欠落

大事な感情

カフェで話をしている二人組がいる。

どうやら友達同士のようだ。

「そういえば…」

と目の前に座っている友人が話しだした。

「この前ね、家の廊下歩いてたら真っ暗な脱衣所から青白い子供の手がぬっと出てきてね。

だから、ドアを思いっきり締めて手を挟ん　　　　　　

だら慌てて引っ込めた」

と当たり前のように話すのだが…

話しを聞いている相手が驚きの表情を浮かべる。

だが、その反応に対して不思議そうに

「何で驚いてるの？」

と質問した。

「…いや、それって怖くない？

なんか、変な場所とか行った？」

「怖い？何が？」

「………」

「それでね、次の日、朝起きて布団から出　　　　　　　　　

ようとしたら目が真っ黒で肌も青白い

子供が横に寝てて

『もう、起きるの？』

って瞬（まばた）きせずに言うのよ。

だから

『うん、起きるよ』って言って朝ごはん食べた」

「……それ、絶対おかしいよね…

めちゃくちゃ怖くない？」

「あ…怖かった？」

そう、この不思議な友人はどうやら恐怖という感情が人よりも鈍（にぶ）いようなのだ。

鈍いどころか恐怖心がないと言っても

いい。

「怖いものは何？」

という問いにいつも長い沈黙があり中々（なかなか）答えが返ってこない。

だから自然と話は別の話題へと変わって

いく。

この前は、なんて言ってったけ？

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『仕事が休みの日はだいたいホラー映画を見てるんだけど、その日は夜になってから幽霊係（ゆうれいけい）の映画を見てて見終わったのは夜中の一時くらいだったかな。

さて、寝ようかなと思ってたら

ガシャンって

大きな音とともに掃除機が勝手に

倒れてさ。

ここアパートだから夜中に大きな音とか

困るのよ。

下の人とかビックリするでしょ？

まあ、とりあえず歯磨いて、トイレに行こうとしたら寝室から子供のクシャミが聞こえてきて。

あらあら、何か聞こえたなと思ったけど、

眠かったしそのまま寝たんだよね』

よく眠れるよね…と確か言ったと思う。

普通怖くて眠れないとか今日は寝室で寝るのやめようとか思うよね…って。

あとは、何だったけ。

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『ガスコンロの火を見ると指を突っ込みたい衝動にかられる。

必死で我慢してるけど』

なぜそう思うのだろう…。

そういえば、友達四人でお弁当を公園で食べていたら

見たこともない大きな蜂が現れて

逃げ 惑（まど）う友人達を尻目に

『人の弁当を狙うなんて！』

と言いながら全員の弁当の蓋（ふた）を

果敢（かかん）にも閉めに行っていたな。

あれ、刺されてたらヤバかったと思うよ…

キャンプ場でムカデを見たときは斧を持ってきたね。

どこから持ってきたの…

何か恨みでもあるのか分からないけど執拗（しつよう）に殺してたね。

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ちょっと危ない人に絡（から）まれたこともあった。

何もしていないのにいきなり怒鳴りつけてきたのだ。

でも、友人は笑顔でいつも通りに接して

いた。

何を言っても丁寧に返すものだから

そのうち相手と打ち解けて

『さっきはごめんね。いきなり怒鳴って』

と謝らせて“それじゃね”とバイバイして

いる。

いや……友達か？

そんな友人を心配していたら悪い予感は

当たった。

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『夜中に小腹がすいてコンビニに買い物に行ったんだけど、

いきなりナイフを首元に当てられて人質に

とられたんだよね。

強盗だったのよ。

大人しくしろだの、騒ぐなだの言っていたけど、お前が一番騒いでるしうるさいと思って。

周りの人達は顔を引きつらせて固まって

るし。

さて、困ったものだ。

お腹が空いてるから早く帰りたいし』

その後も店員さんと強盗のやり取りは続いていたそうでその間、友人は強盗犯に振り回されているのだが、真顔でまるでマネキンのようだったとその場にいた人達は後（のち）に言っている。

そのまま大人しくしとけばいいものを

友人は爆弾を投下する。

『お腹が空いたので早く帰りたいです。

あなたはどうせ監視カメラとかにバッチリ映ってるだろうから身元われて逮捕だし』

その場にいた全員が凍りついたのは容易（ようい）に

想像ができる。

強盗犯は逆上して友人を脅したらしいのだが…

『はい、はい。

それでは会計を済ませて早く帰ります。

あれだったら財布の中のお金あげてもいいけど、そんなことしたらあなたが犯罪者になっちゃうからね。

それはできないね。

あ、あげるなら犯罪にはならないのか』

この人はアホなのだろうか…

もう立派な犯罪者だよ？

強盗しようとして、人質とった時点でもう充分に犯罪者だよ？

この薄気味の悪い友人にみんなが違う意味で恐怖を感じたようだ。

もはやこの場にいる誰よりもあなたが一番怖い。

強盗犯にしつこく自分の財布の中身をあげようとする友人、それを気味悪がって拒（こば）む強盗犯。

もう訳が分からない。

そのうち何も盗（と）らず逃げるようにコンビニを後にしたのだとか…

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何が怖いかと聞かれたら大抵（たいてい）の人は何かしら答えが返ってくると思う。

幽霊、犯罪、虫、人間、死…

ただこれらを含め何も怖くないという人間が存在する。

恐怖を知らない人間が一番怖いのかもしれない…

友人を見ていていつも思う。

恐怖とは一体なんだろう。