風来彷――深夜の散歩にて――
如月風斗
第4件
夜の更けた頃、俺はコンビニから自宅へ帰る。別に大した用があったわけでは無いが、つい外に出たくなってしまった。深い闇の中、深呼吸をする。
少し歩くと、遠くでサイレンの音が聞こえてきた。つくづく物騒な世の中だ。さっさと家に帰ろう。そう思った矢先、後ろから聞き覚えのある声がした。
「いやぁ、こんな時間に奇遇ねぇ」
「あぁ! 深田さんじゃあないですか」
大袈裟に目を見開き、俺は返事をする。早く家に帰りたいが、そうもいかなそうだ。深田さんは最近働き始めたパン屋の先輩パートさんである。話好きで穏やかなパン屋のお母さん的存在だ。
「夜遅くにどうしたの? お買い物?」
「はい。ちょっと買いたいものがあって。深田さんはどうされたんですか」
『ふふっ、私もよ』と深田さんは手を上下に振る。その度に手に提げたビニール袋がシャカシャカと揺れる。話が長引かないうちにとっとと帰りたいのだが。
「私帰りはこっちの方なんだけど、あなたは?」
俺はそっちじゃ無いんです、そう言いたかったが、残念ながら俺も同じ方向であった。遠回りをするとだいぶ時間がかかってしまう。
結局俺は途中まで深田さんと帰ることになってしまった。こんな夜に仕事仲間と散歩をすることになるとは。
「深田さん、お子さんがいらっしゃるのに大丈夫なんですか」
「大丈夫。うちは子供って言っても、もう大学生と高校生だから」
そういえばそうだった。こないだも大学受験がどうという話をしていたが、すっかり忘れていた。いつも深田さん家族の自慢や出来事を聞かされているが、俺の耳からは抜けている。
しばらく世間話をしながら住宅街を歩いていると、遠くで人が集まってガヤガヤとしており、物々しい。よく見るとパトカーや消防車が数台止まっている。どうやら火事らしく、封鎖され本来の道が使えない。仕方無い、結局遠回りをすることになってしまった。
何か理由をつけてさっさと帰ろうと深田さんの方を見ると、深田さんは口をぽかんと開けて立ち尽くしていた。一体どうしたのか。
「深田さん? 深田さん」
「あれ、私の家なの……」
「えっ……」
不運にもあの家は深田さんの家だったらしい。家族は大丈夫なのか。それにしても早く帰りたいときに限りトラブルが起こるとは――。まったく、放火をする奴の気がしれない。なんの得も生み出さない最低な行為だ。
遠くからは家の状態は見えないものの、野次馬たちの会話でそこまで燃え広がらなかったことが分かった。どうやらけが人もなく皆無事らしい。
「深田さん。ご家族は念の為に病院へ行ったそうです。深田さんも行ったほうが良いのでは?」
返事がない。よっぽど我が家が火事になった事がショックなのだろうか。俺が病院まで付き合うべきなのか。
『深田さん!』と何度呼んでもやはり返事は無く、深田さんの肩を揺らしてもう一度叫んだ。
「病院、行きましょ!」
「はあ、どうしてなのかしらね」
ボソッと小さな声で、確かに俺にはそう聞こえた。深田さんの手からビニール袋が抜け、カタッという音を立てて落ちる。暗闇の中、一瞬、俺はその袋からマッチ箱特有の古臭いイラストが覗いた様に見えた。
風来彷――深夜の散歩にて―― 如月風斗 @kisaragihuuto
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