Ch.11 夜談

「……今のは何なんだ?」向経年は空気が抜けたボールのように椅子に腰を下ろした。

「なぜ急に大勢のおばさんたちがここに?」曹永賀はまだご飯を持ち、恐れながら椅子に身を寄せた。「さっき、誘拐されたかと思った!」

「あなたたちはちょっとしか体験してないのに」譚景山はやっと手元の茶碗を置くことができ、まだ少し呆然とした。「俺たちは午後から誘拐されていたけど」

「なに?!午後からずっとここに?」曹永賀はますます恐れた。

「エッヘン……午後からずっとここにいるわけではないですけど」譚雁光は咳払いして少し気まずそうだった。「午後、島でぷらぷらした時たまたま会っただけです」

「たまたま阿月おばさんの姪っ子の家の近くに行って、たまたま阿月おばさんに会って、たまたま独身であることをおばさんたちに知られてしまった」譚景山の目が死んでいた。

「……え?独身なんて言ってなかったよね?」譚雁光は驚いて恥ずかしそうに答え、向経年は彼の耳が少し赤くなっていることに気づいた。

「それは、話しているうちに暴露してしまったのだよ」譚景山は仕方なさそうに言った。


 状況を明らかにした後、みんなはやっと落ち着いてきた。ただし、おばさんたちの騒がしい声を失った空間は、例の気まずさがまだいっぱい充満している。四人は無言で料理が溢れているテーブルを向いて黙っていた。

 向経年は茶碗を持ち、何もかもがおかしく感じたが、言葉を発する前に曹永賀にテーブルの下で彼の足をしっかりと踏みつけられた。

 彼はあまりの痛さに呻きながら曹永賀を見た。ただ、曹永賀は目配せながら「早く謝って」と口の形をした。

 曹永賀のバカ。向こうにいる二人にバレバレだとわかってないのかと向経年は思った。譚兄弟二人とも気付いていないふりをしていた姿を見て、彼の顔がさらに赤くなってきた。

 向経年は空咳をし、少し難しそうに口を開いた。「……えっと、今朝、俺はちょっと焦りすぎたので態度が悪かった」彼は正直に頭を下げ、「ごめんなさい」と謝罪した。

 ちょうど彼の向かいに座っていた譚雁光は少し意外な感じで顔を上げて彼をちらりと見て、すぐに目を伏せて淡々と言った。「——いえ、僕も悪かったのでお互い様です」

 曹永賀はすぐ楽しそうに拍手し始め、他の三人からの死の視線を受けてから弱々しく手を止めた。


「——で、今日は何か新しい発見がある?」譚景山は箸を置き、気まずい空気を破った。

「特にないよ。村長のところに工具を借りに行って、工具を持っている人のところに連れて行ってもらって、その後たくさんのおじさんが僕たちの船を見に行っただけ。結局船の修理もできなかった」曹永賀はご飯を食べながら答えた。

「俺たちの船は今のところに修理できない。技師が帰ってくるのを待つしかない」向経年は小山のようなご飯茶碗を置きながら言った。「しかし、いろんなところがおかしい。例えば、一般工具を借りるなのに特定の人しか持ってない。あと、この島には船専門の修理技師が一人しかいないとここの人が言った。船もなく、この島を進出するには本島との往復便しか使えない。これは不合理だと思わない?」

 譚雁光はその言葉を聞き、眉をひそめた。「つまり、この島の人々は唯一の便で出入りして、個人所有の船はないということですか?」

 向経年は首を横に振った。「そこまではまだはっきりしない。ただここの人は船を使う習慣がなさそう」

 曹永賀は二人を戸惑いながら二人を見ていた。「……待って、僕だけ理解できないのか?船がないことは何かおかしい?」

「永賀、ここは島だぞ」向経年は鉄が鋼にならないのを悔むような口調で言った。「島なのに、漁をしないし海鮮もない。変じゃない?」

「え、どこが変?」曹永賀は呆然として聞き返した。

「島は漁業で稼がなければ、観光または他に特別の事業で生計を立てるのが普通です」譚雁光はゆっくりと彼に説明した。「この島は明らかに観光で稼いでないし、どんなもので生計を立てるのもはっきりしないです。でも島の人たちの生活はかなり豊かそうなので不思議に思いますよね」

「だから勉強しろと言ったんだろ」向経年はため息をついた。

「確かに、島はそれほど大きくないのに、今日阿財兄の家に行った時、その辺は結構賑やかでたくさんの店があったよな」曹永賀はやっと理解できたようだった。

「もしかしたら、あなたたちまだまだ見れていないだけかもしれない」譚景山は突然口を挟み、頬を支えながら怠そうに言った。「これを知っても未来に戻ることに何か役に立つの?」

