお互いに同じ質問をし、答えが得られなかったため次の質問に変えた。
「どうやって島から出たの?」
「どうやって島から出たの?」
「どうやって島から出たの?」
島民たちは尋ねることに執着しているが、答えを求めるわけではなかった。彼らの顔には表情がなく、声が新聞を読みあげるような落ち着いたものだった。向かい合って立っているが、まるでお互いに見えないように、目が虚ろで、まるで命のない人形のようだった。
こうやっていくつかの質問が繰り返され、最後に彼らは一緒に立ち止まり、質問をやめた。
このとき阿財は無表情で落ち着いた口調で、「村長は、老沈が数日前に島から出て、戻ってくるまでに数日かかると言ってた」と言った。
残りの島民も同じ言葉を繰り返した。
海辺の太陽は暑かったが、この瞬間、向経年は全く温度を感じられなかった。彼はただ息を殺して目の前のばかげた光景を見ていて、全身がこわばり、毛が逆立ち、後頭部に冷や汗が噴き出した。
彼らが話し終えた後、何かのシグナルのようにみんなの無表情は肉眼でわかるほど消え、リラックスして元の自然な姿に戻り、先ほど自分が何をしたのか全く気づかないように冗談を言ったり、おしゃべりしたりしていた。
「ああ、向さん、老沈はいつ戻ってくると聞いたよね?」阿財は愛想の良い笑顔で彼を見た。「村長は数日かかると言ってたよ!多分明日か明後日かもしれない。待っててね」
向経年はつばを飲み込み、落ち着くように努力した。手が震えているのかわからないけど、頑張って笑おうとした。「……そうですか。では、あと数日待ちますね」
阿財は笑顔で頷き、もう一度ヨットを見て言った。「ほぼ修理が終わったよ。あと老沈が戻ってきてプロペラを修理したら完成だね」
「……お手数をおかけしました」
「大したことじゃないよ」阿財兄はあっさりとした口調で言い、彼にリマインドした。「出航して引き上げたいよね。明日俺は勇伯のところにいるから来るのを忘れないでね」
向経年は必死に笑顔で頷いた後、適当な言い訳をしてその場から立ち去った。彼は一瞬でもその場に居残る勇気がなかった。感情を顔や態度に表すことも怖くてできず、海岸から離れるため早足で去っていった。
彼はひたすら歩いていて、そろそろ距離を取ってから振り返るのができた。遠くから、お兄さんたちまだヨットのそばに立っていて雑談の声がぼんやりと聞こえた。彼らは一体おしゃべりをしているのか、それとも新聞を棒読みしているのか、怖くて考えられなかった。
心に恐怖の波が押し寄せ、向経年は頭が混乱した。今見たものは一体何のことなのか知らなかったし、それについて考えることもできなかった。彼が唯一わかっているのは、もうこの島に留まることはできないということだけだった。
しかし、彼のヨットはまだ壊れている!このことを考えると、向経年は再び途方に暮れた。
彼は再びヨットの方向に見ると、お兄さんたちはまだそこでおしゃべりをしていた。彼はじっくりと見ることが怖くてできず、ざっと見ただけだった。しかし、彼の目の隅に、ヨットの後ろの森が見え、そこに彼を見ている人が立っていたようだった。
軍服らしきものを着た男だった。
一瞬、その男と目が合ったかと思った。彼はその場で凍りつき、全身の血液が冷たくなり、心臓の鼓動の速い音しか聞こえなかった。しばらくして彼が正気を取り戻し、再びその方向を見たが、そこには誰もいなかった。
向経年は歯を食いしばり、自分を強くつまんだ。彼は痛みに身震いし、そして振り返って走り出した。
頭の中の警報ベルが狂ったように鳴っていた。彼は気を緩めることができず、赤レンガの家までずっと死ぬ気で走り続けて、止まることなくよろめきながらリビングに入った。
「——どうしたんですか?」
向経年はしばらく息を切らしてから落ち着くようになり、振り返ると譚雁光はリビングのソファに座り、毛布を足にかけて居た。彼は驚いた顔で向経年を見ていて、彼の異常状態に対して困惑したようだった。
譚雁光を見て、向経年はようやく安心した。
彼は今、自分がどんな表情をしているかわからないが、ひどいに違いないと思った。あまりにもひどかったので、譚雁光は思わずに立ち上がって心配しそうにしゃがんで向経年を見つめた。「何が起こったのですか?顔色はとても悪いですけど」
「……お兄さんは?戻ってきたか?」向経年は譚雁光の手を掴み、質問に答えずに急いで尋ねた。
譚雁光は状況がわからなかったが先に答えた。「さっき戻ってきました。永賀と同じで部屋で休んでます」
その言葉を聞いて向経年は一先ず安心した。
「——彼らを呼んで」
「え?」
「もうこの島には居られない」
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