第33話

「久しぶりだな、蓮也」

「……とう、さん?」

「久しぶりね、蓮也」

「……かあ、さん?」

 

 頭がパニックになった。


 急に白煙が上がったと思うと、黒のスーツを着た中年男性と綺麗な洋装をした貴婦人が現れた。

 そして二人とも、見覚えがあった。

 見覚えが、なんて言い方が正しいかわからないが。


 俺の記憶に残る両親の顔そっくりな二人がこっちを見て微笑んでいる。


「すまんな、苦労をかけた」

「ごめんね蓮也、でも、こうして再会できたのはとても嬉しいわ」

「な、何を言ってるんだあなたたちは? ええと、ほ、本当に父さんと母さん、なのか?」


 思い出の中の二人より、当然ながら少し老けていたので俺は確信が持てなかった。


 しかし。


「蓮也、嫌いだったピーマンは食べられるようになったか?」

「蓮也、本当に大きくなったわね……あんなに体が小さい子だったのに」


 昔の俺を知るその二人と、俺に向ける柔らかな目に俺は、この二人が自分の両親であることを確信した。


「父さん……母さん!」


 我を忘れて二人に飛び込む。

 そして、俺を受け止めた二人もまた、涙を流していた。


「辛い思いをさせたな。でも、本当によかった」

「父さん……」

「蓮也、あなたはこれからうんと幸せになりなさい」

「うん、母さん……ん?」


 涙で前が霞みながらも、俺はふと我にかえった。


「……いや、なんで?」

「どうしたの蓮也?」

「い、いや……父さん母さん、今日までどこにいたんだ?」


 俺の父と母は会社を追われたあの日、消息を絶った。


 てっきり俺は死んだか、借金取りに追われて遠くへ逃げて、二度と会うことはないと思っていたのだが。


「父さんと母さんはあることを条件に会社の借金を全部肩代わりしてもらって、一条さんのところのグループ会社で仕事をさせてもらっていたのだよ」

「え? だ、だったら二人ともどうして俺に連絡してくれなかったんだよ!」

「いやすまん、しかしそれが条件でもあったからな。お前を守るためだったんだ、許してくれ」

「どういうこと?」


 急に現れた両親の存在だけでも混乱するには十分だというのに、さらによくわからない説明をされて頭がぐちゃぐちゃになる。


 何がどうなっているのか。

 しかし、感動のご対面により沸く客席の空気に押されて、あまり騒ぎたてるのもややこしいことになると察して一度席へ戻る。


 すると、俺の隣で深雪がニンマリ。


「ふふっ、完璧だね」

「何がだよ? ていうか新郎挨拶は?」

「あ、それはなし。あなたが変なこと言い始めたらややこしくなるし。でも、ご両親とずっと会えなくて寂しい思いをさせてごめんねー」

「なんでお前が謝るんだよ。まるで深雪がそうさせてたような言い方だな」

「そうだけど?」

「へ?」

「えー、だって蓮也君なら、両親と会えなくなった恨みをずっと抱えて私に会いにきてくれるって、信じてたから。ねっ、完璧でしょ?」


 サラッとそんなことを言われて俺は空いた口が塞がらなかった。


 こうして俺が復讐にくることも全て彼女の予想の範囲内だった、だと?

 そんなバカな。


「嘘だ」

「嘘じゃないよー? それに、こうしてちゃんと結婚までできた。私、幸せ」


 またにっこりと笑う深雪は、俺の手を握ってから体を寄せてくると。


 小さな声で言った。


「運命とか偶然とかは大嫌い。ぜーんぶ、必然なんだよ」


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る