7. 付加価値をつけましょう

「え?」

「……女王の妹なのに?」

「嘘だろ」

「だから闇の精霊も呼び出せないの。役に立たなくてごめんなさい」


 なんとも言えない沈黙が落ちる。ちくちくと突き刺さる視線が痛い。現実逃避に、針のむしろとはこういうことか、とディアナは明後日なことを考えてしまう。

 やがて、皆の意見を代表するようにダミアンが言った。


「……言葉だけじゃ信用できない。実際にやってみて」

「わかったわ」


 先ほど渡された精霊札を一枚手に取り、霊力を流す。崩し文字は一度鈍く光ったが、すぐに黒い文字に戻った。いつも通りの結果だ。


「それ、ちょっと貸して」


 納得していないようなクロイツに精霊札を渡す。クロイツが目を閉じると、文字が金色に光る。だが札が燃え尽きる前に霊力を解放したのか、札は黒い文字に戻った。


「精霊札に細工はないみたいだね。ってことは、本当に使えないんだ?」

「……うん」


 同情的な視線を送る男子二人とは対照的に、フロラルは冷めた目で見ている。もしかしたら、こうなることは予想していたのかもしれない。


「とりあえず、次はどうしようか。予備も残っているけど……まだ大きくする? それとも違う要素も取り入れる?」


 重い空気を払拭させるためか、ダミアンが話題を引き戻した。それに答えたのは意外にもフロラルだった。


「点数を多くもらうためには、大きさよりも、付加価値をつけたほうがいいんじゃない?」

「確かに……。何がいいかな」

「それなら、戦闘機能をつけるとか! 半径一メートル以内の敵をやっつけるとか! 絶対にカッコいい!」

「クロイツ……。これは遊びじゃないんだぞ。それに、そんな複雑な機能、つけられるわけないだろーが」


 ダミアンからクロイツにげんこつの制裁が入る。


(付加価値かぁ……。うーん、何がいいかな?)


 目からビームから出たら迫力はありそうだが、ダミアンの反応を考えると、とても言い出せる勇気はない。二足歩行ができる土人形を見つめながら、ひたすら首をひねる。体が傾きだしたあたりで、ふと妙案が思い浮かんだ。


「ね、ねえ。ジャンプするのはどうかな? 歩くのはどの班も考えることだと思うけど、ジャンプできたら障害物をよけることもできるよね?」


 ディアナの発案を聞いて、三人が沈黙する。それぞれイメージしているのか、空を見上げている。やがて、クロイツが口を開いた。


「うん。いいんじゃね? 障害物にぶつかったら、ジャンプさせる! ずっとは無理だろうけど、少しの間なら精霊に手助けしてもらえるだろ」

「……そうだな。それでいくか」


 ダミアンの許可が下り、ディアナはホッと胸をなで下ろした。精霊術で協力できない以上、アイデアを出すぐらいはしなければ面目が立たない。


「さて、ジャンプは精霊に理解してもらうために、明確なイメージができるやつが術を使う必要があるが……誰がいいか」

「イメージなら俺に任せろ! というか、やりたい! させて!」

「…………」


 最後は懇願に近い叫びに、皆の目が生ぬるいものになる。けれど、その反応にめげた様子はなく、クロイツはまっすぐに伸ばした右手を挙げ続けている。


「一応聞くが、異論がある者はいるか?……いないようだな」

「よっしゃ! 景気づけに五枚使ってやろうぜ!」


 ダミアンとディアナが持っていた精霊札を無言で差し出す。それに一拍遅れてフロラルも予備の一枚を出した。それらを満面の笑みで受け取り、クロイツが立ち止まっている土人形に追加の魔法をかける。

 きらきらと光の雫が舞い降りた後、土人形は一歩ずつ歩き出した。

 クロイツがダミアンとアイコンタクトを取り、クロイツが土人形の進行方向に立ち塞ぐ。すると、土人形は彼の体にぶつかった後、膝を曲げて跳躍した。


「…………」


 タンッと着地し、土人形はまた歩き出す。驚異的なジャンプに呆気にとられていると、のんびりとした声が近くからした。


「いやー、今のはすごかったねぇ。採点しておくから、あの子、そろそろ止めたほうがいいんじゃない?」


 ハイネがバインダーに何かを書き付けて、そのまま去っていく。

 ゆっくり歩いていたはずの土人形はなぜか早足になっており、クロイツとダミアンがダッシュで追いかけていく。その姿を見送り、振り返ったディアナは固まった。

 二メートルはある土人形が犬のように両手両足を地面につけて、まっすぐこちらに走ってきているところだった。遠くから、逃げて、という悲鳴が聞こえてくる。

 暴走状態の土人形を止める手段はない。いつもはつんと澄ましているフロラルも驚いて固まったままだ。


(このままだとぶつかる……!)


 ディアナは頭で考えるより先に、フロラルの前に出た。彼女を守るように両手を伸ばして行く手を塞ぐ。そのとき、意識が戻ったフロラルの怒声が後ろからした。


「ちょっ……! 何してるの、早く逃げなさいよっ」


 スピードがついているぶん、まともにぶつかったら吹っ飛ばされるかもしれない。眼前に迫った人形から身を守るように顔の前で腕を交差する。

 だが、いくら待っても衝撃は来ない。不思議に思って瞼をゆっくり開くと、大きな土人形は姿を消していた。代わりに、先ほどまでいた場所に山盛りの土がある。


(え……?)


 ディアナは何もしていない。ただ、ちょっと触れただけだ。その証拠に指先に土がついている。自分の両手を見下ろし、首をひねる。


「これは何の騒ぎだ? 何があった?」


 フォルカーが騒ぎを聞きつけてやってくる。

 呆然と立ち尽くすディアナを見て、フロラルが一連の事のあらましを説明する。巨大な土人形を作った班のメンバーも加わって、事情聴取が始まった。次々に何が起きたのかを話し出し、最後にディアナに視線が集まる。


「それで? ミルレインが触れた直後に人形が土に戻ったということだが、何か心当たりは?」


 フォルカーが淡々と尋ねるが、心当たりなどあるはずもない。力なく首を横に振る。


「私は何もしていません。精霊術は私には使えないし、私にも何が何だか……」

「だが普通なら、触れただけで精霊術を解除するのは不可能だ」

「でも、本当なんです……」


 らちが明かないと思ったのだろう。フォルカーがため息をつく。そこへハイネがひょっこり顔を出した。


「なに、このどんよりした空気。何が起きたの?」

「ハイネ先生。それが……」


 他の班の生徒が状況を簡単に伝え、ハイネがふんふんと頷き返す。ひととおり聞いた後はうつむくディアナの前で少し屈み、視線を合わす。


「顔を上げて、ディアナ。怖かったね」

「……ハイネ先生」

「大丈夫。きっと、たまたま精霊術の効力が切れたんだろう。君のせいじゃない」


 優しく語りかけるハイネの言葉に、ディアナは頷くだけで精一杯だった。

 結局、ディアナの班は評価A、暴走を起こした班は評価Cという結果で、実技試験は幕を閉じた。

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偽りの満月の姫は敵国の皇太子に溺愛されています 仲室日月奈 @akina_nakamuro

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