第2話 告白
南の爆弾発言を聞いてから、自然と寿のことを目で追う自分がいた。
正しくは、寿の隣に高確率でいる別の男子生徒を見ていた。
「あ」
ばちっ。
高坂と目が合う。
しまった、と思ったのも束の間。気まずさが追い付く前に、何事もなかったかのように視線は逸らされた。気まずさを、僅かな苛立ちが追い越していく。
「
南に呼ばれ、先走った苛立ちが静かに萎んでいくのを感じながら、目を伏せて「なんでもない」と答えたが、僅かな違和感を見逃さなかったのか、見逃せなかったのか、南の口角がじわじわと上がる。
2回目のしまった、は思い切り顔に出たのにも関わらず、南は先ほどまで私の視線が向いていた確認するように見る。
「高坂が気になるの?」
「違う」
「え、じゃあヒロくん!?」
「もっと違う。っていうかヒロくんって呼んでるんだ…」
呼び方変えようって話になって。から長くなりそうな気配を感じつつ適当に相槌を打つ。
南はどうやら、何も知らないようだった。
それはつまり、寿も知らないということで、高坂は誰にも話していないのだろう。
もしかしたら寿が、私が思う”カップル間は己のもつ全ての情報を共有しがち”というテンプレに当てはまらないタイプなのかもしれないが、それならそれで、私と高坂の間に起きたことは広まっていないと考えていい。
――3日前、私は高坂に告白された。
***
「俺と付き合わない?」
その言葉を聞いて、真っ先に頭に浮かんだ言葉は「君じゃないんだよなぁ」だった。自分のことながら、性格が悪いと思う。
高坂はどうやら、断られるかもしれない、という心配を1ミリもしていないようだった。それはなにも、高坂がナルシストだとか、自信家だとか、そういうわけではないと思う。
放課後、薄っすらオレンジ色に染まりつつあるせいか妙にエモーショナルな雰囲気を醸し出す個人商店の前で、高坂はまっすぐ私を見つめて返事を待っている。おばあちゃんは、いない。
高坂もまた、この学校にある、遠方からわざわざ入学してきた生徒のために用意された寮で暮らす私と同じ寮生だ。寮といっても、これまた漫画やアニメや都会で見るような男女で建物が違うということはなく、男女共に一つ屋根の下で共同生活を行っている。さすがに2階と3階で区画は分けられており、原則お互いの階への立ち入りは禁止されているが。
とはいっても同じ建物内で生活する上で、他の通学組よりは断然接する回数も多く、入学当初に開催された寮内での新入生歓迎鍋パーティーによって、寮生組という一つのコミュニティが形成された。
そんな中で、以前から寿のことが気になっていた南や、他の積極的に他者と関わるタイプの女子に巻き込まれ、私も寿や高坂と関わりをもつようになり、特に高坂とは気が合った。
高坂と高野、同じ漢字が入った者同士ということもある。こういう場では、ほんの些細なきっかけさえあれば十分なのだ。
寮内でも、校内でも、顔を合わせれば一言二言会話をする。
そういう日々を過ごした結果が、これだ。
「…えーっと」
高坂のことは嫌いではない。むしろ話しやすいし、好ましく思っている。
しかし、高坂じゃなかった。
寮生組という関わることが多いコミュニティの中で、もし誰かと付き合うなら。恋をするなら。
そう考えたとき、私が思い浮かべていた相手は、高坂じゃない。
「ごめん、入学したばっかだし、まだそういうのは考えられない…かも」
急激に熱が引いていくような、色を失くしていくような。
高坂の目を見るのが怖くて、私は地面に視線を落とす。
春先の夕焼けはまだ、優しいオレンジ色で私たちの青春を見守っている。
「そっか」
想像していたより落ち着いた声だった。私はそれでも顔を上げられない。
断られることはあっても、自分が断る側に立ったのは初めてだった。
中学生のころ、私を振った男子生徒もこんな気まずさを抱えていたのだろうか、と現実逃避から思考が飛ぶ。
「まぁでも、これからも仲良くしよ」
「…うん、ごめん。ありがとう」
その言葉を聞いてやっと顔を上げた私を見て、高坂が笑った。高坂も、誰かと付き合いたくて私に声をかけたのであって、私のことが好きで交際を申し込んだわけではないのだろう、と思った。それは高坂の態度があまりにもあっさりしていたからで、それが高坂の優しさかどうかが分かるまで、まだ私たちの関係は深くない。
「じゃあ俺先戻るわ」
「うん」
いくら普段話す仲とはいえ、放課後さすがに2人一緒に寮に戻ると何か噂されかねない。
私は寮に戻っていく高坂の背中を見送ったあと、せっかくだしと商店の中を覗き込んでみたが、店を開けたままおばあちゃんはまだ戻っていないようだった。
お菓子の一つぐらい買っていきたかったが、いないのならしょうがない。不用心に開け放たれたままの商店の引き戸を閉めて、私も商店を後にした。
――と、いうのが3日前の出来事。
正直に言おう。
高坂の申し出を断ったことを、私は今死ぬほど後悔している。
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