決して見るな・探すな・関わるな
三咲みき
決して見るな・探すな・関わるな
俺は深夜の散歩が大好きだ。
通りにはほとんど誰もいない。世界は自分だけのもの。それがとてつもなく気持ちがいい。
今日も静まった夜の街を闊歩する。
夜の10時ごろまでは、まだ人通りもあったり、車の音が聞こえたりと、割りと騒がしい。一軒家からは部屋の明かりがもれており、そこに人の温もりを感じる。
しかし午前0時を超えたあたりから、一気に人の気はなくなる。みな寝静まり、聞こえるのは自分の足音だけだ。俺が散歩をするのは、いつも午前0時を回ってからだ。
いつもと同じ通りも、時間帯が変わるだけで別世界に来たような気持ちになる。ずっと家にこもって仕事をしてる俺にとって、冷たい夜風と静かな街はとても心地がいい。
俺はいつもの散歩ルートをたどった。まずは公園の近くまで行き、その次は大通りに出る。そして信号を渡って、大通り沿いをゆっくりと歩く。最寄り駅まで歩いてきたら、また信号を渡り、自宅に向かう。
時間にしておよそ20分。
散歩の間、何も期待しないわけではない。俺は専業作家だ。深夜の街を歩けば、ネタの一つや二つ、掴めるのではないかと。気晴らしをするついでに、辺りを見渡し、この世のものではないものと遭遇する可能性を考えた。散歩ルートを逸れて、奥まった路地も行ったりした。
深夜の散歩をはじめておよそ半年。その間、取り立てて珍しいものとは遭遇していない。
自宅近くの団地まできた。ここまできたら、あと10分足らずで家につく。
ふと、前方を歩く女性が気になった。10メートルほど前を歩いている。トレンチコートにパンプス。肩からはショルダーバッグを下げている。おそらく仕事帰りだろう。遅くまでお疲れさまだ。
その彼女がちらちらとこちらを見ている。
俺は内心舌打ちをした。
こういうことは少なくない。彼女は俺を不審者と思っているのだ。自意識過剰も甚だしい。だれもあなたに興味はないというのに。
とはいえ、彼女が俺のことを不審者だと思うものわかる。黒のダウンジャケットに黒のニット帽。このご時世だから、誰とも会わなくてもマスクはしている。
まあ、怪しいわな。
彼女は再び後ろを見た。そして逃げるように走り出した。
おいおい。勘弁してくれよ。頼むから警察に通報したりしないでくれよ。そうなったら俺は深夜の街を歩けなくなる。
彼女は角を曲がって、その姿は見えなくなった。
俺はふーっとため息をもらした。すると奇妙な音が聞こえた。
ズッ……、ズッ……。
それは何かを引きずるような音だった。
ズッ……、ズッ……。
俺は立ち止った。
ズッ……、ズッ……。
その音は俺のすぐ後ろから聞こえる。背中に嫌な汗が流れた。
感じる。背中にピッタリとくっつきそうになるくらい、何かの気配を近くに感じる。
おれは気づいた。彼女は俺を見て、逃げ出したんじゃない。
俺の後ろのナニカを見て、逃げ出したんだ。
自意識過剰なのは俺の方だったらしい。
俺は振り返ることなく、一目散に自宅を目指した。
***
結局俺の後ろにいたのは一体何だったのか、今でもわからない。ただ、深夜の散歩はもうこれきりにする。もう決して、深夜の街に目を凝らしたり、首をつっこんだりしないようにする。
決して見るな・探すな・関わるな 三咲みき @misakimaru
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