Ch.08 冷戦

「え?地図で何をされますか?」


 この時、ドアの外から突然に陳培安の声が聞こえ、彼の後ろに二人年配の方がいた。

 おじさんはおっさん風のランニングシャツと短パンを着て、下は青白スリッパを履き、大きな竹笠を背中にかけた。彼が事務所に足を踏み入れるとすぐに爽やかな挨拶をした。閩南びんなん方言の訛りがひどかった。「おお、あなたたちはうちの島に打ち上げられたよね、怪我は大丈夫やろか?」

 誰かが来ているのに気づき、全員一気に動きを止めて立ち上がった。

 陳培安は振り返って紹介した。「向さん、こちらは我々東啓村の村長です、コウ土明トゥミン、黄さんと言います」

 黄土明は満面の笑みで欠けた歯を見せた。「ええ、黄さんと呼んでええで、陳君から事情を聞いたよ、向さんの船は心配しなくてええで、うちのロウシェンはきっと綺麗に直してあげるよ!彼はうちの島で一番腕がいい船の修理技師だから」

「お願いしますね、黄さん」向経年は営業スマイルで答えた。

「でもさ、最初に伝えたいことがあるけど……」黄土明は突然、少し申し訳なさそうな表情を見せた。「うちの島は辺鄙やんか、本島往復の船便はそんなにないよ。もし急いで帰りたいなら、一番近い便は十日後やで、かんにん」

「十日?」曹永賀はあまりにも驚いて大声で叫んだ。「十日は長すぎるだろう?!」

「ああ、わしも仕方がないよ……便が少ないし」曹永賀の驚嘆を聞き、黄土明は直ちに説明し始めた。「あ、でもさ、心配しなくでええで、うちのユェおばさんは色々用意してあげたよ」

 ここまで話すと、黄土明はすぐ後ろに居た女性に手を振った。ふっくらと穏やかで親切そうな中年の女性だった。彼女は満面の笑顔で前に出た。「向さん、心配しないでくださいね!うちはたまたま空き部屋があってね。こんな所で悪いけどこの数日間はゆっくり休んでくださいね。うちの老沈が帰って来たら船を見てやるよ。多分二、三日で直るよ」

 一連の言葉に唖然して、状況がわかっていないのにもかかわらず、既に手配されていた。向経年は何かを言おうとしたが阿月おばさんに押しのけられた。

 阿月おばさんは、譚雁光が自分でやろうとばたつかせた手を完全に無視してさっさと彼らが着替えた服をきれいに片付けた後、情熱的に彼の肩に手をかけて引き寄せた。「こっち、こっち、一緒に行きましょう。この服は後で洗ってやるよ」

「ちょっと待ってください、本当に大丈夫です……」譚雁光は恥ずかしくて服を取り戻そうとしたが、阿月おばさんは素早く避けて彼を押し付けて外に出た。譚景山は弟が連れ去られるのを見てまだ少し茫然していたが、急いで後ろを追いかけた。

 向経年と曹永賀はお互いをちらっと見て、一緒について行くしかなかった。


 みんなが村長の事務所から去っていた。

 阿月おばさんは熱心に先導して満面の笑顔で譚雁光の手を取りながら時々話をかけた。「お名前は?結婚してる?あのね、私は姪っ子が居て……」

 譚雁光は逃げたいようだが恥ずかしくて断ることができず、とても気まずそうに見えた。彼は譚景山に目で助けを求めたが、譚景山は視線を外し、目を合わせようとしなかった。


「イケメンだけからかわれるね。向兄負けたよ……」曹永賀は後ろで向経年にこっそりとつっこんだ。

「……」向経年は完全に無言だった。「比べる意味がない」

「向兄はきっと気になっていると思うけど、そうじゃなければ、なぜさっき彼に腹立てたの?」曹永賀は向経年の肩を突いた。「正直に言って、さっきは逆ギレしたよね?言い返されたから?」

「誰が逆ギレしてんの?あれはただの意見交換だよ!」向経年は少し自信がなく、自分を弁護しようとした。「みんな大人だから、誰かそんな幼稚なことをするの?」

「あなた……」曹永賀は呟いた。

 向経年は曹永賀を睨みつけた。

 曹永賀はすぐ口を閉じ、口にチャックするジェスチャーを媚びるように示した。


「ところで、さっき地図を見たいって言いましたよね?」譚景山のそばを歩いていた陳培安は振り返って尋ねた。「島で迷子になるのが怖いなら、安心してください。道に迷ったら島の人に聞いていいですよ。村長は既に説明したから」

「えっと――」譚景山は返事しようとしたが、彼の後ろを歩いていた向経年に止められた。

「いやいや、ここにどれくらい滞在するかはわからないので、道を確認したほうが良いと思ってます。しかも、船の修理が終わったら、どうやって戻るのも調べないといけないですね。地図と航海図があれば便利だなと思ってね」向経年は譚景山の手を押さえつけた。「陳さん、貸していただけますか?」

