深夜の散歩で起きた出来事あるいは……

橋本洋一

出来の悪い悪夢

 タカシは一人、暗闇を歩いていた。

 澄み切った夜空。散歩にはもってこいだった。

 しかしタカシは寝ているのか起きているのか、分からない目つきで、一定の速度で歩いていた。


「あのさ、そこの人」


 タカシに話しかけたのは血まみれのナイフを持った男。

 えらく興奮している――人を刺したのだろう。

 男は一見、黒いレインコートを羽織っていた。


「俺さ、ここいらで騒がれている通り魔なわけよ」

「…………」

「それで今、一仕事終えて帰ろうかなって思っていたんだけど。ちょうどあんたを見つけてさ。これは運命かねえ。もう一人殺したくなったよ」


 タカシはぼうっとしたまま何も答えない。

 そんな様子の彼に殺人鬼はやる気を殺がれてしまう。


「肝が据わってるみてえだなあ。殺すのが面白くなるじゃあねえか」


 ナイフをタカシに近づける殺人鬼。

 それでタカシは微動だにしない。

 ふと、パトカーのサイレンが鳴った。


「なんだよ。せっかく楽しいところだったのに」


 殺人鬼はそのまま逃走を始める。

 タカシはその場にいた後、歩き始める。


 ざわつく喧騒の中にタカシは吸い込まれていく。

 周りの人間は「また殺人鬼が出た」と騒ぐ。


 それらを一切無視してタカシは歩く。

 そのタカシに警官が「あのう。すみません」と声をかけた。


「そんな恰好で、どちらへ行かれますか?」

「…………」


 タカシの服装を見て警官が心配そうに声をかける。

 しかしタカシは黙ったままだ。

 困った警官は相方を呼ぼうとする。


「おーい。こっち来てくれ」

「うん? ……なんだこの人は?」


 相方の警官も不審そうな顔をしている。

 タカシは黙ったままだ。


「どっかの病院から抜け出たのか?」

「分からない。とにかく――」


 このとき、警官の無線に「殺人鬼を見つけた」と連絡が入った。

 二人は顔を見合わせて急いで現場へと向かう。

 タカシはそのまま、歩き出す。


 もうすぐ夜が明けるという時刻。

 タカシは家の前に着いた。

 鍵がかかっていないドアはすんなりと開いた。


「なんだ……あんたか……縁が合っちまったな……」


 倒れているのは発砲された殺人鬼だった。

 もうすぐ死ぬだろうと分かる顔色。


「俺としたことが、してやられたよ……」

「…………」

「なああんた――」


 このとき、殺人鬼はタカシの様子に気づいた。


「あははは。そういうことか……」


 殺人鬼はそのまま意識を失った。

 タカシはそのまま自室に向かった。

 そしてベットに仰向けになる。


 タカシは夢遊病者だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

深夜の散歩で起きた出来事あるいは…… 橋本洋一 @hashimotoyoichi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説