Ch.17 惹きつける
三人が赤レンガの家に戻った時、譚景山は既にリビングの椅子で横になって休んでいた。
彼らが一緒に戻ってきたのを見て、譚景山はゆっくりと挨拶し、自分の弟に愚痴を言い始めた。「雁光、まさか本当に俺を埠頭に置き去ったと思わなかった」
譚雁光は自動的に愚痴をホワイトノイズと見なし、「午後はどうだった?情報があった?」と彼の話をスルーした。
「どうしたって、もちらん何も手に入れなかったよ」譚景山が言った。「それか君たちは何の収穫があった?」
長い間空腹だった曹永賀は、玄関に入るとすぐに食卓に向かい、一言も言わずに猛スピードで食べていたが、譚兄弟の会話が聞こえ、やっと顔を上げる余裕ができた。「もちろんあるよ!朝は船を借りて、その後陳さんに埠頭のことを聞きに行って地図も手に入れた。譚兄はもしかして埠頭から離れるとすぐに戻ってきてずっと休憩してる?」
譚景山は全く気にせず、ぐだぐだで手を振った。「僕は年を取っているから休まなくちゃいけないよ」
「船を借りられるかどうかはまだわからない」向経年は自分と譚雁光の分のご飯をよそって、「これで足りる?」と聞くのも忘れていなかった。
「十分です。ありがとうございます」譚雁光は茶碗を取り、食卓に座った。「わからないとはどういうことですか?」
向経年は勇さんのところで発生したことを語った。
「——何れにせよ、あの釣り筏が修理できるかどうかもわからない」向経年はため息をついた。
「そして、勇さんの息子さんの話とさっき会った阿蓮さんのことを聞くと、この島の周りの海がとても危ない感じがする。なんか怖いな」曹永賀も口を挟んだ。
「……阿蓮?」譚景山が尋ねた。
曹永賀は彼の問いかけを聞くと、すぐにさっき起こったことを大袈裟に語り、最後は衝撃的な結論を導き出した。「――この島はもうしかしたら呪われているのか?」
「おお……」譚景山が聞き終わった後、ただ感嘆の声を出しただけ。
何かのフィードバックが欲しいと思っていた曹永賀は、「譚兄、何か思いついたことがない?」としつこく尋ねた。
「ない」譚景山は冷たく二文字を回答した後にすぐ起き上がり、「先に部屋に戻って休む」と言った。
「……また適当な返事で!」
「もういい、早く食べなさい」向経年は彼のぶつぶつ文句を中断させるため、たくさんおかずを取って曹永賀の茶碗に入れた。「これらの料理でお前を黙らせるのができないのか?」
譚雁光は振り返って譚景山が去って行った方向を見て、錯覚がどうかはわからないが譚景山の機嫌が悪かったように見えた。
三人ともお腹ぺこぺこになっていたので、三十分だけでほとんどの食べ物を完食した。
食事の後、譚雁光は自発的に片付けを始めた。向経年はそれを見て、一緒にやることになった。その後、ニワトリを小屋に入らせるように曹永賀に風呂入ることを催促した。
二人で食器をシンクに持って行き、譚雁光はたわし取って皿を洗おうとした。向経年は彼の細くて白くてタコが全くない手を見て、すぐにたわしを奪い取って彼を押しのけた。
「俺がやるよ」向経年は譚雁光にきれいな布巾を渡した。「俺が洗うから、雁光が拭き取って」
譚景山は少し呆れた顔で急いで仕事を奪った男たちを見て、何か言いたいが言うのやめて、茶碗を受け取って拭き始めた。
赤レンガの家の台所は大きくなくい。成人男性二人が肩並べて立つことには少し窮屈だった。古い吊り下げ照明は接触不良のようで、光は強くなく少し暗めで、ぼやけた光輪が二人に映っている。
ジャージャー、ジャージャー。
二人はしばらく言葉を交わさず、水の流れる音が小さな台所に響き渡り、噴水や波のように数倍に増幅された。
譚雁光は波のリズムによって、隣に立っている男を密かに観察した。彼の眉骨がやや突出しているから、目の彫りが深く見えて、この時彼は何か深刻な問題を見ているかのように、手に持った茶碗と皿を見つめていた。彼の髪は量が多いがあまり整えてなく、少し額にくっついていた。彼の鼻は真っ直ぐだが鋭くはなく、温かみが溢れ、彼の雰囲気に似ていた。
ジャージャー、ジャージャー。
向経年はまた一つの茶碗を渡してきて、譚雁光が受け取り、視線を下にそらした。
彼が伸ばしてきた手は骨ばっていて長くて、ざらざらしたタコがついていた。前腕の筋肉のラインがくっきりし、小麦色の肌が力強さを感じさせる。
譚雁光は拭き終わった茶碗を横に置き、視線を上に移動した。
彼の顎のラインが非常に鋭く、かすんだ黄色の光の下では、ナイフで削ったようにはっきりとしていた。口角は自然に持ち上げられており、羊羹の甘さとなめらかさを思わせる餡色だった。
「俺の顔に何か付いてる?」
