第5話 衝突

 寿が放課後デートをしてくれない、と南が泣きついてきたのは、あれから暫く経った頃のことである。


 突然だが、全校生徒100人にも満たないこの高校にも、もちろん部活動というものは存在している。

 我が校において放課後の部活動として成り立っているのは、野球部とテニス部、あとは私と南、高坂が所属する軽音楽部と、美術部ぐらいのものだ。

 この場合、何をもって成り立っているか、というのは運動部であれば大会等への出場、それ以外は何かしらの実績、例えばコンテスト等への応募だったりを定期的に行っているかどうかで判断するものとする。


 とはいえ、もともとの生徒数が少ない以上、必然的に部活動の数も少なくなってくる。

 バレー部はそもそも9人もいないし、残る文化部だの情報部だのは、もはや活動内容も、そもそも部員がいるのかどうかも不明である。幽霊部員どうのこうの以前に、部活動自体が幽霊化している。第一通学組はバスに乗って帰宅するだけで最低1時間かかるため、放課後に部活動に打ち込む時間がないのが現状だ。


 極端な話、我が校の部活動というものは寮生または地元組のためにある。


 さて、私も南も、高坂や寿も、寮生組である我々はこの放課後を有意義に過ごすために、もちろん全員何かしらの部活動に所属している。

 寿はテニス部、南は軽音楽部。私は軽音楽部と美術部を、高坂は軽音楽部とテニス部をかけもちしている。

 なぜかけもちしているかは、単純にどっちもやりたいからという意欲的な理由と、一方に対する気分が乗らないときにもう一方へ逃げられるから、というあまり褒められたものではない理由の2つがある。これは私の場合であって、高坂がなぜかけもちしているかは知らない。


 ここで冒頭に戻る。

 南がバスドラのペダルを勢いよく踏んだ。ボロいプレハブ小屋に響く重い音に、いつもこれぐらい鳴ればなぁ、と現実逃避するが、それを許す南ではない。


「聞いてよ!」

「聞いてるよ…」

「…もう飽きたのかなぁ」

「いや、テニスで疲れてるだけじゃないの?」

「でもさぁ」


 こういう相談に乗るのは、正直苦手だ。何を言っても大体返ってくるのは「でも」「だって」ばかりでこちらの意見など聞きやしない。恐らく話を聞いてほしいだけなのだろうが、お望み通りに聞くだけ聞いても「どう思う?」と意見を求めてくるのだから質が悪い。

 誰か代わってくれないだろうか、と室内を見回すも、同じ寮生組でクラスメイトの朝倉一あさくらいちは生ぬるい笑顔に同情の色を乗せて首を振るだけだ。その隣に座って、ギターの弦を張り替えている同じく寮生組、クラスメイトの宇治将司うじしょうじは背中から”俺に振るな”というオーラをひしひしと感じる。

 二人とも南と寿が付き合っていることは知っており、こうなった南が面倒くさいということも察しているため、巻き込まれないようにするのに全振りしている。


「あとで寮で聞くよ、中尾先輩そろそろ来ちゃうよ」

「中尾先輩、今日来れないって」

「げ」

「げって言った?」


 中尾美緒なかおみお。軽音楽部の部長である。

 軽音楽部は3年生の中尾先輩と他1年生4人で構成されており、今年に新たな入部者がいなければ廃部するところだったらしく、それもあってか中尾先輩は基本的に私たち後輩に対して優しい。

 が、音楽に対して真剣に向き合っていることもあり、部活動中の無駄話についてはあまりいい顔をしない。

 彼女がいれば、南も少しは自重するだろうと思ったのが、宇治の一言でその希望も潰えてしまった。

 こういうとき、上手く宥めてくれそうな高坂も、今日はテニス部へ行っているため、ここにはいない。


「最初のころは部活終わりに、ちょっとだけでもデートしてくれたもん」

「うーん…」

「高野たちもするでしょ?」

「まぁ…たまには…」


 放課後デート。とはいってもオシャレな喫茶店の一つもないこの辺では、ただその辺りを散歩するか、どこかで駄弁るか、その程度のことしかすることがない。高坂と二人で探索がてら歩き回っては寿たちと出くわすことも多い。

 最近は見かけることもなかったため、単純に違うコースを見つけたものだと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。


「私たちも毎日はしないよ。テニス部行った日は高坂も疲れてるだろうし」

「でも高坂はテニス部の日でも誘いに来てるじゃん。ヒロくんは誘ってもくれないんだよ」

「…大会あるとか言ってたから、それで疲れてるんじゃないの?」

「疲れてても彼女に会いたいってならない?」


 それはあまりにも、自分本位すぎない?


 あ、と思ってしまったときにはすでに遅く。

 目の前の南の顔がじわじわと赤くなっていく。

 南は勢いよく立ち上がり、部室の隅に置いていた自分のスクールバッグにドラムスティックを乱暴に突っ込んで、私を睨みつけた。


「もういい。高野に相談してもきついことしか言わないし。どっちの味方なの?」

「…は?」

「帰る」


 バンッ。


 沸騰。しそうだった。

 頭で理解するよりも早く怒りという感情が、限界を超えていきそうだった。それは幸いにも、南が乱暴に閉めた部室の引き戸の音でふっと沈んでくれたが、僅かに残った余韻が唇を震わせた。


「…こえー」

「将司。…たかのん、大丈夫?」


 ピリついたこの場に不似合いな、朝倉の私を呼ぶ声に、すっと波が引いていくように感情が落ち着いていく。


「大丈夫。ごめん、部室で…」

「いや僕らは全然」

「高野災難だね」

「もー将司!」


 哀れむような視線を向けつつも、他人事だからこそ面白いと思っているのだろう。宇治の言葉に朝倉が諫めるように声をかけてくれるが、正直笑い事にしてくれた方がこの場に残る立場としては気が楽だ。

 真面目に部活を取り組んでいる人がいる場で、1ミリも部活に関係ない話で雰囲気をぶち壊したのだ。爆発したのは私ではないにせよ、導火線に火をつけてしまった自覚がある以上、居た堪れない。


 とはいっても、部活が終われば全員寮で顔を合わせることになる。

 この後のことを考えて、どうしたものかと頭を悩ませながら、私は今日初めてまともに自分のギターを触った。


 

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