4 結局
私の言葉に、クリウスさんは目を瞬き、マミヤさんは溜め息を吐いた。
「私には荷が重いです。あなた方のその……状況には同情しますが、一般庶民の私に、仮とはいえオールグレーンの方の恋人になるというのは、色々と無理があると思います」
「そういう考えを持つあなただからこそ引き受けていただきたいのですが……」
「無理です。そもそも、大財閥の後継者の恋人って何をすればいいのかさっぱり分かりません」
「あ、そこは分からなくても大丈夫です。あなたに頼みたいことは、両親や親類に一度会ってもらうことだけ。その後はすぐに恋人という肩書を外していただいて構いません。俺はその後、あなたと別れたという話を両親に持っていって、この騒動はおしまいです。どうです?」
一杯どうです? みたいに言われても。
「……その、ご両親やご親戚に、偽物の恋人だとバレない可能性は?」
私が聞くと、クリウスさんは笑顔で。
「はい。逆に大丈夫です。両親達も感づいてます。俺に恋人なんていないってことを。なので、あなたを紹介しても全てを察してくれるでしょう。ですから、なんの問題もありません」
……。
「えっと、じゃあ、そもそも恋人なんていらないのでは……?」
「え?」
「感づかれているんですよね? なら、無理に恋人なんて探さずに、騒ぎ? が収まるのを待ったほうがいいのでは……?」
「騒ぎが起きた場所が場所だったせいで、こんなにこんがらがってしまってるんです……」
マミヤさんがくたびれた声で言う。
「関係者も沢山いた公の場。そこでの言葉は取り消せません。嘘でもそれを証明しないといけない。なので、恋人をしてもらう人は絶対に必要なんです」
マミヤさんは抹茶ラテをぐいっと一気飲みすると。
「この……バカ兄が口車に乗せられるから……ウチは危機的な状況に……」
「口車……?」
「ええ。最初にこの話を持ち出してきたのは、ウチと少し競合している所の息子さんなんです。いつもの絡みもめんどくさい人ですが、その時はお酒を飲んでいたので、余計厄介でした。で、目の敵にしていた兄に絡んだんです」
その時の様子を、マミヤさんは語り始める。
『お前、その歳になってまだ彼女の一人もいないのか』
『あなたには関係のないことです』
『ああ、女じゃなくて男がシュミか?』
『言っているでしょう、あなたには関係のないことだと』
『ハッ! 一生独り身か? なら後継者はマミヤちゃんか。……そうだな、マミヤちゃんは可愛いよなぁ?』
『……何が言いたいんです』
『ああ? 俺がマミヤちゃんを貰ってやろうかって話だよ? なあ、未来のお義兄さんよ。仲良くやろうぜ? ……カッ?!』
その時、クリウスさんの瞳が燃えるように光ったそうだ。それはオールグレーンの異能の一つ、視界に入った相手の体を拘束するもの。
『今の発言、取り消してください。ここでは言葉を抑えますが、私は今のあなたの発言を、快く思っていない』
クリウスさんが異能を少し緩めると、苦しそうにしながらも、その人はこう言ったそうだ。
『マミヤちゃんが大事なんだなぁ? ああ、そうか。お前、マミヤちゃんを妹ととしてじゃなく──ぐぁっ!』
拘束の異能が強められる。相手が息をするのも苦しい状態にして、クリウスさんは口を開いた。
『その口を閉じろ。そんなに言うなら言いましょう。私にもちゃんと恋人がいる。どうです? これで気が済みましたか?』
ギリギリと拘束を強められるその人は、口を動かすこともできない。
『どうしました? なにか言ったらどうです』
完全に激高していたクリウスさんを周りがなだめ、正気に戻し、その場は一旦収まった。が、その時のクリウスさんの発言が、今、波紋を広げている。
「と、いうのが一部始終です」
「いや、あの時はアルコールも入っていて、少し頭に血が上りやすくなっていて……いえ、申し開きのしようもなく……」
ツンとすました顔のマミヤさんと、しょげた顔になっているクリウスさん。
「……」
話を、聞かなければよかったな。
私はコーヒーを一口飲んで。
「……気が、変わりました。その仮の恋人役、期間限定ということですから、お引き受けします」
「! 本当ですか?!」
ガタッ、とイスから立ち上がりかけたクリウスさんと、
「ありがとうございます」
頭を下げるマミヤさん。
マミヤさん、策士だよな。
「では、今更になりますが、自己紹介をさせてください。私の名前は
座ったままで失礼だけど頭を下げる。と、クリウスさんもマミヤさんも、挨拶を返してくれた。
そして、私は異人であり世界規模の大財閥で富豪であるところの御曹司の……肩書めんどくさいな。の、クリウス・オールグレーンさんの、期間限定の恋人役をすることになった。
のが、すべての始まりだった。
言ってしまうと、あの時やっぱり断ればよかったな、と何度も思う羽目になった。
けど、それはまた、別の話。
◆
「ちなみにですがクリウスさん。どうして私に声をかけた時、壁の側面に立っていたんですか?」
「ああ、それは、俺を一発で覚えてもらいたくて」
「軽くトラウマになるところでしたよ?」
「……」
終
深夜に散歩してたら、壁に垂直に立つ人と遭遇した。 山法師 @yama_bou_shi
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