Ch.06 新聞

「――みんな、これを見て」


 譚雁光の冷静な声が静かな事務所に響き渡り、少し慌ただしいようだ。

 向経年は振り返ると、譚雁光が木製のソファに座って、手に持った新聞をぼっとしてじっくり見ている姿であった。

 彼は前かがみになり、譚雁光の隣に立ち、腰をかがめて新聞に視線を移すと、大きな見出しの広告が印刷されていた。『台湾テレビの開局祝い!日立テレビ!』 

 向経年は唖然として無意識のうちに新聞の日付にちらりと臨んだ。

 民国五十一年(西暦一九六二年)だった。

 譚景山は隣の席から身を乗り出し、新聞をちらっと見て、「どうしたの?何か問題があるの?」と言った。

「……この新聞は新しいものですよね?」と譚景山は尋ね、新聞を出して、「長時間に放置された触感ではない」と言った。

「どうしたの?何を見つけたの?」曹永賀も戸惑いながらやって来た。

 向経年は新聞を受け取って触ってみた。そして彼の指は黒いトナーで覆われていた。

 ——新しすぎた。このトナー。しかも紙も白っぽかった。

 彼が頭を上げると、譚雁光がこちらをじっと注視しているのが見えた。目つきに自分でも気づいてない緊張感を込めている。

 向経年の心はぎゅーと引き締められたようだ。彼は深呼吸をして、自分を落ち着かせ、低い声で言った。

「——ここの雑誌や本などの発行日または日付が書かれているものを全て探して」

 譚雁光はすぐに立ち上げりガチャガチャと戸棚の中を引っかき回し始め、向経年も机に駆け寄り、引き出しを開けて中を探し始めた。

 曹永賀は呆然していた。「え、なに?なに?どうして急に本を探すの?」他人のオフィスを勝手にかき回している譚雁光と向経年を見て、全く状況を理解できなかった。「ちょっと待ってよ。勝手に他人のものを見て大丈夫なの?」

「もうそれを気にする場合じゃない!早くしろ」向経年は叫びながら探し続けていた。

「こちらは全部民国五十一年(西暦一九六二年)前のものだ」譚雁光は横の引き出しから掘り出された本たちを適当にポイして素早く切迫した口調で言った。

「ここで見つけた公文書は――」向経年は手に持った文書をめくって、「最新の日付は民国五十一年(西暦一九六二年)の二月だ」

 二人は顔を見合わせ、急に黙り込んだ。

 二人の間に立つ曹永賀は混乱しているが二人の暗い顔を見たら何とくやばい気がした。「待って、一体何の話をしているの?」

 誰もが黙っていた。

 曹永賀は下を向いてローテーブルの上に散らかった本や書類を見て気まずそうに照れ笑いした。

「記事の日付を探すなんて……、ただの古い本でしょう?まさが、これらの日付を見るだけで僕たちはタイムスリップしたって思ってないよね……?」

 曹永賀は話せば話すほど心細くなって声もどんどん小さくなり、次第に声を失い、信じられない顔をした。

「いやいやいや、まさが?冗談だろ!きっと思っていないよね?いやいや、ありえないでしょう!」

 誰も返事しなかった。

「……待って、待ってよ!まず、僕たちはただ海で道に迷っただけだよ」曹永賀は焦りながら小さなオフィスを歩き回り、頭をかきむしり囁きながら状況を明確にしようとした。「ただ運が悪くて嵐に遭遇してたまたまこの島に流されたよね?違う?映画じゃないからこれでタイムスリップなんてありえないでしょう!?」

「――ここの街に入った時からずっと考えていました。ここの建物や通りの風景は明らかに昔の村っぽい、昔の軍人村に似ています」譚雁光は手を組んであごを乗せ、視線を下にそらして口を開けた。「しかもここまで来ている間に車一台すらありませんでした。変だと思わないですか?あと、この事務所のインテリア、新聞と雑誌を見ると……」ここまで言って譚雁光は一瞬止まった。「──それと、先ほど話した『未知の海域』のこともね」

 向経年は唖然した。「つまり、俺たち実は未知の海域に入ったということ?」

「――僕もわかりません。ただの推測です」譚雁光は髪をかきむしって向経年を見た。「最初にこの話を取り上げたのは向さんの方じゃないですか?」。

 向経年は言葉を失った。「……そうだけど。でもそれは俺たちが今未知の海域にいることを証明できないよ」

「待って、ちょっと待って!」曹永賀は二人の話を止めずにはいられなかった。「適当な推測なのに本気にしてる?本当?タイムスリップだぞ。台北から宜蘭まで来たレベルの話じゃないよ」

「だから、あなたたちは一体何か言い争ってるの?」ずっと黙ってソファに座っていた譚景山が突然話に割り込み、入口の方にあごで指した。「ここの人に聞いたらいいんじゃない?」

 三人は彼の視線の動きに沿って入口までたどり、七歳か八歳くらいに見える小さな二人の姿があった。

 中の人に気づかれた二人の子供は少し怯みながら好奇心旺盛な丸い目で「おじさんたちは泥棒なの?」と尋ねた。


「……」

 この場にいるすべての大人は呆れ果てた。ローテーブルの『犯罪現場』を片付けようとしている間、曹永賀はパニックに陥って説明しようとした。「あのね、僕たちはお客さんだよ。不審者とかじゃないよ」

 向経年は曹永賀の恥ずかしい演技に我慢できなかったので、曹永賀を引き戻して自分が前に出た。二人の子供まであと一歩の距離までに止まってしゃがんだ。

 ゴロゴロしている二対の目が彼を追いかけた。向経年は咳払いをし、声を落とした。彼は自分の方に近くにいておかっぱ頭にしている子を見て、この子のことを思い出した。

「あなたは……唯ちゃんだよね。お父さんは陳培安さんでしょう」

 唯ちゃんという子供は頷き、後ろを向いてもう一人の子と力を合わせて竹かごを前に押し付けてきた。

「これ持って行ってとお母さんに言われたの」

 向経年は竹かごを受け取って中身を確認し、いくつかの服と饅頭マントウ(中華蒸しパン)と肉まんが入っていた。さらに気遣ってヨードチンキとガーゼも入れてくれた。彼は驚いて二人に尋ねた。

「二人だけで持って来てくれたの?すごいね!」

 二人の子供はうなずいた。唯ちゃんはすぐに催促し「おじさん、かごの中のものを早く取ってくださいね。僕たちはまたかごを持って帰らないといけないよ」と言った。

「わかった。今すぐ」向経年は急いでかごから服と食べ物などを取り出した。

 後ろから音がして、向経年が振り返るとちょうど譚雁光がこっちに来て隣に一緒にしゃがんでいると気づいた。

「ありがとうね!」譚雁光は優しい声で目を細めて笑ってとても愛想がよく見える。

「おじさんは唯ちゃんたちに聞きたいことがあるよ。今日は何月何日って知ってる?」

「今日は十月二十日だよ。」唯ちゃんの後ろに立っている小さな男の子は、思わず頭を突いて、「おじさんはバカなの?」と言った。

 曹永賀は大きく口を開いて呆れた。

 譚雁光は気さくに微笑んで「ごめんね。おじさんはバカだね。じゃ今年は何年って教えてくれる?」

 今回は男の子が唖然し、頬を掻いて尋ねた。「……今年は何年だったっけ?」

 唯ちゃんはうんざりした表情で首を横に振った。「佑佑ヨウヨウちゃんはバカなの?今年は民国五十一年(西暦一九六二年)だよ」

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