第2話
「結婚かあ・・・それはないかな。」
その日の夜、思わせぶりに彼の前でゼクシィをながめている私に
一番聞きたくなかった言葉が聞こえた。
「え・・・」
「ん?」
こともなげな様子の彼に、私は何も言えなくなってしまった。
当時29歳という微妙な年齢だった自分と彼のあいだに共に歩む未来はないのだと
思い知らされた瞬間だった。
それから間もなく、私は婚活パーティーで知り合った今の夫と電撃結婚、退職してしまう。
以来、彼とは会っていない。
その後についても知る由もない。
「彼はどうしているだろう・・・」
ガタンゴトン
ぼんやりと車窓を眺めながら、三年前に思いを馳せる。
と、ふいに視線を感じて目をやった。
ドクン!
心臓が飛び跳ねる。
「彼だ!」
たった今思い出していた人が、人混みの間からこちらを見つめている。
突然のことにびっくりしてしまい、不自然に視線をそらす。
「どうしよう・・・」
本当に彼だった?!
もう一度視線をやる。
懐かしい瞳がこちらを見つめ続けている。
今にも立ち上がってこちらへやって来そうな気配。
なんて言えばいいのだろう。
何も言わずに突然会社を辞めて結婚してしまった自分が、何を言えるのだろう。
膝の息子のつむじを見つめながら唇をかむ。
もしもあの頃、彼が結婚を考えていてくれたならきっと今頃は彼の子供を抱いていたのだろうな・・・
人生で一番愛した人と結婚して可愛い子供に恵まれて、今より幸せで満たされる日々を送っていたのかな・・・
「ママ、いたいー。」
はっとしてきつく抱きしめた腕をゆるめる。
「ごめん、ごめん。」
今の息子の存在を否定するような妄想に猛省する。
と、降車駅にもうすぐ到着する旨のアナウンスが耳に入る。
彼がやって来る前に行ってしまおう。
何を話せばいいのかわからない。
いまだに恋焦がれて忘れられないこの想いを知られてはいけない。
停車した電車のドアが開くやいなや、私は息子を抱きしめたままホームへ飛び出した。
一度も振り返らず、足も止めず、真っ直ぐに改札口へむかう。
涙が溢れて溢れて景色が歪んで見えた。
これでよかったのだ。
あの頃振り返らず前にすすんだように、今日だって振り返らない。
どんなに後悔してももう元には戻れないのだから・・・
改札を越えたら、もとの私に戻る。
なんの変哲もないけれど、それなりに幸せな日常に帰って行く。
自分に言い聞かせて切符を滑り込ませようとしたその時、誰かが腕を掴んだ。
誰かなんて、決まっている。
あと少しで逃げ切れたのに。
「ひさしぶり。少しいいかな・・・」
大好きだった優しい瞳が声が私を捉えて離さない。
「会いたかった。」
この再会を未来の私は後悔するのだろう。
沈愛 @ve_ev365
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