第32話

「よかったよ、あなた」

「……」


 場の空気に流されてやってしまった。


 一線を超えた、というのは夫婦において適切な表現かどうかわからないが、やっちまった。


 で、ピロートークなう。


「ねえ、子供できたかな? できるといいね。できるまで何回でもしようね」

「……」


 もう後戻りができないことを知った。

 人間、どんなに理性を働かせようとも、本能には勝てないことを知った。


 ていうか、めっちゃよかった。

 女を知った。

 

「もっかいする?」

「……」


 こんな誘惑、受けたらダメなのだ。

 沼だ。

 ハマってしまって抜け出せなくなる。

 だから拒まなければいけない。


 いけないのに。


「……うん」


 また流されていた。

 これまで二十年、我慢に我慢を重ね、女関係も一切なかった俺の欲望が爆発してしまった。


 結論として。


 三日三晩、嫁を抱きまくった。

 精魂尽き果てるまで。


 そして。


 挙式前日を迎えた。



「あなた、子供の名前は何がいいか決めた?」

「……どうだろう。できたかどうかわからないしさ」

「この調子ならすぐできそうだよ。ねっ、今日もいっぱいしようね」

「い、いや明日式だしさ。今日は体調も整えておかないとだから」

「だーめっ! んー!」

「んぐっ!?」


 いつもこう。

 やんわり拒もうとしても襲われて、食われる。

 俺も俺で、一度覚えた快楽が理性を失わせ、気がつけば獣になっている。


 で、スッキリ。

 こんなことを毎日繰り返していたら本当に子供なんてそのうち、だ。


 これはまずいと思いながらも、ここまでしてしまったことへの責任とやらを感じてしまうあたり、俺は根が真面目なのだろうと今更ながらに気づいた。


 詐欺師になんか向いてない。

 だからこのままこうして彼女と幸せになる道もありなのかなあとか。


 深雪の寝顔を見ながらそんなことを考えてしまう自分に嫌気がさしながら、式当日を迎える。



「おめでとー!」

「深雪ちゃん、こっちむいて! かわいいー!」


 大した打ち合わせもないまま迎えた挙式当日。

 俺は着せ替え人形のようにタキシードを無理矢理着せられて、純白ドレス姿の嫁と愛を誓い合った。


 そして披露宴。

 彼女の友人や家族が多数参列するだだっ広いホールで俺たちは祝福の言葉の雨を浴びていた。


「えへへっ、なんかみんなにお祝いされて嬉しいね」

「……ああ」


 歓談中。

 今はまだその時ではない。


 この後、新郎からの挨拶がある。

 そこで俺はぶちかます。


 数百人いる深雪サイドの人間たちを前に俺はあることを暴露する。


 自らの不貞行為である。


 もちろん本当にそんなことをしてはいないが、したということにしてそれを暴露して皆から顰蹙をかって別れさせられるのが狙い。


 慰謝料でもなんでもどんとこい。

 ここで刺されて死んでもいい。


 さあ、もう少しだ。


「えー、では続きまして新郎からのご挨拶」


 来た。


「の前に、サプライズゲストです」


 ん?

 聞いてないぞ?


「新郎の、ご両親のご入場です」


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