Ch.16 阿蓮(アーレン)

「うるさい!何泣いてるんだよ」向経年は泣き喚いている曹永賀に耐えられなかったので、手動で彼を黙らせた。

 曹永賀は口を塞ぎ、非難の表情で向経年を向けた。「ここで死んじゃうかもしれないのに泣いてはいけないの?向兄は人間って言えるか?」

 再び悲しみに襲われ、また悲鳴を始めた。「これは間違いなくホラー映画の始まりだよね?僕たちもう終わりだ——まだお金持ちになっていないのに、恋愛経験もないのに死ぬなんて——」

「バカな話をするな!警察に会ってないだけでそんな大袈裟な話じゃないだろ!」向経年は我慢できずに再び彼の頭を叩いた。

 譚雁光は自分の言葉が曹永賀をそこまで怖がらせて泣かせるとは思っていなかったので、すぐに彼を慰めた。「そうですよ、この島に警察が駐在していない可能性があるだけです。ただの推測なので、そんな深刻な話ではありませんよ」

 曹永賀は真っ赤な目で二人を見つめている。「この島はもしかして無法地帯? みんな心配しないの?向兄も女の子と付き合ってことないから、まさか僕と二人でここに孤独死になっちゃうの?うぅぅ――」

 向経年は今、彼を絞殺したい気持ちになってきた。彼は歯を食いしばって、「曹永賀――喋り方がわからなければ黙れよ――」と言った。

 曹永賀は、向経年が本当に怒っているのを見ると、すぐに素直に口を閉じ、泣くのはやめた。


 ――気まずい。

 向経年はちらっと譚雁光を見ると、彼と目が合った。想定外のことに二人ともびっくりし、譚雁光が先に黙って目をそらした。

 ――曹永賀このクソガキもうクビにしていい。向経年は無表情で考えた。

 曹永賀が大騒ぎした後、元の重い雰囲気が消え、気まずい雰囲気が充満していた。

 気まずい空気が広がる中、向経年は数回咳払いをして沈黙を破たった。「エッヘン、あの、後で街の人に警察署の場所を聞いてみない?」

「い、いいですよ」譚雁光もこの雰囲気に浸り、なぜか不自然になってきた。彼は広げた地図を畳んで片付けた。「船便のこと、明日にしましょうか?そろそろ夕方ですし、帰らないとお兄さんが心配しますので」

 向経年は頭を上げて空の色を見て、確かに暗くなってきた。みんな何も食べずに一日中歩き回っていたので、向経年は頷いた。「そうだね、帰ろう」


 赤レンガの仮住まいに戻る時、三人は静かだった。曹永賀も自分が何か間違ったことを言ったようだと気付き、帰る途中に己の分際をわきまえた。

 向経年は譚雁光に対して何かを言って自分の名誉を回復する必要があると感じたが、何を言ったら良いかわからないが、少なくともさっきの恥ずかしいイメージを払拭する必要がある。

 しかし、赤レンガの家の前の交差点に辿り着くまで、彼が何を言おうかと思いつかなかった。彼が何かの言葉を発しようとした時、二人の女性が近づいてきた。そのうちの一人は、昨日の夜も熱心に手伝いに来た謝という名前のお姉さんです。彼女はもう一人の女性を支え助け、向経年たちを見たとき嬉しそうに挨拶をした。


「向さん、晩ご飯用意出来たよ」謝姐さんはとても情熱的だった。

「いつも迷惑をかけてすみません」向経年は丁寧な笑顔で迎えた。「昨日の料理はとてもおいしかったですよ。今日はどんな素晴らしい料理が待っているのか待ち遠しいです」

「あらまあ、口がうまいね!向さんは褒め上手だね」謝姐さんは褒められてとても嬉しそうだった。「素晴らしいなんて言いすぎるよ、ただの家庭料理だよ」

「家庭料理が一番ですよ」向経年はまた少し褒めてから、謝姐さんの隣に立っている女性に目を移した。彼女の顔が青白く、年齢はおおよそ三十から四十歳の間で、厚いコットンのジャンパーを羽織っており、中には花柄のシャツを着ていた。長い髪を三つ編みにして肩に垂らし、見た感じは少し弱そうだった。「このお姉さんは大丈夫ですか?手伝いましょうか?」

 しかし、あの女性は聞こえていないように、無表情で、目が呆然して彷徨っているようだった。向経年を見ることさえせず、ただ自分の世界に没頭していた。向経年は彼女が小さい声で口ずさんでいるのがぼんやりと聞こえた。

 謝姐さんは少し恥ずかしく申し訳なさそうに向経年に笑って説明した。「ごめんね、向さん、阿蓮アーレン……彼女の体はあまり良くないからね」

「いえ」向経年はすぐに手を振り、さっき話し合ったことを思い出し、このチャンスを掴んで尋ねた。「お姐さん、ここに最寄りの警察署はどこですか?事故でここに来られたので、通報しに行こうと考えてます」

