最終話
「あなた、今動いたよ! ねえ、触ってみる?」
「……うん、ほんとだ。すごいなあ、楽しみだ」
「だねー。私たちの子供だからきっと可愛い子が生まれるよ。男の子かなー、女の子かなー?」
「どっちでもいいよ。きっと可愛い子が生まれるさ」
深雪は妊娠した。
あの結婚式のあとすぐにそれがわかり、そして現在六ヶ月目。
あと数ヶ月もすれば俺たちの子供が生まれる。
俺は、もう何をしているのかよくわからないまま、平穏な日々を送っていた。
ただ、俺は完全に牙を抜かれたわけではない。
生まれてくるこの子を、どう教育して復讐マシーンに育てようかとか。
俺を捨てておいてのうのうと現れる両親へもどのように落とし前をつけてやろうかとか。
まあ、色々考えた。
考えるだけ。
特に仕事をせずとも豊かな生活が保障されたぬるま湯のような生活の中でじっくり。
そして。
月日が経った。
◇
「だーっ!」
「おー、よしよし。おむつでちゅかー?」
我が家に新しい家族が増えて早くも三ヶ月。
俺は忙しい日々を送っていた。
初めての子供は女の子。
名を春香という。
そして、俺は完全に親バカになっていた。
「きゃっきゃっ!」
「見ろ見ろお前! さっきの笑顔写真撮ったか?」
「もう、あなたったら。春香ちゃんの写真ばっかり」
「だって可愛いんだもーん。おっ、また笑った!」
子供を授かってからこの一年、あれこれ考えたことは嘘じゃない。
子供が産まれてすぐに離婚したら深雪はショックを受けるか、とか。
慰謝料を滞納したら困るだろうか、とか。
親権を俺が奪ってしまったら深雪の両親も寂しがるだろうか、とか。
考えた。
そして気づいた。
あまりにもせこい。
俺の発想。
なんか、やってることがみみっちいというか人間が小さすぎてしょぼい。
それにうちの両親も、ずっと生き別れ状態だったというのに今では頻繁に我が家に来ては孫を甘やかして帰るという、絵に描いたような幸せな生活を送っていたので。
やめた。
もう、全部。
俺は完全に親となり、深雪の旦那となった。
「ふふっ、幸せだねあなた」
「うん、毎日が最高だ」
相変わらず深雪はメンヘラで俺はろくに外出も出来ず、子供が寝たら毎日のように恋人モード。
でも、それが最近楽しいのである。
もう、深雪のことが大好きになってしまっていた。
「二人目、早く作ろうね」
そんなことを二人で言い合う、バカ夫婦。
復讐の先にあったのは、ただの幸せ。
そして俺は完全に深雪に溶けていく。
これは俺自身が選んだ選択だと、そう信じて。
おしまい
親の仇の娘に復讐するため詐欺師になった俺だけど、その娘が病んでいる件 明石龍之介 @daikibarbara1988
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