第24話 サポート役

「やってしまったぁ……」


 迎えた昼休み。

 僕は先のホームルームでの自分の行動からくる羞恥心から逃げようと、机に顔をうずめる。


「なにしてんだよ和泉」

「……森田君」


 顔を上げると、机横に森田君と原田君が立っていた。


「あんなかっこいいこと言っておいて、なんだその表情は」

「いやいや。あんなこと言っちゃったから恥ずかしいんだよ……」


 結果から言うと、僕たちのクラスは文化祭でメイド喫茶をやることになった。

 僕の主張に反対する人は誰一人としておらず、あのまま決まった。


「男の僕でもドキッてしちゃうレベルだったな」

「原田君まで……」


 でも考えてみれば、以前の僕にはあんなことを大声で言える勇気なんて持ち合わせていなかったはず。

 やっぱり一歩一歩成長出来ているということだろう。


「……和泉君」


 気づかないうちに、横に天童さんが立っていた。両手には一つずつお弁当の入った袋がぶら下がっている。


「天童さん」

「天童!」

「天童さん!」


 森田君と原田君は、邪魔してすいませんでしたといった様子で僕たちから距離を取ろうと動く。


「それじゃあ俺たちはこの辺で……」

「よかったら同席する?」

「「え……?」」

「四人で一緒に食べるのもありかなと思って……」


 まさかあの天童さんが、昼食に他のメンバーを加えるなんて、驚きだ。


「それじゃあ有難く……」


 三人は近くの空いている席の椅子を、僕の机周りに移動させ、そこに座った。


「あなたたち、お弁当は?」


 座ったはいいものの、基本購買で昼食を調達する森田君と原田君は、食べるものがない。


「あ、ちょっと買ってきまーす!」

「僕も」


 そう言うと二人は駆け足で教室から出て行った。


「はいこれ……」

「ありがとう」


 僕はいつも通り天童さん手作りのお弁当を貰う。

 お腹が空いていたので、二人が戻ってくる前に食べ始めようと思い、袋を開けてお弁当を取り出す。


「……ありがとう」

「え……?」


 ん? 今天童さんは『ありがとう』と言った?


「展示決めのあれ。千夏のことを考えてやったことなんでしょ?」

「ま、まあ……そうだけど……」

「この間私があんなこと言ったからよね」


 確かにそうだ。天童さんに頼まれたから、あのような奇行に走ったのである。


「それもあるかもだけど、あのままじゃ決まる気配なかったし……」

「それ同じ意味じゃない。まあでも……ありがとね」


 なんだろうこんなに改まって。


「う、うん……」


 よく分からないけど、その後は戻ってきた森田君と原田君を含めて、初めてのメンツで昼休みを過ごした。


 ☆☆


「はいはいそこ集中ー!」


 喧噪の中、それを薙ぎ払うように響き渡るのは本田さんの声。


 本格的に文化祭に向けての準備が始まり、今はまさにその真っ最中。

 午後の授業の時間が、準備時間へと変わり僕たち一組は、メイド喫茶オープンに向けて色々準備をしていた。


 現在僕は、教室内を装飾するためのバルーンを膨らませている途中だ。


 文化祭実行委員としての仕事ももちろんあるけれど、自分のクラスの準備もこうして手伝うことも多々ある。


 赤色と桃色のバルーンをひたすらに、空気入れを用いて膨らませていく。


「単純作業って楽だけど面倒くさいよねー」


 僕と同じように、隣でバルーンを膨らませている、クラス委員長の久遠さんはそんなことを言ってきた。

 今までは挨拶くらいでしか話したことがなかった久遠さんだが、この準備期間中に作業を共にすることが何回かあり、いつの間にか気軽に話せるようになっていた。


「そうだね。同じことの繰り返しだし」

「うんうん」


 会話をしつつも作業のペースは落とさない。


「「うぉぉぉぉ!」」


 いきなりクラスの男子たちが歓喜の声を上げた。


「「きゃぁぁぁ! 可愛いー!」」


 続いて女子たちも。

 皆の視線の先を追うと、つい先日調達した、白と黒のメイド服を着た天童さんが教室に入ってきていた。


「おー。流石は天童さん。他とは頭一つ抜けてますなー」


 隣の久遠さんはそう言った。

 メイド服を着ているのは天童さん以外にも数人いるが、天童さんだけ頭一つ抜けている。

 

 そして天童さんと目が合う。


 すると彼女は僕の元へと歩み寄る。

 床に座ったまま作業している僕の高さに合わせるように、天童さんはかがみ込んだ。


 ……っ!?


 間近で見て気づいた。胸元の部分がハート形でくりぬかれていることに。

 こんなの男子の欲求を高ぶらせる以外何物でもないじゃん!


「どう?」

「か、可愛いよ。ものすごく……」


 こんなの誰が見ても可愛いと言うに決まっている。


「そ? ならよかった」


 そう言うと、天童さんはスッと立ち上がりメイド仲間のところへと戻っていった。


「良かったね和泉君。メイド喫茶大正解じゃん。天童さんみたいなメイドがいたら、もしかしたら一組優勝出来ちゃうんじゃない?」

「うん。そのつもり」

「わお! かっこいい!」


 片手で口を押える久遠さん。


 まあそれを視野に入れて選んだメイド喫茶だしね。


「……ねえ和泉君」

「何? 久遠さん」

「ちょっと相談があるんだけど、いい?」

「え? まあ、僕でいいなら……」


 何だろう急に。久遠さんと僕はそこまで深い関係だっけ?


「あのね。私好きな人がいるんだけど、どうしたらいいか分からなくて……」

「……え?」

「ちなみにその好きな人って言うのが森田君でね」


 そういえば以前森田君たちと話している時、森田君が久遠さんとは幼馴染とか言ってた気がする。


「あの冴えないかんじの和泉君が、天童さんと付き合えたなんて凄いと思っちゃって。和泉君なら何か頼もしい答えをくれると思ってたんだけど……」


 可愛い見た目に反して、久遠さんは思ったことをズバズバ言うタイプなんだな。


「なるほど……」

「森田君と恋人になりたいんだけど、どうしたらいいかな?」


 これ完全に僕から天童さんに告白したと思われてるパターンよね。


「好きならその気持ちを伝えればいいんじゃない?」

「でも振られるのが怖くて……」


 ですよねぇ。


「んー。なら僕がさりげなく森田君に恋愛関係の話してみる?」

「お願い!」


 これで森田君が久遠さんに好意を抱いていると分かればそのまま告白。

 違ったら……まあなんとかなるはず!


「分かった。後で聞いてみるよ」

「ありがとう!」


 僕たちは止まっていた手を再び動かし、作業を再開する。


「和泉。ちょっといい?」


 僕に声をかけてきたのは本田さんだった。

 何やら片手にメモらしき紙が握られている。


「どうしたの?」

「ちょっとこれらを近くの百均とかで買ってきてほしくて。私この後文実の方の仕事があってさ」


 本田さんは持っていた紙を僕に渡す。 


「分かった。行ってくるよ」

「ありがと。一応他に誰か連れて行った方がいいかも。ちょっと量が多いから」

「了解」

「じゃあお願い」


 そう言うと本田さんは教室から出て行った。

 僕は教室内を見渡して、誰を連れて行こうか考える……なんてせずに即決した。

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