Ch.21 端緒
夕方、日が沈み、海鳥の鳴き声が聞こえた。オレンジ色の光が窓から差し込み、薄暗いリビングは仄かな色に染められたが、暖かさをもたらすことはなく、逆にゾクッとした。
彼ら四人はリビングに座り、向経年が遭遇した話を聞いた後、重たい雰囲気になった。
曹永賀の顔が青ざめ、椅子の上でこわばった。彼は作り笑いをして落ち着かせようとしていたが、残念ながらあまり効果がなかった。「ハハハ……向兄、冗談だよね?」
誰も喋らなかった。
曹永賀はこのような沈黙に耐えられず、沈黙はより深い不安をもたらす、彼は不安が募るとペラペラと喋るようになった。「もしかして、お兄さんたちがふざけていただけ?……今朝、阿財兄と一緒にいたのに、彼は普通に見えたけど……」
彼は話せば話すほど怖くなってきて声も小さくなり、ついに口を閉ざした。
「俺もこれがただの冗談であることを願っているけど」向経年は顔を拭き、なるべく雰囲気を悪くしないように努力したが、明らかに失敗だった。
他の三人の重い表情を見て、向経年は口を開いた。「俺は、俺が遭遇したこの……『状況』はどういうことなのか知らない」彼はしばらく考え、さっき起こった事を説明する言葉が見つからないので、簡潔に述べることしかできなかった。「同じ状況が再び起こるかどうかもわからない」
ここまで聞くと、譚雁光は思わず尋ねた。「船の修理技師がいつ島を出たかと聞いた時に、あの……『状況』が表れたと言ってましたよね。その前に何かおかしいところがありませんでしたか?」
向経年は首を横に振ろうとしたが、今日の出来事を振り返ると、突然何かに気付いた。「……いや、船の修理技師が戻ってくる日を確認した時からちょっとおかしかった。話がまとまらず、前後の話が一致していなかった」
「彼らが言っている技師は最初から姿を見せなかった。誰もが彼はすぐに戻ってくると言ったが、しかし、より詳しく質問すると、彼らは……」向経年は言葉を考え、一番近い感じを選んだ。「――システムエラーになった機械のように、複雑な問題に対処できずにクラッシュしたみたいだった。正直に言って、あの老沈は本当に存在するのかも怪しいところだ」
「前後の話が一致していないといえば……」曹永賀が話に割り込み、「向兄、この前阿財兄のところへ船を借りに行った時、彼は奇妙な話をしたんじゃない?彼は妻が医者に診てもらうために本島に行ったと言ったのに、僕が水をこぼしたら彼はまた妻が片付ける」と言った。
「それだけじゃなく、よく考えてみると、この数日島の人々との会話には、辻褄が合わないところが多い」向経年が言った。「……もし、俺が遭遇した状況が、この島では『通常の状態』なら……この島の人々の言うことを、信じていいのか?」
この話が終わると、しばらく誰も声を出さなかった。
意外なことに、譚景山が先に口を開いた。「だから、一刻も早くこの島から出ないといけないと言った。理由はこれなのか?」
この時、夕日は完全に西に沈み、薄紅色の残光しか残っておらず、何も照らせなかった。薄紅の明かりが譚景山の胸に当たり、暗闇に隠された顔が見えなくなった。向経年は振り返って彼の方を見たが、彼が見えなかった。
突然、彼の頭の中で小さな声が彼に呟いた。譚景山はいつ戻ってきたのか?朝、彼はどこに行ったのか?
「じゃ、あなたの船の修理が完了した?」譚景山は淡々と尋ねた。
向経年は我に返り、その小さな声を頭の隅に押し退けた。「いいや、俺の船は……おそらく修理できないだろう」と慌てて答えた。
「修理できない?!どうして?!」曹永賀は驚きの声を上げた。
「船のプロペラに問題がある。そもそも専門の修理技師が修理してくれるのを待っているけど」向経年は苦笑いして、「今は……その修理技師が実在するかどうかもわからない」と言った。
「じゃ、僕たちどうやってこの島から出るの?」曹永賀は心配そうに尋ねた。
「待って、ここから出たらどこへ行けばいいですか?ここは六十年前なので、しかもこの島がどこにあるのかすら知りませんよ」譚雁光も質問した。
「勇伯の釣り筏」向経年はすぐに答えた。彼は海岸から走って帰る途中で計画を考えた。「永賀、明日の朝一緒にヨットへ物を取りに行く、それから直接勇伯のところに行き、釣り筏を出して嵐の海へ出航する」
「そこから戻れるかどうかは試さないとわからない」
「あの……本当に大丈夫かな」曹永賀は躊躇った表情で難色を示した。「それで戻れるの?」
「わからない」向経年は答えた。「でも試してみたいと結果はわからないだろう」
曹永賀はつばを飲み込み、静かな空気の中で彼の声がとても響いた。
「――とりあえず、そうしましょう!」譚雁光は結論を下した。彼の冷静な口調は人を落ち着かせた。「今夜は各自で荷物を片付けて、明日の朝出発しましょう」
『コン、コン——』