「そうでもないが、最初は船を修理するか、或いは船を借りて海に連れて行ってもらおうかと思った。もしかして何かを見つけるかもしれないし」向経年は首を掻きながら言った。朝、自信満々に出航すると言った自分を思い出すと顔が赤くなって、彼は咳払いをした。「じゃ……そっちは何か見つけたのか?」

 譚雁光は一瞬呆然とし、少しぼんやりした様子で譚景山のほうを振り返った。譚景山は大きなため息をついた。「あるわけないだろ?このドアを出てしばらくしたらおばさんたちに囲まれてしまって何も見てなかった」

「……うん、その通りです」譚雁光は相槌を打つまでにしばらく黙っていた。

 ちょっとした間に、みんなが沈黙した。おばさんたちの戦闘力を思い出すと、向経年と曹永賀は向かいの兄弟に同情の視線を向けずにはいられなかった。


「——手分けしてやってみましょうか?」譚雁光は突然顔を上げて尋ねた。「明日、本島への船便について問合せするつもりですが、あなたは?」

 向経年は一瞬止まり、そして譚雁光は彼の意見を求めていることに気づき、少し考えた。「船を貸してくれる人を探しに行くかな?でも、あの船便の乗り場を知ってる?」

 譚雁光は首を横に振った。

 曹永賀は何かふっと思いついた様子だった。「陳さんに地図とか頼んだんだよね?」

「その後彼は忘れたみたいです」譚景山は答えた。「行くとき街の人に聞けばいいですよ。知らない人はいないはずですよね?」

「ああ、いつまで、ここにいるんだろ」曹永賀は食事もせずに呟いた。

 向経年はみんなの疲れた顔を見て、予想外の出来事で誰もが落ち着いているように見えたが、頭の中でどう考えているのがわからなかった。彼はできるだけ穏やかな口調で言った。「あまり考えすぎないで、俺たちは嵐に巻き込まれてもまだ元気にいられるからそれでいいよ」

 曹永賀の顔色が少し良くなり、慰められたようだった。

「明日船を借りる時に地図もついでに聞いてみる」向経年は話を続けた。「夕方、一旦ここに戻ってお互いの状況を確認していい?」

 曹永賀は異議がなく、譚兄弟二人とも頷いた。

 一日中走り回って疲れた四人は、ある程度話し合い、しっかりと食事を済ませ、片付けを終えて各自の部屋に戻った。


 この民家は大きくないため、部屋数は少なかった。四人の成人男性は二人で一部屋にしたので、向経年と曹永賀は同じ部屋だった。曹永賀はハイテンションでお風呂を入り、あがった後に浴槽はモザイクタイルで作られとても滑りやすいと文句を言ったりした。

 向経年もお風呂あがって部屋に戻った時、曹永賀は既に気持ちよく眠りを落ちたことに気づいた。こいつの心は広いなと思わず心の中で呟いた。向経年はしばらく部屋で休憩し、手の傷を処置した後、曹永賀のいびきに少しイライラしたので外に出た。

 暗いリビングに足を踏み入れ、唯一の光は外から差し込む微かな月明かりだった。電気をつけようとした時、突然外から物音が聞こえた。

 彼は一瞬呆気に取られ、全身が緊張になった。ドアに向かって静かに歩きながら、窓から外を注意深く見た。

 ——誰もいない。

 向経年は思わず安堵のため息をつき、疑心暗鬼になった自分がばかばかしいと思った。彼は気を緩めて自然にドアを開けた。


『チャリン——ガチャ——』

 ドアから怯えた猫が食卓から飛び降りるような物がぶつかり合う音がした。

 音源の方向を見ると、譚雁光はドアの横に置いている木製の長いベンチに一人で座っていて、そばにはティーポットとカップがあった。

 彼もびっくりしたようで、白黒がはっきりしている目を見開き、唖然として向経年を見た。

 二人は目を合わせ、気まずい空気が漂った。

 向経年はしばらく黙っていた後、「……まだ寝ないのか?」と尋ねた。

 譚雁光は毛を逆立てる猫のように肩をすくめている。

「……寝れないです」

「……あ、そう」

 二人の会話は一往復で終わり、さらに恐ろしい沈黙をもたらした。

 現在の時間は遅くないが、六十年前の人々は早寝の習慣があるようだった。家の灯りは次々と消えて行き、明るい月明かりが降り注いだ。月灯りふんわり落ちて庭を照らし、木の陰を通してガラスの欠片のように譚雁光の体に散らばり、その一枚は譚雁光の首のネックレスに当たった。金属タグのようなデザインで、その揺らめく反射光を見て、向経年はめまいを感じた。彼は自分でも理解できないが、何気なくベンチの反対側に座ってしまった。