譚雁光は慌てて目をそらした。「……いいえ、顔に少し水がかけただけです」
「あ、そう?」向経年は手を上げてさりげなく拭いた。彼は横で下を向いて食器を拭くのに集中している人を見て、相手はまぶたを伏せ、かすんだ光の下に一本一本はっきりとした影が見えた。
――まつ毛が長いね。
向経年は考えながら譚雁光が不慣れで皿を拭いた様子を見て、笑ってしまった。
「このように拭くと皿がうっかりと落としやすい」向経年は手を伸ばして彼のやり方を調整せずにはいられなかった。「こうやって、回しながら拭いたほうが落ちないよ」
譚雁光が凍り付いたことに全く気づかなかった。
向経年は手を撤回して笑って言った。「あまり家事しないでしょう?」
「あ、うん……」譚陽光はかすれた声で答えた。「あなたは慣れているようですね」
「一人暮らしているから何でも自分でやらないと」向経年は食器を洗い続けた。「そうしないと、永賀のやつみたいに、家がぐちゃぐちゃになってしまう」
「あなたたちは……本当にボスと部下に見えないですね」
「俺と永賀?」それを聞いて向経年は笑顔で言った。「あいつ十代の頃は勉強が苦手で、チンピラたちと一緒に一日中港をぶらぶらしていた。彼がやることがなさそうで勉強もしたくないのを見て、あいつを捕まえて従業員にした」
「兄弟みたいですね」
「それは面倒臭い弟だ」向経年は振り返って譚雁光が微笑んだ様子を見て、口角が上がった。「雁光はお兄さんと逆だね、雁光のほうがお兄さんに見える。」
しかし譚雁光はそれを聞いて笑わなくなり、淡々に答えた。「――うん、僕のほうが心配性なので」
向経年は、自分が境界線を踏み込んだことを気づき、それ以上の質問するのをやめて話題を変えた。「あなたは作家さんだよね、何を書いている?」
「散文と旅行記などエッセイを書いただけです」
「じゃ今回東華島に行くのは取材のため?」
「……まあそうですね」譚雁光は答えたすぐに笑った。「でも、タイムスリップは東華島よりも書く価値がありますね」
彼が再び笑ったのを見て、向経年はこっそり安堵した。「これは誰も持っていない素材だな」
「あなたは?どうして観光ヨットをやりたいのですか?」
「これはね……」向経年はやっと食器を洗い終え、手を振って水を飛ばし、後ろのキャビネットにもたれかかった。「とてもシンプルなものに惹かれた経験がある?」
「どういうことですか?」譚雁光は当惑した。
「俺は子供の頃から海が大好きだった」向経年が答え、視線を空中に向け、思い出に耽った。「理由は知らないけど、いつも海に行ってる。中学からかな、放課後みんながボール遊びに行ってたのに、俺だけ海に行ってた。何もせずただ堤防に座って海を見ていた。お母さんが呼んでも帰らないくらい見ていた。なんか海には俺を呼んで待っているものがあると思って、だから大学卒業してしばらく仕事したら海に行くと決めた。そして仕事を辞めて全ての貯金を使い切ってあのヨットを買って今に至った」
向経年は頭を掻いて、恥ずかしそうになった。「つまらない理由でしょう?」
「いいえ」譚雁光は首を横に振った。「とても素敵ですよ」
向経年は褒められてから誇らしげで少し恥ずかしい笑顔を見せ、腕を伸ばすとすぐに譚雁光の肩に置いた。「その話はやめよう。明日は予定ある?まず埠頭の担当者に会いに行こうか?」
譚雁光は腕の圧迫感に一瞬震えて全身が凍りついた。向経年は熱を放射する巨大なストーブのように彼にしがみつき、喋る度に息が彼の耳に吹き付けられた。
――近すぎる!
譚雁光は顔が赤くなり、少しずつ離れようとしたが、向経年は彼の意図を全く気付かずに腕を彼の肩にしっかりと置いて話し続けた。
「実は、明日繁華街の後ろの森に行こうかなと考えてるんだ。地図の引き裂かれた場所がどんな感じなのかちょっと気になってさ」
「……」
「でも、永賀は臆病なので多分行く勇気がないだろう。俺たちだけ行くか、それともお兄さんも入れて三人で行く?」
「……」
「――雁光?どうした?」
ほっそりとした白い手は向経年の胸に置き、しっかり、ゆっくりと彼を押しのけた。
「?」向経年は訳がわからない様子だった。
「あなたはまず、一般的に人とのソーシャルディスタンスを保つことについて考えるべきだと思います」譚雁光はムッとした顔をしながら枯れた声で硬く言ったが、彼の赤い耳は彼を裏切った。
こう言った後、彼は向経年を離れて立ち去った。離れていくその姿はどう見ても逃げているように見えた。
向経年は彼が落とした布巾をぼんやりと見つめ、しばらくしてから、軽く笑ってしまった。
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