Ch.19 病
「でも……彼はどうして嘘をついたの?」向経年は戸惑った。「嘘をつくようなことじゃないよね?」
「わかりません……」譚雁光は無意識に自分の手をぎゅっと握りしめた。「彼の妻の態度もちょっとおかしいですね」
向経年は眉をひそめた。張柏川の妻は最初から彼らに対してとても警戒していた、元々彼はそれについて気にしなかったが、先ほど譚雁光の言葉と相まって全てが違う意味になってしまった。
「さっき……シフト表の名前を言ったとき、彼の態度も少し変だったね」向経年は考えた。「なんかそれ以上聞いてほしくないような気がした」
「名前といえば、家族写真を見た場所で壁にペナントのようなものがありました」譚雁光は言った。「人の名前みたいです。名前は——」
音はピタッと止まった。
「……雁光?」
譚雁光は話の途中で突然立ちとまり、向経年はしばらく待っていたが、思わず彼の方向に視線を移した。譚雁光は完全にその場に固定され、頭を少し傾いて無表情で、一時停止ボタンを押したように、目の焦点が合わなく茫然としていて、体全体が凍りついた。
「雁光?おい……譚雁光!」向経年は驚き、手を差し伸べて彼を揺さぶった。「おい、どうしたの?おい!」
しかし、彼がどんなに譚雁光を呼んでも、譚雁光は呼吸していること以外に、魂を失った空っぽな殼のようで全く動きがなかった。向経年は無意識のうちに周りを見回し、助けを求めたかった。不思議なことに、道には人がいなかった。昨日あちこち歩いたときは村人何人が歩いていたのに、今は一人もいなかった。誰もいない通りに響くのは、彼の喘ぎ声だけだった。向経年は身震いせずにはいられなかった。
「くそ……一体どういうこと?」向経年は不安で途方に暮れていたが、ここで待っていても仕方がなく、戻ってから考えようと思った。彼は譚雁光を背中に乗せ、赤レンガの家に向かって走った。譚雁光は細く見えるが、一応大人の男性であり、決して軽くなかった。向経年は譚雁光を背負って荒い息をしながら走るしかできなかった。
走っている道中、彼が大騒ぎしていたのに、一人も出会わなかった。向経年は深く考えられず、立ち止まることもせず、ひたすら走っていた。もうすぐ赤レンガの家につく前に、ようやく背中から何かの動きが伝わってきた。
「……向経年?何している?」譚雁光の声が後ろから聞こえた。
向経年は安堵のため息をつき、「――よかった、やっと反応してくれた!」と言った。
「……待って、何?まず僕を下ろして」譚雁光は彼の背中を軽く叩いた。
向経年はたまたま小さな公園に駆け寄り、彼は譚雁光を隣の花壇に下ろして座らせ、横にしゃがんで息を切らした。
「待って、息を、吸わせて……」向経年は疲れ果てて半死半生だった。
譚雁光は少しおろおろした、彼は横にしゃがんで息が切れそうな向経年を見て、相手が少し良くなってきてから慎重に尋ねた。「――どうして僕を背負って走りましたか?」
向経年はついに息を吐き、膝に当てて顔を上げて譚雁光を見た。「知らないの?さっき、あなたは話の途中に突然途切れて、金縛りのようで、どんなに呼んでも立ち止まって、全く反応しなかった。どうしたらいいのかわからないから背負って連れて帰った」
譚雁光は黙っていた。しばらくして、「ごめん……」と囁いた。
向経年は譚雁光の隣に座って、「さっきのあれは何なんだ?」と尋ねた。
譚雁光はさらに長い間沈黙していた。彼は地面に投影された木漏れ日をしばらく見つめた後、ゆっくりと口を開いた。「昨日、僕が東華島に何をしに行くかと聞いたんじゃないですか?」
「うん、資料収集って言ったよね」
「それが主な理由ではないです……」譚雁光は頬をひきつらせ、穏やかに会話を始めようとしたが、残念ながらできなかった。「実は、僕は変な病気にかかっています」
「病気?」
「それは先ほどあなたが見たことと同じです。僕は突然……トランス状態になります。その状態に陥ると外の世界に反応しなくなります。通常、それは短い時間続きますが、目覚めた後、僕は何かを忘れます。この状態では、普通に暮らすことができないですよね」譚雁光は苦笑した。「今の僕は、さっきまで何をしたかもう覚えていないです。張柏川に会いに行ったことを覚えているけど、その後の結末は全く覚えていないです」
「夢遊病のようなもの?」向経年は注意深く尋ねた。
「似ているですが、それじゃないです」譚雁光は首を横に振った。「ここ数年、色々な医者に見てもらいましたが、効果がありませんでした。つい最近、このような状況がますます頻繁になってきて、忘れることも増えてきました。兄ちゃんは……彼は僕よりも恐れていました。だから彼は一緒に旅行しようと提案した。僕も同意しました」
「彼は僕が彼を忘れてしまうのではないかと恐れているのを知っています」譚雁光は深呼吸をして、無力だが理解した様子だった。「僕はもう病気を受け入れて、旅行から帰ってからどこかの田舎で暮らそうと思ったんですけど、まさか六十年前にタイムスリップしたとは思いませんでした。もう田舎を考える必要がなくなったんですね」
向経年は何を言うべきかわからず、この病気について聞いたこともなかった。何を言ったらいいのかと考えている間に、譚雁光が自分の手首を掴んで軽く震えたのが見えた。
向経年は深く考えずにそれを握ってしまった。「俺たちはきっと戻れる。絶対に戻れる!あなたも治療を諦めないで」
譚雁光は向経年の突然の動作に驚き、全身が震え、目を見開いた。彼は手を引きつらせようとしたが、彼の手を握っている手は鋳鉄のようにちっとも動かなかった。
「待って、あなたの手……」
向経年はまだ相手を励まそうとしている。「考えてみて、六十年前にタイプスリップすることすらできたので、病気が治らないって心配しなくていいだろう」
「いや、先に放して……」
「そんな奇跡が起こりうるのに、起こらない奇跡なんてある?」
「――あのね、」譚雁光はついに我慢できなくなった。彼は顔を赤らめ、向経年の手をもがいた。「近すぎ!」
突然言葉を遮られた向経年は、真っ黒な目で彼を見つめた。まるで彼がとても無実であるかのようだった。
「あなた……あなたって、距離感とかないですか?」譚雁光は歯を食いしばり、相手の真剣な眼差しを見て小さい声で言ったが、すぐに興奮が収まった。「――もういいです。帰りましょう」
話し終えた後、向経年の反応を待たず、彼は立ち上がって先に立ち去った。
向経年は眉を上げ、譚雁光の後ろ姿を見て追いかけた。
#
賑わいのある路地のはずだが、今は両側の建物が静まり、まるで人が住んでいないのように静かだった。遠くから、重い靴が地面を叩く音がした。
「コンコン、コンコン——」
足音が二階建ての欧米風の家の前で止まり、男は襟を正した。彼は服の裾のしわを力入れて伸ばし、ベルトを調整して、このユニフォームを恥じないように全てが正しい位置にあることを確認した。これは彼が家に入る前の習慣だった。男がドアを開けようとしたとその時、後ろから物音がした。彼は立ち止まって振り返り、帽子のつばを上げた。
「いつ僕のところに来てくれるかなと考えた」その男は言った。「小山」
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