 謝姐さんは手を振って微笑んだ。「こんな小さな島なので、警察署とかあるわけがないよ!みんなは何かあったら村長のところに行くのよ」

 ――この島には警察が駐在していないことが判明したので向経年は少し気を緩めた。

 その時、譚雁光と曹永賀も近づいてきて、曹永賀は手を上げて謝姐さんに挨拶をした。

 会話を交わす前に、全く反応しなかった阿蓮は突然、譚雁光の前に飛び出し、いきなり彼の手を掴んだ。

「弟よ!弟よ!」彼女は流木をつかむように、譚雁光の手をしっかりと握り、大きな声をあげて泣いた、「弟よ!やっと帰ってきてくれたの――」

 譚雁光はびっくりして、相手の急ぐ姿勢に衝撃を受けたせいで数歩後退した。彼が倒れる寸前、向経年は慌てて大きな手で彼を掴んだ。

 譚雁光は途方に暮れて阿蓮を捕まえていた。「待って、このお姉さん――」

「――弟よ、帰ってくれたらもう行かないでね」阿蓮は泣いたり笑ったりしていて、譚雁光の驚きを無視して、飼い猫を撫でるように軽く愛情を込めて譚雁光の頭をなでようと手を伸ばした。

「あらまあ!阿蓮また始まった!」謝姐さんは急いで前に出て阿蓮を引き戻し、譚雁光に謝りながら謝罪した。「ごめん、ごめん!阿蓮はね、精神不安定なのよ。たまに他人を自分の家族だと見間違えるから」

 しかし、阿蓮はまだ譚雁光の手をしっかりと握っていた。彼女に囲んで必死に落ち着かせようとしてやっと手を放してくれた。謝姐さんは彼女を道端の階段に連れていて低い声で慰めた。

 譚雁光は手首をこすり、眉を軽くひそめた。

「大丈夫?」彼が手をこすっているのを見て、向経年は下を向いて尋ねた。

 低くて渋い声が彼の耳に響き渡り、譚雁光は自分の体が向経年にほぼ抱かれていることに気付いた。彼は顔を上げて向経年のほうを見ると、相手が心配に満ちた真剣な目つきで彼を見つめていた。

「……大丈夫です」譚雁光はそっと向経年の腕の中から離した。

 彼が怪我をしていないのを確認できた向経年は深く考えず、阿蓮の前にしゃがんだ。女はまた今までの他人無視状態に戻り、小さい声で口ずさんでいた。

「彼女は大丈夫ですか?」向経年は心配して謝姐さんに聞いた。

「ああ、いつものことよ」謝姐さんはため息をついた。

 この時、曹永賀は用心深く近づいてきた。「……さっきはどうしたんですか?」

 謝姐さんはしばらく熟考してから口を開いた。「阿蓮も可哀想な人よ。元々元気だったけど、数年前、彼女の夫と弟が海に出たら帰って来なくなったのよ。子供二人も海に遊びに行ったら溺死した。それから、彼女は精神不安定になった。時々、他の人を自分の家族と見間違い、それを見ると急いで近づいて泣くのよ」

 譚雁光は阿蓮の方を見て、彼女は世の中を知らない子供のように体を微かに揺れ、自分だけが知っている歌を口ずさんでいた。

「――とにかく、もし街で阿蓮に会ってまた捕まえられたら、彼女に怒らないでくださいね。慰めてあげたら彼女は自分でどっかに行くよ。または、他の人に頼んで家に連れて行ってもらってもいいよ。みんな知ってるから」謝姐さんが言った。「ここにしばらく滞在するから先に言っとくね」

「わかりました」向経年は約束した。


 話が一段落して、謝姐さんは譚雁光に何度も謝罪してから阿蓮を支え助けてゆっくりと去って行った。

 彼らは後ろから二人を見送った後、曹永和は思わず言った。「……この島の周りの海は一体どれだけ危ないの?たくさんの人が海に行ったら戻って来れなくなるみたい」

 その時、阿蓮は何かを感じたように振り向いた。

「……うわっ!」曹永賀は思わず声を上げた。

 彼女は他の人を見ずに譚雁光だけを見て微笑んだ後、再び振り返った。

 譚雁光は呆然とした。

 曹永賀は足の力が抜けそうだった。「……びっくりしすぎておしっこが出ちゃいそう」

 向経年は彼に腹を立てて横目で睨んだ。「お前のこの口は本当に要らない。まだ行かないの?」

「行こう行こう!」曹永賀はすぐに動き出した。

 譚雁光がまだ元の場所に止まっているのを見て、彼は軽くたたき、「どうしたの?」と尋ねた。

「いいえ……何でもありません。」譚雁光は正気にかえ、阿蓮が立ち去る方向を見た視線を移した。

 ただ、阿蓮は……どこで見たことがあったような気がすると彼が考えていた。

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