ドアがノックされ、その場にいた全員の張り詰めた神経をノックしたようだった。向経年は凍りつき、ドアの方を見た。
訪問者はノックに執着せず、数回してからドアノブを回した――
『パチン!――』
眩い光が数回点滅した後、点灯したままになった。
「あらまぁ!あなたたちがここにいるのになぜ電気をつけないの?」阿月おばさんはスイッチを押し、戸惑いながら彼らを見た。「あの、外でノックしたのにどうして応答してくれないの?びっくりしたわ!」
「はあ――」曹永賀はソファの上でぐったりと呟いた。「びっくりして死にそうだった」
向経年も声を出さずにほっとしてきて、「阿月おばさん、何の用ですか?」と尋ねた。
「なんだって?私が来なければあなたたちどうやってご飯食べるの?」阿月おばさんは聞き返し、手に持った竹かごを食卓の上で『ドン――』と力強く置いた。「仙人でもなるつもりかい?」
#
夕食後、向経年は譚雁光を呼び止めた。
「どうしましたか?」譚雁光が尋ねた。
向経年はリビングで曹永賀とお喋りをしている譚景山をちらりと見て――主に曹永賀は彼がすっぽかしたことについて愚痴を言っていた。相手が言葉で曹永賀を抑圧するのに集中し、こちらに気付いていないのがわかると、譚雁光を引っ張って中庭に連れて行った。
「外で言わないといけないことがあります?」
あなたのお兄さんは朝どこに行った?向経年は心の中で考えたがあえて口に出さなかった。彼は口を開こうとして、心の中の小さな疑いをどう説明したらいいのかわからなかったため、話題を変えることに決めた。「――実は、さっき言っていないことがもう一つある」
譚雁光は唖然し、「なに?」と驚いた。
向経年はひび割れた唇を舐め、しばらくしてから言った。「今日、海岸を離れたとき、見間違いかもしれないが……ある男を見た」
「軍人か警察のような制服を着た男」向経年が強調した。
譚雁光はその話を飲み込んでから尋ねた。「制服を着た男?確かですか?」
「確定できないけど、その時彼と目が合った気がする。しかし、この前謝姐さんは、この島には警察は駐在していないと言った」向経年はきっぱりと答えて、譚雁光の黒い目と目を合わせた。「――だから、俺がこの島から急いで立ち去りたい原因はこれだ」
向経年は、心の不安をどう説明すれば良いかわからなかった。六十年前のどこにでもあるような人里離れた島にやってきただけと思ったが、この島には理屈や辻褄が合わないところが溢れていた。これらの疑念は彼の心に蓄積され、制服を着た男を見たとき、彼の不安は頂点に達し、踏み入れてはいけないところに入ってしまったと彼はかすかに気付いた。
島の夜は涼しく、風がそよそよと二人に吹いていた。後ろのドアから温かい光が漏れ出し、曹永賀と譚景山の会話が断続的に聞こえ、その温かみは外に居た彼らとは引き裂かれてしまったようなギャップがあった。夜風に吹かれたせいか、それとも何か他の原因があるのか、譚雁光の全身が冷えていた。
彼はビクッとした後、口を開いた。「――なんで皆に言わなかったのですか?」譚雁光が本当は、どうして彼だけに言ったのかと聞きたかった。
「だって俺も自分が何を見たかわからないから」向経年は苦笑いした。「永賀は臆病なので、彼に言うと逆に無駄な緊張をさせる。あなたのお兄さんは……彼はあまり気にしていないようだ」
譚雁光は何かを反駁したいかのように眉をひそめたが、結局彼は小声で「……彼は気にしていないわけじゃないです」とだけ言った。
向経年は答えず、「お兄さんが朝どこに行ったのか知ってる?」と言った。
譚雁光は唖然とし、何も答えなかった。
「ただ起こった事をあなたにも知らせたいだけだ。それから――」向経年は譚景山のことについてこれ以上言わず、安心させるように譚雁光に微笑んだ。「あなたに言ったほうが俺も安心する」
話し終えた後、彼自身も少し恥ずかしくなった。それを隠すように顔をこすり、「まあ、俺が根拠のない心配をしたと思っていいよ。気にしないで、先に休んでね」と言った。
譚雁光はまつげが震え、目の前の男を見た。彼は一日中走り回っていたので、目の下にクマができ少し疲れているようだ。それでも彼の目は誠実で優しい気持ちで満ちていた。
病気の発作の時に醜い姿を相手に見られたかもしれないし、相手がいつも示してくれた強さと寛容さに惹かれるかもしれない。おそらくそれ以上は、今ここの閉鎖的な環境と自分自身の弱さのせいかもしれない。一瞬、目の前の男に打ち明けたくなった。彼の不安や恐怖、そして彼が微かに感じ取った————彼のお兄さんはこの島を出たくない可能性がある————ということ。
入り乱れた複雑な思いが彼の頭の中でぐるぐるしていたが、最後になって彼が言ったのは「――おやすみなさい」の一言だけだった。
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