Ch.14 引き揚げられない

「あそこ」勇伯が言った。

 向経年たちは勇伯について灰色の低い家の後ろの砂浜に来た。そこに十艘以上の小型釣り筏を停泊していることが見えた。 ずいぶん使われていないようで、いくつかの釣り筏は半分砂に埋めていた。

 勇伯はある釣り筏の横に行き、船縁を叩いた。「これだ。でもね、長い間に使ってないからエンジンが動くかどうかを試してみないとわからない」

 老人は筏に巧みに乗り込み、旧式のモーターを起動した。つんざくような回転音がした。

 曹永賀はそっくり向経年に近づき、巨大な音の中でこっそりと言った。「向兄、なんかうまく行かない気がする」

「縁起でもないこと言わないで」

 しかし、向経年の話が終わるやいなや、モーターの音が止まった。彼は黙って曹永賀のほうに顔を向け、曹永賀は弁解の余地がなかった。

「あれ?」

「勇伯、どうした?無理そう?」阿財が尋ねた。

「もう一度やってみるわ」勇伯は首を掻いて面倒くさそうに見え、顔を俯けてもう一度モーターのリコイルスターターを引いた。

 しかしモーターは彼の顔を立てなかった。数回の音がした後、全く動かなくなった。

「はあ、動きそうにないな」勇伯は仕方なくため息をついた。「引き揚げは急いでないよね?今日修理してみたら明日行けるかもしれない。阿財も一緒に見て」

「いいよ」

 向経年と曹永賀二人は依頼側なのでそれに同意するしかなかった。頷いて二人にお礼をした。

 曹永賀は周りに散らばっている他の釣り筏を見て、指差して尋ねた。「こちらの船も使えないですか」

 勇伯は周りの釣り筏を見てため息をついた。「これらの船はわしの船より放置時間が長いよ。エンジンはもうボロボロで動かない。オーナーもみんな年なので運転できなくなったよ。年取るとそうなるよね」

 老人は世相を嘆いた。向経年と曹永賀はお互いをちらりと見て、老人の記憶に触れていたことに気づき、曹永賀は慌てて慰めた。「さっき勇伯が船に素早く乗ったことを見るとまだまだ現役いけるよ!」

 勇伯はその言葉を聞いて微笑んだ後、ため息をつき、目を細めて近くの海を眺めた。垂れ下がったまぶたは濡れた視線を遮ることができなかった。「昔、これらの釣り筏はいつも数艘で一緒に出航していたよ。満載して戻った時、子供たちは砂浜でワイワイして迎えたよ。時が経って子供たちも大きくなって次々に島に出て行って、もう引き揚げられないよ」

 話をしている間に、勇伯は息を詰まらせて泣き叫び、曇った目から涙を流した。「家家チャーチャー——、わしの家家————、この海は行っちゃいけないよ。もう引き揚げられないよ」

 勇伯の突然に湧き上がった感情に驚いた三人は慌てて彼を慰め、機嫌を取ってその気にさせて家に連れ戻した。

 阿財は老人をなだめ、ドアを閉めた後、三人同時に気を緩めた。

 向経年は腹立って曹永賀の頭を叩いた。「慰め方がわからなかったら黙れよ!」

「これは僕のせいじゃないだろ?知らなかったよ!」曹永賀は頭を抱えながら濡れ衣を着せられたように叫んだ。

「向さん、これは別に曹くんのせいじゃないよ」阿財は丸く収めようとした。「勇伯は年を取ったからこの数年はいつもこんな感じ、海を見ると悲しくなる」

「————『家家』は勇伯のお子さんですか?」向経年は慎重に尋ねた。

「勇伯の息子だ。昔、出漁する時に海に落ちてしまって、若くして亡くなった。勇伯は海で三日間引き揚げてみたが、何も見つからなかった」阿財は悔しそうに言い、しばらく感嘆した後、すぐに気持ちを整理した。「————勇伯の船は修理可能かどうか今日中に見てみるよ。もしできるようになったら明日に知らせる」

