第47話 最高のクリスマス
「そう、私にだって若い時はあったの。モリアーティ君、それでいい? 少なくとも人は殺さなくて済む。命が残ってさえいれば、治療は私が何とかする、いつでも呼んでちょうだい。
但し、祝福の力も半減してしまうの。今までみたいに人を助けようとして、「○○○は死なない」と言っても成功率は半分。占いに近いから、誰もあなたに言霊の力があるなんて思わなくなる。どう?」
「助けられない? さっきみたいに五代目が殺されそうになっても、止められないの」モリアーティは躊躇した。
「それで良いんだよ、それが普通なんだ。普通を選んでよ。みんな死ぬ時は死ぬんだよ。自分の思い通りになる人生なんて、誰も持ってやしないんだから」
五代目が叫んだ。当然だろう。彼はそうやって生きてきたのだから。
「だったら、普通ってすごく心細いもんなんだな。俺、人も殺さないけど、誰も助けられなくなるんだ。それは嫌だ。俺、自分の事を助けられないのは仕方ないと思ってるけど、目の前にいる誰も助けられないなら、今のままでも良い」
「だってそれじゃ問題の解決にならないよ」
モリアーティの言葉に五代目は困っている。
「マザー、その魔法を使えば、言霊の力は半減するんだな。つまり正確に50%」
「ええ、そうなると思うわ」
思った通りのマザーの返事、ならば手はあるぞ。
「ではこう言ったらどうなる? 『○○○は死なない。この願いを二倍叶えよ』半減言霊の二倍増し、50%+50%=100%。どうだ?」
「「「「「あ!」」」」」
その場の全員がびっくりした。
「それで上手くいくと思う。凄いわ……結局いつも問題を解決してくれるのは、魔法もお金も権力もないホームズさんなのね」
その通り、頭脳の価値を侮ってはいけない。
「但し、『お前なんか死んじまえ。この願いを二倍叶えよ』と、言ったら死人が出る。言わないと約束できるか、モリアーティ」
「言わない、絶対に言わない! 約束する」
モリアーティがものすごい勢いで首を縦に振る。
「本当ね、嘘つくと鼻が伸びるわよ(*注)」
マザーは頷くと、『呪い半減』の魔法をかけた。
「よかった」
ウサギ娘と五代目が抱き合って泣いていた。
ドックも、クイから抜いた動かないB・Bの体と、アイリーンの頭を抱えて泣いていた。
「ありがとう、B・B。アイリーンを守ってくれて。今度こそキチンと埋葬するからね」
「私の分もお願いね、私も二人……ううん、B・Bの赤ちゃんも入れて三人殺している。生き返る資格なんてないのよ」アイリーンも泣いていた。
その時、上の方で声がした。割れた窓からからこっちを見下ろして何か叫び、こっちに向かってこようとしているようだ。
「まずい。黒兎、ホールを開けて……おいマザー! 黒兎の奴、まだ真っ白じゃないか」
「怪我とか病気じゃなくて、エネルギー切れなの。休む以外に、回復する方法がないから、すぐには無理なのよ」
その時、モリアーティが叫んだ。
「珊瑚君は今すぐ回復する。この願いを二倍叶えよ」
即座に黒兎は、真っ黒に戻り、ピョコンと二本足で立った。
「黒兎、ホールを開けてくれるか?」
私の言葉への、黒うさぎの返事は
「ヨロコンデー!」だった。
ホールは開かれ、全員が穴にとびこみ、無事脱出した。
◇
帰ってすぐ、モリアーティはB・Bとアイリーンの墓を掘り起こし、首と体を正しく埋め直した。葬儀社の担当は確認が甘いと、相当絞られたようだ。
しかしあれほどそっくりな二人では、間違うのも無理がないので気の毒な話である。
兎娘と五代目は、クリスマスに結婚式を挙げた。
良くスケジュールが空いてたと思ったら、モリアーティの奴、「二人はクリスマスに結婚式を挙げる。この願いを二倍叶えよ」と言ったのだ。
きっと誰かキャンセルしたカップルがいたんだろう、気の毒に。
今度は、私も出席した。
「ホームズさんは五代目の結婚式に出席する、この願いを……」以下同文。
モリアーティのやつ、やりたい放題だ。
「最高のクリスマスプレゼントです」と二人は言っていたし、モリアーティが「やっと五代目を喜ばす事できたー」と式のあいだずーっと感激して泣きっぱなしだったから、まあ良かったんだろうな。
◇
無事に全てが終わり、家に帰った私だが困っている事がある。ノックの音が怖いのだ。
ビクッと全身が硬直し、一瞬動けなくなる。ただの郵便配達や、通いの家政婦の悪気のないノックとわかっていても。だから合図には、必ずドアにつけた呼び鈴を使ってもらっている。
もう一つ気になっているのは、黒兎の事だ。あの結婚式での目つき。
あいつ本気で、自分の嫁になる女の子の兎を二人に産ませる気のようだ。
何しろあの時、モリアーティは言霊100%であれを約束したのだから。
五代目が兎になって、ウサギの女の子が生まれて、黒兎の義理の父親になって、バージンロードを娘と歩く。祭壇の前には指輪を持って二本足で立つ黒兎がいて……
いやいやいや、違うだろう!
全部夢だったと思いたい。しかし、このノック恐怖症がそれを否定する。
どうか、誰も来ないでくれ。誰もノックをしないでくれ。
その時、ノックの音が――(硬直!)
「おいシャーロック、居るんだろう? 私だ、兄のマイクロフトだ。開けてくれ」
*******
(*注)ディズニーアニメ・ピノキオ(1940年)ジムニー・クリケットに本当のことを言うよう忠告されたのに、嘘をついたピノキオの鼻は伸びてしまうのです。
最近の学説で、人間は嘘をつくと鼻は伸びないけど、鼻の先の温度が低くなると言う研究結果が出ています。
ピノキオの主題歌「星に願いを」は私の中のベスト・オブ・ディズニーソング。1940年アカデミー賞、作曲賞・歌曲賞受賞。映画史における偉大な歌百選・七位に選ばれています。
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