きっとこれは恋じゃないのに。
秋庭
第1話 爆弾
「俺と付き合わない?」
その言葉を聞いて、真っ先に頭に浮かんだ言葉は「君じゃないんだよなぁ」だった。自分のことながら、性格が悪いと思う。
――春、4月。
昔から、人付き合いは得意じゃなかった。自分以外は全員バカだと思っているとんでもないクソガキ気質のまま小学生時代を終え、中学生では本当にバカなのは自分かもしれない、という現実から目を背け続けた結果、痛々しい厨二精神を育て上げた。
そうして中学3年時、担任教師や家族の反対を押し切って選んだのは、名前さえ書ければ入学できると揶揄される山奥の小さな高校だ。
中学のクラスメイトが集まる近場の高校は嫌だった。また同じことを繰り返すように思えて、避けたかった。山奥の辺鄙な地にある小さなコミュニティの中で、私は変わるのだと、思い込んでいた。
今となっては、どうしてそう思えたのか不思議で仕方なかった。
私が選んだ新たな世界は、一言でいえば、最悪だった。
全校生徒100人にも満たないその学校は、県内のあらゆるところから問題児を集めましたというような有様で、地元出身者は逆に少数派、カースト上位に君臨するのは他所で何事かをやらかし追い出された自分たちよりも一つ上の生徒たちだった。
男女比率は圧倒的に男子が多く、一クラスおよそ30人の中で女子は10人程度しかいない。
漫画やアニメで見て憧れた学校施設はなく、食事時に購買へ買いに行ったりだの中庭で優雅に食べたりだのはない。寮生たちは寮で食べ、通学組はお弁当か、徒歩3分の場所にある、個人商店でご飯を手に入れることになる。ちなみに個人商店は小柄なおばあちゃんが一人で切り盛りしているらしく、店内のあちこちに掲示された「万引きしないで」「万引きはダメ」の貼紙が治安の悪さを物語っていた。
最寄りのコンビニは車で一時間、徒歩圏内に今時の高校生が遊べるような施設は何もなく、あるのは大自然豊かな山、川、森、寂れた神社、のみ。
加えていうと、無人駅すらなく電車は通っていない。ここから町と呼べる場所に出るにはバス、または車で一時間、山の中を揺られるしか手段はない。
「やばいとこ入ったかも」
これが、入学して3日目にして私が抱いた感想だった。
***
それでも1ヶ月経つ頃にはこの閉鎖的な空間で過ごす日々に多少は慣れてくるもので、倍率の高い寮に運よく入ることができた私は、比較的穏やかな生活を送るようになっていた。
そんなある日のことである。
「彼氏できた」
「えっ」
寮から学校までの短い通学路の途中で、唯一同じ中学出身の
彼氏? どこで? …ここで?
「前から言ってたじゃん。かっこいいって」
「え、うそ。寿?」
「…うん」
女子より男子が多いこの学校で、彼氏を作るのはそう難しいことじゃないと思われがちだが実際はそうでもない。
問題児ばかりの高校、と称したが全員が全員そうではなくて、純粋にこの学校の雰囲気や一風変わった授業内容に興味を持った生徒や、私と同じように人が多いところを避けてきた生徒もいる。
女子生徒にいたってはそういう生徒がほとんどで、そういう人種はおしゃれやメイクといったものに興味がない、または手を出したことがない、というのが多い。
そもそもおしゃれやメイクが好きな女子が、自ら望んでこんなド田舎には来ないのだ。
反対に男子はそういった人種にプラス、他所を追い出された生徒が一定数おり、彼らはきらきらとした女子に目が慣れているため、最初からこの学校内で彼女を作ろうとは考えない。
まぁ単純に、私としては自分自身に魅力が一切ないのだという現実からやや目をそらしたくてこんなくだらない分析をしてしまっているのだが。そうはいっても、全くの見当違いということはないような気がする。
話を戻して、南の彼氏になったという寿だが、そんな我が校でも珍しい好青年だった。カースト上位の生徒にこびへつらうわけでもなく、かといって教室の隅で大人しくしている生徒をバカにするわけでもなく、誰とでもフラットに関わる良いヤツ。
同じ寮生ということもあり、南はもちろん、私自身何度か話したことがある。
「この間の放課後に、付き合ってって言ったら、OKしてくれた」
「へぇ……え、じゃあ寿と一緒に行かなくていいの、学校」
「えーいいよ。学校すぐそこだし、寮でも毎日会うし」
「そっか、あんまりべったりも疲れるもんね」
「そうでもないけど」
ないんかい。…というつっこみは心の内にしまっておいて。
私が覚えているかぎりで、中学の時に南が誰かと付き合っていたという話は聞いたことがない。私が知らないだけという可能性もあるが、カップルが誕生したら光の速さで噂が回っていた中学を思えば、おそらく初めての彼氏で間違いなさそうだ。
少しだけ赤い顔で、気恥ずかしそうに笑う南の顔を見て、恋する乙女とはこのことか、と私は少しだけ羨ましいような、妬ましいような、複雑な気持ちにそっと蓋をした。
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