第7話 相談


「高坂って高野のどこが好きなんだ」


 駆け回り、乱れに乱れたテニスコートの砂をならしていると、コートの外側からやけに深刻そうな声がかかった。

 振り返ると声色から想像できる通りの表情をした大哉が俺の分の荷物を持って立っている。


「なに急に。大哉そういうの気になるタイプだっけ」

「別に…言いたくないならいいんだけど」


 こいつのことだ。なにも揶揄おうと思って聞いてきたんじゃないことくらはわかる。声や表情から、彼女である南との関係になにか思うことがあって、そんなことを聞いてきたのだろうということも。

 なんてわかりやすい奴。


「高野って、性格わるいんだよ」

「え?」

「見栄っ張りで、面倒見良く振舞ってるけど、心のどっかで他人のことは馬鹿にしてる」


 いつでもどこでも、周りのやつらと自分は違うんだと。一人だけ、違うんだと思い込んでいる。本人は上手く取り繕っていると思っているようだが、俺にはわかる。透けて見えてしまう。高野が他人を見る視線にどんな感情が込められているのか。

 それが丸っきり昔の自分と同じで、見ていて痛々しくて、居た堪れなくて。

 この間なんて、全部わかっているよ、と遠回しに言ったときの反応ときたら。


――ここまで、教える気はないけれど。


「そこがかわいい」

「……俺は全然、高野が周りを馬鹿にしてるとか見栄っ張りだとか、思ったことないけど」

「はは。まぁ高野は俺のことそんな好きじゃないだろうけどね」


 友達に彼氏ができたから自分も彼氏が欲しい。そういう動機で、一度は自分から断った告白をなかったことにするような女の子。

 あれがなければ俺が高野と付き合うことはなかっただろう。何度も告白してどうにか付き合いたいと思うほど、最初から執着していたわけではない。

 ただあまりにも予想外の行動を高野がしたから。してくれたから、小さな好意に大きな興味が合わさって、こんな小さな学校の、狭い世界の中でこの子がどういう風に過ごすのか、一番近くで見てみたくなった。


 今は別に、好いてくれなくたっていい。高野が”彼氏役”として自分を選んでくれただけで十分だ。どこまでもちぐはぐな彼女は、自分の中の小さな欲の、その被害者として、俺のことも考えてくれているはずだから。


 コートの砂をならし終え、ブラシを定位置に戻してから大哉が持ってきてくれていた荷物を受け取った。

 大哉がどうにもすっきりしないとでも言いたげな顔で考え込んでいるところを、背中を叩いて意識を引き上げてやる。

 相談する相手を間違えた、と思わせてしまったのは俺のせいだが、この調子では一向に話が進まない。


「俺になんか相談事があったんじゃないの」


 言いながら、スマホのメッセージアプリを開く。高野美琴という名前をタップして、”今日散歩行かない?”とメッセージを送るとすぐに既読がついて、”疲れてるでしょ。やめとく”に続いて”夜電話する”と返ってきた。自分がテニス部に行く日の誘いが断られるのはいつものことだが、高野の方から電話すると言ってきたのは初めてのことだった。

 もしかしたら南と何かあったのかもしれない。了解の旨を返して、ポケットにスマホをしまう。


「……最近南がちょっと」

「鬱陶しくなってきた?」

「ちがっ……いやごめん、そうなのかも」


 どこまでも素直で馬鹿正直な奴だ。適当に取り繕うこともしない。

 高野の友達である南。高野を通して間接的にしか関わることのない俺から見て、南という生徒は典型的な、恋に恋するタイプのように思う。

 自分の中に彼氏とは、彼女とは、カップルとはこうあるべきである、という絶対的な理想があって、その理想通りに自分も、相手も動かそうとしてしまうタイプ。この場合、大体自覚がないから質が悪い。


 大哉はあまり恋愛に積極的ではない。どちらかといえば受け身なタイプで、南と付き合った理由も”告白されたから”に過ぎない。教室内で自分から南に話しかけることもしないし(挨拶ぐらいはするが)、寮での食事も南とではなくいつもつるんでいる友達を優先する。

 大哉は南と付き合っているということを、隠すとまではいかなくてもあまり大っぴらにしたくはないらしい。対して南は校内でも、寮内でも堂々と大哉の恋人として、そういう風に周りに見られたいのだろうし、大哉にもそういう場で彼女として扱ってほしいのだろう。


 そこらへんの価値観のすれ違いにくわえて、今は時期も悪い。 


「大会もあるし、俺としては部活に集中したいんだけど、南は放課後どうしても会いたいらしくて」

「週末は?」

「会ってるよ。毎週」


 なら大哉としては最低限恋人としての役割は全うしていると思っているだろう。


「嫌いじゃないし、好きだとも思うんだけど……」

「あ、南」


 俺の言葉に項垂れていた大哉がおそるおそる顔をあげる。

 寮の入り口の前、やたらと思い玄関の扉越しに、食堂から出てきたらしい南がこちらを見ている。

 食堂から出てきたということは、夕飯を済ませたのだろうか。だとしたらいつもに比べて随分早い。それに、高野は一緒じゃないようだった。俺は自分の予感が的中したことを確信する。


 大哉はかろうじて笑顔を張り付けて手を振ったが、いつもならそれだけでご機嫌になる南は何か言いたげな顔をしたあと、手を振り返すこともなく階段を上がっていった。


「怒ってるねぇ」

「ちょっとだけ、ちょっとだけそっとしてほしいだけなんだよ俺は…」


 大哉のあまりにも悲壮感溢れる呟きに思わず吹き出してしまったが、決して悪気はない。

 南がいなくなった玄関に入って外靴から室内履きに履き替える。


「一回ちゃんと、丁寧に説明すれば。どうせちゃんと伝えてないんだろ」

「うーん…」

「もっと面倒なことになる前に、俺はおススメしておくよ」

「…わかった」


 こうして大哉の相談事にある程度の落としどころを提示したところで、俺はこのあと一人食堂で無表情のまま淡々と飯を食らう高野を見つけ、南との話を聞き、適当に励ましたあと。


 ”ごめん、電話無理かも”という高野からのメッセージと、


「ちゃんと聞いてくれなさそうな気がする」


 と大哉がヘルプを求めて俺の部屋に来たのは同じタイミングだった。



 

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