6. 実技試験なるものがあるそうです
初めての定期試験が終わった後は実技試験があるらしい。
座学は毎日の予習復習が功を奏してか、満足のいく出来映えだった。少なくとも、これで女王の妹は勉強ができないという噂は立たないはずだ。
しかし、実技試験の内容は当日まで生徒側には知らされず、何一つ備えることができなかった。正直、不安しかない。
ただ、それはディアナだけではなかったようで、校庭に集められたクラスの全員がこれから何が起きるのかと、互いに顔を見合わせていた。
場所も学年ごとに異なり、三年生は講堂、二年生はメディアルーム、一年生は校庭だ。試験はクラスごとに違うらしく、試験時間も各クラスで違う時間が指定されていた。
(一体、何をさせられるのかしら……)
不安がピークにさしかかったところで、担任のフォルカーが赤髪の青年を伴ってやってきた。誰だろうと背伸びしたとき、フォルカーの横に並んだ男と目が合った。
(……え?)
年齢は二十五、六くらい。会話をしたのは一度きり。だが、その嘘くさい爽やかな笑顔は一度見たら忘れない。
記念式典で親善大使として出席していた男だ。
(名前は確か……ハイネ・シュベルツ……)
ディアナに留学する気はないかと誘った張本人だ。そして、月の民の宝が行方知れずになった原因に一番近いであろう人間である。
最も疑わしい人物の登場に、心臓が騒ぎ出すのがわかる。けれど、今はまずい。
相手は親善大使を任されるほどの優秀な人物。安易な気持ちで詰め寄ったところで、はぐらかされるのがオチだ。
「あー。今回の試験は精霊術を使う。お前たちの試験には、この学園の卒業生でもあるハイネ先生と共同で担当することになった」
「フォルカー先生。どうしてハイネ先生なんですか? 他の先生じゃだめなんですか?」
一人の生徒の質問に、ハイネがにこやかに答えた。
「簡単に言えば、宮殿で働く人材のチェックを兼ねていまーす!」
簡潔明瞭な答えが返ってきて、一気にどよめきが広がる。未来の就職口の斡旋に皆、目がギラギラとしだした。
ハイネはその反応は予想の範囲だったのか、別段戸惑った様子はなく、淡々と説明を始める。
「太陽の皇国でも精霊を使える人が少ないのは皆も承知だと思うけれど、精霊札を使っているのは何割の人間だと思う? じゃあ、クロイツ。答えてもらおうかな」
いきなり名指しにされると思っていなかったのだろう。クロイツはおろおろと左右を見渡し、混乱した様子で自分を指さす。
「え、俺?……えっと、五割くらい?」
「残念、正解は七割だ」
クロイツの横にいたダミアンが、澄まし顔でフレームのブリッジを押し上げながら質問する。
「ハイネ先生。残る三割は無詠唱で呼び出せるってことですか?」
「無詠唱は一部だね。皇国の精霊騎士団や皇族関係者が多い。他には生まれながら精霊に好かれている人間は、特別な訓練なしに無詠唱で呼びだせるらしいが、真偽は不明だ。ちなみに、先生は精霊札使いだ」
ハイネは持っていた木箱を降ろし、その中から見覚えのある和紙を一枚取りだした。
「君たちには、この精霊札を使って土人形を作ってもらう。一人の力では作るのに限度があるだろうが、四人もいればそれなりの人形が作れるだろう。大きくするもよし、大量生産するもよし、精度を高めたものを協力して作ってほしい」
「ここからは班に分かれて作業してもらうぞ。名前を呼ぶから、前に出てこい。まずAグループは……」
フォルカーが順に名前を呼び、班分けがされていく。ディアナの名前はなかなか呼ばれない。ケイトとルーカスは別の班になった。辛抱強く待っていると、とうとう最後まで名前が呼ばれなかった。
絶望した気分でフォルカーを見やると、目を細められた。
「あとは、残ったお前たちが最後の班だ」
「…………」
残ったメンバーはディアナ、フロラル、クロイツ、ダミアンの四人だ。ダミアンが率先して精霊札を人数分、取りに行った。それを一人一人に渡す。予備も含めて一人二枚だ。
全員の手元に精霊札が行き渡ったのを見て、ハイネが声高らかに宣言する。
「時間は一時間。これぞと思った作品ができた班から見せに来るように!」
ディアナの班は、ダミアンが仮の班長となって校庭の東端に移動した。フロラルは終始無言だし、クロイツはダミアンと「このくらい余裕じゃね?」と軽口を叩いている。
(ど……どうしよう。私、絶対足を引っ張るわ……!)
月宮殿でディアナが精霊術をろくに使えないことは周知の事実だった。けれど、ここは違う。ロイヴァートやフォルカーはともかく、ディアナが『新月の巫女』であることを知る者はいない。
なぜなら、ディアナ以外の班員ができて当然という顔をしているのだから。
「さて、まずは誰からやるか……」
ダミアンの一言に、真っ先に立候補したのはクロイツだった。
「はいはい! 俺がやる! すごいのを作ってやるよ!」
「ちゃんと動けるタイプにしろよな」
「わかってるって」
いつもは笑い担当の彼だが、精霊術を使うときの顔は真剣だ。ほどなくして下位精霊を呼び出す術式が書かれた崩し文字が金色に光り、小さなボールサイズの淡い光がぽわんと浮かぶ。
「よし、この土を媒介にして土人形を作れ」
クロイツの命令に淡い光が地面に吸い込まれ、ポコッと土が盛り上がった。他にもポコポコと土が盛り上がっていき、中から手のひらに載るサイズの人形が起き上がった。
全員でそれを見下ろすと、ダミアンが渋い声を出した。
「形はいいが、小さいな……」
「うっせ! 次はお前の番だぞ。ダミアン」
「わかってる」
ダミアンは精霊札に霊力を流し込むと、もっと大きくせよ、と命令した。周囲の土を放射状に集め、土人形は膝丈の大きさまで成長した。
フロラルは男性二人の視線の意図に気づいたらしく、ひとつ息をつくと、ダミアンと同じ命令をした。今度は腰のあたりまで大きくなっている。
「次はディアナの番だな」
「…………」
「どうした?」
クロイツの無邪気な問いに、ディアナは萎縮しながらも口を開いた。
「あの……私、精霊術が使えないの」
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