天使の深夜

玄栖佳純

第1話

 草木も眠る丑三つ時、天使が地上をみていた。

 天使は人型を取らなくてもいいが、気分で人型をしていた。もしも万が一、人間に見られた時、その方が格好いいからだ。


(こんな感じかな?)

 天使が空中で、両手を広げて神々しいポーズをした。まるで教会のステンドグラスにあるような姿だった。


 星の輝く夜空に天使。

 絶妙な腕の角度で、誰もみていないのが残念なほどだった。


(せっかく、こんなに美しいのに)

 天使はため息をつく。

(人通りが多い昼間にすると怒られるから真夜中にやってみたんだけど、やっぱり誰にも見てもらえない)


 天使はこっそりと地上の生き物を見守っている。だから目立ってはいけない。それでも天使は人間に好まれそうなレースやビーズがじゃらじゃらしたケープをひらひらさせている。一般の天使はシンプルな服だけど、その天使は大天使だったので、ちょっとだけゴージャスでもよかった。


(ほどほどに自信作なんだけど)

 しかし、天使がいたのは閑静な住宅街だったので、深夜は誰も歩いていなかった。

(こんなにがんばったのに……)

 天使らしい白い布もサラサラでふわふわしていて、見かけだけではなく着心地も最高だった。


(誰が見てくれなくても、自己満足でいいけれど、できれば誰かに見てもらって、褒めて欲しい。そしてこんな素敵な天使がいたのだと後々まで伝えてくれたらもっといいのに。伝説とまではいかなくても、都市伝説とかでもいいから)


 そんなことを思っていると、眼下に少女が歩いている。どうしてこんな真夜中にと思ったが、犬の散歩のようだった。リードを付けた小さな犬と一緒に歩いている。


(こんな深夜に犬の散歩なんて危険だよ。しかたがない。私が見守ってあげよう)

 天使はうきうきしながら地上に降りると、少女についていく。


(振り向かないかな? 振り向かないかな?)

 少しだけそんな期待をしていた。振り向いたところで人間に天使はみえない。でも、もしかして特殊な人間で、天使との相性もよくて、天使をみることができるかもしれない。

 それはとてつもなく少ない可能性だけど、そういうこともあるかもしれない。


 天使は少女が安全に散歩ができるように、見守りながらついて行った。犬は天使の気配がわかったようだ。さっきからチラチラと天使をみている。天使だったので、犬は小さなしっぽをブンブン振りつつ嬉しそうにご主人様の前を歩いていた。

 

 そして、曲がり角を曲がる。

「コロ! 走って!」

 少女は叫ぶと、天使から逃げるように家に向かって走って行った。


 天使は何が起きたのか分からなかった。天使は神様に言われて、地上を見守っているだけだった。少しおめかしをして、見てくれたら嬉しいなと、少女を見守っていただけだった。


「お母さん、ヘンな人に追いかけられた!」

 犬を抱きかかえ、少女はそう言って家に入った。


 バタンとドアが閉まり、慌てたように鍵をかける音がする。少しすると、なんでこんなに遅く出かけたのだとかコロの散歩がという母子の声がした。


 天使はちょっと悲しかった。

 でも、気づいてもらえて、少しだけ嬉しかった。


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天使の深夜 玄栖佳純 @casumi_cross

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