 譚雁光は彼より困惑したようだった。

 座る否や、向経年はすぐに後悔した。自分は何がおかしいのかわからなく、一日中譚雁光の前に理不尽で恥ずかしい行動ばかりをしていた。

「……あの、今朝は態度が悪くてごめん」

「——別にいいです、あんな状況だから理解できます——」譚雁光は彼を見ず、お茶のカップをじっと見つめ、小さい声で言った。「さっきもう謝ったし」

「……」向経年は気まずそうに首を掻いた。「なんか、全然緊張してないように見えるけど?」

 譚雁光は戸惑いながら彼に視線を向けた。

「六十年前にタイムスリップしたって戻れないことに不安とかしないか?」

「そうでもないですけど、もう来ちゃったから緊張しても無駄かな」譚雁光は少し黙ってから答えた。「——あなたは?」

「うん……まあ、何とかなるだろ?あなたの言う通り、緊張しても無駄だ」向経年は膝に手を当て、月明かりに照らされた夜空を見上げた。「タイムスリップってすごいな。俺たちの時代なら、こんな綺麗な空が見えないよな」

「そうかな……」譚雁光は彼の視線を辿り、空を見上げた。

 しばらくの間、誰も口を開けなかった。

 静かな夜に木陰はそよ風に揺らぎ、遠くの波の音はかすかに聞こえ、妖精の囁きのようだった。途切れながらリズムが続き、人を惑わす霊音のよう、それとも低唱している子守唄のようだった。

「『此より去りて年を経れば、応に是れ良辰好景虚しく設くべし』……」譚雁光は突然軽く詠み、声が低くて枯れていた。

「え?」 向経年は譚雁光を見た。

「これがあなたの名前の由来ですか?」譚雁光は尋ねた。彼が向経年の名前を聞いて以来、この詞を直感的に思いついた。今になってやっと聞けた。

「――ああ、そうそう。祖父がつけてくれた。おじいさんはこういうのが好きでみ」向経年は唖然とし、自分の名前のことを言っている気付き、少し驚いた。「まさか知っていると思わなかった」

「僕は、一応コラムニストだけど」譚雁光は俯いて、少し微笑んだ。

「俺は古文についてあまり知らないけど、俺が覚えている限り、祖父はこういうのが好きだった」向経年は頭をかきむしり、知らず知らずのうちに恥ずかしくなった。「――あなたの名前は?特別な意味がある?」

 譚雁光は首を横に振り、口角が少し上がったが、愉快の角度まで行かなかった。「僕もわからない。多分ないでしょう?」

「……そう?」

 向経年は何か新しく面白いことを発見したように譚雁光を見ずにはいられなかった。

 譚雁光は彼に非常に奇妙な感じを与えた。一見すると彼は上流階層の世間知らずのお坊ちゃんのように見えたが、彼の言動にはクールの素朴感がと憂鬱な感じがあり、非常に興味深いことだ。

 夜風が再び吹き起こり、雲を通り抜けて梢を絡め、脇を通り過ぎ、そっと髪を持ち上げた。 月明かりの光と影がいたずらのようにちらつき、誤って譚雁光の体にスパンコールを倒し、さまざまな光点を屈折させた。

 どういうわけか、向経年は突然既視感を覚えた。子供の頃、母親のベッドサイドチェストにあったクリスマスのスノードームをふっと思い出した。

 彼は子供の頃からやんちゃだった。 いつも手癖が悪くそのスノードームをわざと揺らした。

「――あのさ、正式に自己紹介しようか」向経年は咳払いをし、突然譚雁光に手を伸ばして大きな声で言った。「向経年と申します。一応、観光船をやってる人です。呼び方は任せるわ。大象、小象とか呼ばなければ何でもいい」

 譚雁光は呆然して彼が伸ばした手を見て、「プッ」と笑ってしまった。「何の展開ですか?それ」

 彼の目が細め、目尻は下がっており、かすかなえくぼが見える。本当に面白がっているようだった。おそらく今まで彼の笑顔の中に最も心を込めた笑顔だった。彼も手を伸ばして向経年の手を握った。「譚雁光と申します。一応、作家です」

「雁光だよね。いい名前だ」向経年はニヤリと笑い、力を入れて握り返した。引っ込めることを間に合わない手にグータッチした。

 譚雁光は手を引っ込めてまた笑ってしまった。「なにそれ?」

「フレンド承認」向経年は手を振った。「グータッチしたことない?」

 譚雁光は再び首を横に振った。

 向経年は眉を上がり、もう一度手を握りしめ、再び彼に近づいた。「もう一回体験のチャンスをあげる」

 譚雁光は向経年をチラリと見て、手を握りしめ軽くグータッチした。そして、疑問の表情で向経年に目を移した。

 向経年は笑わずにいられなかった。

 譚雁光は彼がなぜ笑ったのか理解できなかったが、一緒に笑った。

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