 この状況で、向経年と曹永賀二人は何も言えず、阿財にお礼を言って立ち去った。


 帰り道に二人とも沈黙した。もうすぐ昼なのに何にもできていなかった。

 曹永賀は少し落ち込んでいた。「勇伯の事を聞くと、何となくこの辺の海域が危ない気がする」

 向経年も疲れてきて顔を拭いた。「その可能性はある」

 勇伯の混乱した言葉から、向経年は何かの異常を察知した。それで自分の推測をますます確定した。この島の周りの海にはきっと何がある。例えば、彼らを六十年前に連れてきた嵐のことだ。


 #


 譚雁光はあのシフト表を手に持ち、近くの住宅地に聞きに行くつもりだった。

 譚景山は反対した。「朝からあちこち回っていたのに、また続けるの?」

「『鉄は熱いうちに打て』という事だよ。しかも太陽はまだ昇っているし」

 しかし、譚景山は駄々をこねていて、そのまましゃがんで移動するのを拒否した。「太陽まだ昇っているのを知ってるよね!暑すぎた!俺はもう無理だ!」

 譚雁光は呆れた。「……譚さん、おいくつですか?」

「もう知らない!とりあえず俺は休む」

「……じゃ先に帰って、僕一人でも大丈夫」譚雁光は譚景山を置いて一人で行くふりをした。

「ダメ!」譚景山は急いで譚雁光の手を引っ張った。「一緒に帰って休まないとだめ」

 お兄さんの駄々をこねる様子を見た譚雁光は、ため息をついて譚景山の前に一緒にしゃがんだ。「兄ちゃん、僕はそんなに弱くないから」

 譚景山は静かになった。

「近所の人に聞きに行くだけだよ」

 譚景山は沈黙を貫いた。

「兄ちゃん、本当に大丈夫」

 譚景山は弟の手を掴み、顔を俯けていた。「……光ちゃん、知ってる?」

「何?」

「————あなたはバカ弟だ」

「……」

 譚雁光は容赦なく手を引っ込め、早口で仕事を割り振った。「僕は左の道から、あなたは右の路地から聞いていいよね?」

 聞いているように聞こえるけど、譚雁光は譚景山の回答を聞くつもりがなく、話を終えた後、まだ道端にしゃがんでいた兄のことを気にせずに冷酷に去って行った。遠くからまだ譚景山の愚痴が聞こえた。

 譚雁光は港からそう遠くない民家に訪問した。彼は船便の情報を知りたいふりをし、いくつかの民家に次々と訪ねた。ほとんどの人は港の運営に対して詳しくなく、リストに載っている人のことも聞いたことがないと仰っていた。このシフト表は大昔のものだと言った人もいた。この島は十日一回しか船便がないためシフト表が要らないという事だ。

 譚雁光が聞けば聞くほど困惑してきた。彼の問題を誰も答えられなかった時、近くに誰かが彼を呼んだ。


「雁光!」

 向経年は遠くから譚雁光が見えたので、すぐに呼びかけた。彼らは勇伯の家から出た後、急にやる事がなくなったため、曹永賀の提案によって繁華街の近くに来て、譚雁光たちに出会うことは思わなかった。

 そばにいた曹永賀はまるで幽霊でも見たような顔で彼を見て、ボソボソと言った。「あなたたちの関係は昨日まだピリピリしていたじゃない?今日は下の名前を呼べるようになった?」

「別に深い恨みがあるわけじゃないのに、お互いに打ち明けたら解決できるじゃん?」向経年は何を大騒ぎしていると理解できなさそうな顔で言った。「仲間外れとか、女子中学生か?」

「……」

 譚雁光は二人の横に来た。「船を借りることは解決しましたか?」

「解決したとは言えないが、明日もう一度状況を確認する」向経年はどうしようもなく答えた。「そう言えば、雁光、そちらはどう?」

 突然に親しげに下の名前で呼ばれ、少し慣れないせいで譚雁光は一瞬立ち止まった。しかし、彼は向経年の澄んだ目を見て、口を開いて言った。「――こっちは、港から帰ったところでした」

