第25話 胸が大きい人

「……んで。どこに買いに行くんだ?」


 僕が即決したのは、両手を後頭部で組みながら隣を歩く森田君だ。

 声をかけたときは他の作業をしていたが、快くついてきてくれると言ってくれた。


「近くのショッピングモールかな。あそこなら百均も入ってるからね」

「お。ならついでにジュースでも買ってこっかなー」


 森田君を選んだ理由は至ってシンプル。

 久遠さんのことをどう思っているのか探りを入れるためである。


「ちゃんと頼まれたもの買ってからね」

「もちろんよ」


 唐突に森田君は口笛を吹きだす。


 どうしよう。僕から言い出したくせに、どう話を切り出したらいいか分からない。


「……あのさ森田君」

「……ん? どうした?」

「森田君ってどんな女子が好きなの?」

「い、いきなりなんだよ」


 呑気だった様子が一変する森田君。


 これまで森田君や原田君と恋バナのようなものはあまりしていない。

 あったとしても、基本的には僕と天童さんの話題が大部分を占めている。


「ちょっと気になっちゃってさ。いつも僕のことばかりだったから」

「そりゃ彼女いない奴より、いる奴の話の方がおもろくね?」

「まあそうかもしれないけど……森田君はどんな人が好きなのかなって不意に思って……」


 まずはタイプからだ。頼む、教えて森田君!


「そうだなー。胸が大きい人、とか?」

「む、胸?」

「うん。やっぱり女は胸だろ! 触ったことねえけど……」

「そ、そうなんだ……」


 確か久遠さんは……スタイル抜群な天童さんや桃瀬さんよりも大きい胸をお持ちなはず!

 とりあえずは圏内という解釈で大丈夫だろう。


「あとはなんだろうなー……髪はどちらかというと短い方がいいかな?」

「へー」


 確か久遠さんは……黒髪を肩付近まで伸ばすという、いわゆるボブカットだ。

 これも圏内と捉えて問題ないだろう。


 ……おや?

 これは意外と脈アリというやつなのでは?


「あとはー……特にねえかなー」

「ふーん」

「てか、まじいきなりどうしたんだよ」

「別に、ただ気になっただけだってば」

「ふーん」


 これ以上情報は聞き出せそうになかったので、後は頼まれたものを調達するだけだ。


 ショッピングモールに到着し、頼まれたものを森田君が探している隙を窺い、久遠さんに『脈アリだと思う』とだけメッセージを送っておいた。


 ☆☆


 あれから日が経ち、いよいよ翌日に文化祭を控える日を迎えた。


「そういえば明日と明後日。兄貴の高校文化祭やるんでしょ?」


 向かいに座る小春が、夕食を食べながら聞いてきた。

 僕の高校は金曜日と土曜日の二日間を用いて文化祭を開催する。


「そうだよ」

「今年は私も行ってみようかな。一応志望校だし、沙月さんも見たいし!」


 一般公開は二日間とも行われるが、例年通りなら土曜日が金曜日の倍以上の盛り上がりを見せる。

 おそらく小春も来るなら土曜日だろう。


「小春に任せる……ちなみに僕のクラスはメイド喫茶やるんだけど、天童さんメイドやる予定」

「まじ!?」

「まじ」

「絶対行く! 土曜日! 時間帯はお昼前くらい! 沙月さんに伝えておいて!」

「わ、分かった……」


 確か天童さんのシフトは多めに入っていたはずだ。いやむしろ自由時間がゼロと言っていいほどに忙しかったはず。

 僕が天童さんがいた方が繁盛すると言うと、天童さんは『ならずっとメイドでもいいわよ』と言っていた。多分本田さんのことを思っての発言だと思うけど。


 ☆☆


 いよいよ文化祭当日を迎えた。


 僕たち一組の教室は、赤色桃色白色を主体としたバルーンやらペーパーファンやらで装飾され、一言で表すなら『可愛い』に限るデザインと化した。


 机や椅子も、おひとり様から数人での来客に備えてしっかりと整頓されて並んでいる。

 先ほど開会式を終え、僕たち一組は来たる文化祭本番を教室で待っていた。


「皆。一つだけいい?」


 友達同士での会話で盛り上がっていた教室が、本田さんの一言でピタッと静まる。


「どうした本田」

「千夏ちゃん?」

「言ってなかったけど、私このクラスで文化祭優勝を狙ってるの。だから最後まで、全力で各々の仕事にあたってほしい。駄目かな?」


 沈黙したままの教室。


「だな! せっかくだし頑張っか!」

「うん! どうせなら勝ちたいよね!」

「「おー!」」

「皆、ありがとう……」


 よかったね本田さん。この調子なら僕たちのクラスは優勝を十分狙えるよ。


 直接本田さんには言わなかったけど、多分大丈夫だろう。


 そしていよいよ、本番を迎えるのだった。


 ☆☆


「……はぁ。疲れたなぁ。でもこの調子なら……」


 一日目の文化祭を無事に終え、帰宅した僕は自室のベッドで横になりながらそう呟く。

 僕は文化祭実行委員として、『文化祭実行委員』と記載された腕章を腕に巻きながら動いていたのだが、仕事が校内の警備と見回りという、一番楽な仕事だった。

 それは本田さんも同じで、一緒に警備やら見回りをしつつも、基本的には自分のクラスの仕事を手伝っていた。

 一応明日も同じ仕事なので、自分の教室を手伝おうと思っている。


 ……それにしても、天童さんの人気は凄まじかったな。


 今日は一般の人の出入りこそあまりなかったが、元々天童さんのことを知っている在校生という存在の人たちがものすごい人数僕たちの教室に押し寄せ、皆が天童さんを指名して大繁盛だった。


 この調子なら……多分……。


 僕は期待に胸を膨らませつつ、睡魔が来たので仮眠でもとろうと目を瞑るのだった。


 ☆☆


 翌朝。

 なんだか緊張してしまい早く目が覚めた僕は、いつもより早く、一人で登校した。

 

 学校に到着し教室に入ると、何やらクラスメイトの女子数人が角で騒がしい。

 彼女たちは僕の存在に気づくと、こちらへと駆けつけ、うち一人が言った。


「やばいよ和泉君。メイド服がなくなってる!」

「………」


 ……え?


「おはよー」


 僕が言葉を返す前に、本田さんが天童さんと共に教室に入ってきた。

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校内一の美少女に弱みを握られ、何故か好きな人が病み始めた。 空翔 / akito @mizuno-shota

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