「お、全然問題ないですよ。後で聞いてみます」会話が一段落し、陳培安は頷くと、振り向いて黄土明と話した。

 その時、向経年は譚景山の手を離した。前に立っていた譚景山は振り返り、向経年をじっと見ていた。その眼差しはなんとも言えないが、とても気の毒そうに見えた。

「……どうした?」向経年は困惑した。

「あんた」譚景山は確信を持って尋ねた。「独身に違いないよね?」

「……はあ?」

「ずっと独身になりそう」譚景山は首を横に振りながら言った。そして自分のことをちゃんと見ろと言ったような表情で彼を見てから去っていった。

「何それ?」向経年は戸惑いながら曹永賀に聞いた。「彼はどういう意味?」

 曹永賀は語らずに向経年を軽く叩いて同じ眼差しをした。

「……おい!」


 みんなはすぐ阿月おばさんが提供した住居に着いた。

 そこはかなりエレガントな一階建ての平屋だった。その外壁は赤レンガを積み上げて作り上げられたもので、木製の扉のフレームを合わせ、とても素朴だった。玄関前には整然とした鉢植えがあり、オーナー様が大切にされている様子がうかがえた。

「さあ、早く入って、自分の家だと思ってくださいね」阿月おばさんはとても親切で向経年たちに熱心に紹介した。「ここの部屋は全て空いてるから使って良いよ。元々は私の息子と夫が住んでいたけど、彼らは今家にいないからちょうどよかった」

「気遣ってくれてありがとうございます」譚雁光は丁寧に感謝した。

「あ、もし何か質問があったらいつでも聞いてや。事務所にいなければ外でお茶を飲んでるから」黄土明は熱心に約束した。

「それなら、先に片付けてね。お邪魔しました」阿月おばさんは微笑んで、黄土明たちと一緒に去っていた。


 島民が去った後、向経年たちは再び微妙な雰囲気に陥った。

 曹永賀は目をぐるぐる回して他の三人をちらちらと見て、弱々しく尋ねた。「……えっと、これから何をすれば良い?」

 周りを見渡している向経年はそれを聞いて曹永賀をちらりと見た後、譚雁光に視線を移した。

 譚雁光は全くサイズが合わなかったシャツを整え、咳払いして言った。「……僕たちはこの島でぶらぶらしに行きます。あなたたちは好きにしてください。兄ちゃん、行こう」話が終わるや否や、足早に立ち去ろうとした。

 向経年は譚雁光がそばを通り過ぎる時に、慌てて彼の腕を掴んだ。「待って、勝手に行動するつもり?」

 譚雁光は即座に手を引っ込め、眉をひそめ、怒り心頭に発して言った。「勝手とは?僕たちがどこに行こうとしてもあなたの許可は要りませんよね?」

 話が終わると、譚雁光は向経年を見向きもせずに部屋を出て行った。譚景山はまた少し気の毒そうな眼差しで彼を見て、弟の後ろについて行った。

 向経年は自分がバカにされていることを深く感じた。


 譚兄弟二人とも立ち去った後、曹永賀は大きなため息をついた。「……向兄、ノンケのような行為はやめたほうがいいよ。特に自己中心的なくそノンケのような行為は絶対ダメだ」

「……俺は何かした?」向経年はとても戸惑いながら少し悔しそうだった。

「どうしてずっとボスみたいな口調で喋るの?彼らはかわいそうな僕と違って向兄の部下じゃないし」曹永賀は上を見上げて白目をむいた。「しかも向兄の意見に賛成しないと怒るの?」

「……そんなことないよ。今日彼と知り合ったばかりだぞ。みんなのことを考えてるだけだよ。分散すると事故が起こるのではないか心配してるだけ」向経年は言い張った。

「嘘つけ!」曹永賀は彼の詭弁に耳を傾けず、彼の目の前に大げさにおならの真似を手でジェスチャーした。「気に入らないだけでしょ!だって彼はどう見ても向兄よりかっこよくて裕福に見えるもん。この間に三高イケメンのお客さんを乗せた時、お金をたっぷり取ったよね……嫉妬してるの?」

 向経年は曹永賀の生意気の顔を見て額がぴくぴくして、彼の頭を掴んで髪をぐしゃぐしゃにした。「お前が一番うるさい!もう行こう!外に出よう!」

 曹永賀は必死に向経年の手を振り払おうとした。「はあ?またお出かけ?何するの?ちょっと休んじゃだめ?」

「船の修理工具を借りに行くよ。さっき休んでたじゃない?」

「————結局向兄も勝手に行動するじゃん?」

「……うるさい!」

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