「何か見つかったか?」向経年は急いで尋ねた。

 譚雁光は先ほど発見したことを詳しく説明し、手元の紙を振った。「このシフト表はちょっとおかしいと思って、ここの人たちに聞いてみましたけど、今のところ何も見つかりませんでした」

 曹永賀はその紙を受け取って確認した。「見た感じは問題なさそうだけど……っていうか、僕たちが戻れるかどうかに関係があるということ?」すっかり読み終わって、彼は名前のところに指差した。「ここに載っている名前は全てあだ名だよね?どうやって探す?ほら、大牛ダーニュオ全仔チュエンズー小山シャオシャン屎蛋シーダン……ぷっ!屎蛋という人は誰だよ?」

 そう聞かれると譚雁光はとても恥ずかしく気まずかった。「これは……ただの勘ですけど、なんかこのシフト表で何かの手がかりが見つかると思ってね」

 言い終わった後、彼はさらに自己不信になり、急いでシフト表を取り戻した。「結局何も聞き出せられなかったから、ほっときましょう」

「いや、待って」向経年は突然に彼がシフト表を取った手首を掴み、自分の方向に引っ張って来てそのシフト表をじっくりと見た。「まず、我々は一体どうやってタイムスリップしたのかをはっきりさせることだから、この島で問題のあるところは全て洗い出すべきだ。変な感じがあったらはっきりさせよう。雁光はこのシフト表のことについてどこがおかしいと思う?」

 譚雁光は向経年の行動に驚き、彼は手首を引き戻そうとしたができなかった。

 向経年は戸惑いながら譚雁光を見て、譚雁光の回答を待っていた。

 譚雁光はこれ以上動かず、目を伏せて唇を巻き込んでから答えた。「見に行った港は大きくないですが、小型フェリー二艘を停泊することは問題ないです。地元の方の言う通りに船便は十日一回しかなくて、自家用船も泊まっていなければ、どうしてそんなに大きな埠頭を作りますか?渡し場だけでも十分使えるのに……わかりますか?」

 二人とも頷いたのを見て、彼は唇を舐めてから言い続けた。「島の施設と地元の方が言ってること全然合わなくて、そしてこのシフト表を見つけた。船便十日一回しかないのにシフト表までいらないでしょう?でもこの表は掲示板に貼り付けているから聞いてみようと思いました。もしかして何か見つかるかもしれない……手、放してもらえませんか?」

 譚雁光は、手が熱すぎるとしか感じなかった。


「————あ?ああ!」向経年は数秒間呆然とし、我に返ると譚雁光に見られていることに気づき、慌てて手を放した。「では、まずこのシフト表に載っている人たちを探すのと、今誰がこの港を担当してることだ」

 曹永賀はさっきから意味がわからなくて、最後の一文だけ理解した。「とにかく、これらの人たちを全て探し出すことだよね」

「……まあ、そういうことだ」向経年はおバカそうな曹永賀に説明する気がない。「埠頭の担当者を知りたいなら村長または書士さんの陳培安に聞けばいいと思う」

「じゃ今から行こうか?」曹永賀が尋ねた。

「いいよ。ところで、雁光、お兄さんは?」向経年は振り返って聞いた。

 譚雁光は眉尻を下げて手首を軽く握り、話を聞くと視線を上げて向経年を一瞥した。一瞬涙目になり、すぐに目をそらした。「埠頭で別れて、彼は反対側の住民に尋ねに行った」

 向経年はその一瞥にぽかんとしたが、すぐに反応した。「えっと、まず彼を探しに行く?」

 譚雁光はしばらく考えたが、譚景山が泣きそうに休みを求める姿を思い出すとやめようと思った。彼は自分の頬がまだ少し紅潮していることに気付かずに向経年を見た。「……ううん。先にこのリストの人を探しましょう。夕方に借り家で集合するって約束したので大丈夫です」

 曹永賀は横にいて、視線は二人の間を行き来ながら怪しげに二人を見た。「あなたたちはお腹痛いの?便秘?」


「……」

「……」

「話下手なら黙れよ!」向経年は曹永賀を平手打ちした。

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