第31話

「夕日が綺麗だね」

「……だね」


 夜が近づいてくる。

 俺たちは今、深雪が予約した高級ホテルにチェックインしたところ。


 受付の前の待合スペースで、深雪の希望もあって優雅にお茶をしていると外から赤い光が差し込んでくる。


「夕日が、沈んでいく……」


 沈む夕日を見ながら俺は、この後の展開を想像して絶望する。


 目の前で顔を赤らめる俺の嫁と、同じ部屋に泊まる。

 もう、逃げることは許されない。

 嫁だから。

 言い訳ができない。

 拒否する理由がない。


 奇跡的に彼女が早く寝るとか、急用ができるとか、そういう理由がない限り。


 食われる。

 俺はそれを望んでいたはずなのに、今は絶対この女と一線を超えてはいけないと、俺の本能がそう告げている。


 とはいえ深雪は俺の妻である。

 婚姻届も提出して、今や同じ苗字を名乗るれっきとした嫁。

 

 その場凌ぎでここまできてしまったが、これ以上はもう言い訳が思い当たらない。


 彼女を抱いたら俺の人生は死ぬ。

 彼女を抱かなかったら単純に死ぬ。

 行くも地獄、退くも地獄。

 なら、行くしかあるまい。


「……深雪、やっぱりこういう場所は落ち着かないよ」

「いやだった?」

「嫌ではない、けど。ホテルより、結婚して最初の日くらいは家で過ごしたいかな」

「どっちの?」

「俺の家だと嫌? 落ち着いて話がしたいかな」


 これは賭けだった。

 ていうかいつでも深雪相手ではギャンブルだ。

 でも、とにかくホテルの部屋に連れ込まれたらアウトだ。

 彼女と一夜を共にしていっときの快楽のために人生を終わらせるか、拒否してその場で殺されて人生を終わらせるか。


 それだったらせめて俺のテリトリーで。

 大学周辺なら友人も多いし俺の勝手知ったあのアパートならあの手この手でこいつを出し抜くことだって……。


「いいよ? じゃあここはキャンセルしてくるね。あと、お迎え呼ぶからまってて」

「いい、の?」

「うん。だってせっかくの蓮也からの提案だもの。私も、そっちの方がいいなっておもっちゃって」


 すんなりと彼女が俺の提案を受け入れてくれた。

 そのことに一瞬驚きはしたが、すぐに前向きな思考がわいてくる。


 結婚したから。

 俺が旦那だから、以前より信用してもらえるようになったんじゃないだろうか。

 この調子なら、家に帰ってからも俺の言うことを彼女が聞いてくれて、しばらくは何事もなく過ごせるのではないか。


 亭主関白なんて言葉もあるくらいだし。

 存分に関白してやろう。


 なんて。


 あれこれ考えながら迎えの車に乗り、住み慣れた自宅に帰ると、家に着く頃にはあたりはすっかり暗くなっていて。


 開け慣れた玄関をくぐり新妻と一つ屋根の下に泊まり。


 互いに風呂に入り、寝間着でテレビを見ていい感じに夜を迎えた俺は。


 そのまま初夜を迎えてしまったのである。

 


 


 

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