第46話 マザーの呪い半減法

「モリアーティ、君は良い子だ。そうでなきゃ私は来なかった。五代目も泣いたりしない。シンバはお前のために迷わず飛び降りたし、黒兎なんて力を使い尽くして、真っ白になるまで頑張ったんだぞ」


「そうよ、ありがとうね珊瑚。マザー、早く治してあげて」

 兎娘が泣きながら、白くなった黒兎を抱きしめた。


 私はモリアーティの頭を撫でた。

「みんなお前が好きなんだ、あんまり自分を卑下するもんじゃ……ウッ!」

 私は思わず顔を顰めて手を引いた。


「ちょっと、ホームズさん、指の骨折れてるわよ!」

 マザーが慌てて回復魔法をかけてくれた。

 あんなことくらいで骨折。歳はとりたくないもんだ。


「ごめんなさい……」モリアーティが泣いていた。



 その声に、重なるもう一つの泣き声。ドックだった。

 割れた窓から下をのぞいて泣いていたのだ。


「アイリーン……私の、アイリーンが」


 落下した彼女の体は、工事中の柵の一本に心臓を貫かれて、百舌鳥の早贄のようにぶら下がっていた。心臓に杭、アンデッドはもう動いていなかった。

 側にローラーの機械に巻き込まれて、潰れた蛙のように引き伸ばされてぺちゃんこになった体が二つ転がっていた。……生きてはいないだろう。


「少なくとも念願叶って、背だけは高くなって死ねた様だな」


 私の言葉に、のぞこうとしたモリアーティを五代目が止めた。

「モリアーティくんは見ないほうがいいよ。チャーリーとチョコレート工場のキャンディ引き伸ばし機に入ったマイク・ティーピーみたいになってるから」(*注1)


「ドック、アイリーンは元々死んでいたんだ。気の毒だとは思うが、今度こそ首と体を正しく繋いで安らかに埋葬してやらなくては」

 私が、泣き崩れるドックの肩に手を置いて、そう言ったとき――


「こらー!勝手に殺すな。私はここよー」

 なんと、アイリーンの声が下から聞こえてきたのだ。



 ◇



 風の精霊マニトウに頼んで、全員下におろしてもらうと、「ここー、助けてー」と叫ぶ声。

 アイリーンの首だけが、すぐそばの草むらに転がっていた。

 駆け寄り、首をかきいだくドック。


「B・Bが、あの杭に刺さる直前に、私のこと首から引きちぎって投げ捨ててくれたの。だから助かった……あの子最後までお腹を庇って、赤ちゃんのこと守ろうとしてたの。もう生まれることなんてないのに。わ、私が殺したのよ。B・B、御免なさい、自分ばっかり幸せになろうとして、私がみんな悪いのよぉー」

 ドックの腕の中で、首だけのアイリーンは泣きながら謝り続けていた。



 モリアーティはぺちゃんこの死体のそばに座り込んだ。

「また殺しちゃった……二人も」


「B・Bに命じたのは私だ。君じゃない」

 そばに立たった私を見上げてモリアーティは首を横に振る。


「違うよ、僕の言霊が命じたからだ。ホームズさんはそれに従っただけ。汚れ仕事やらせてごめんなさい」


「こんな仕事をしてると、汚れ仕事も何度もあった。それにアイツらは殺されるに値する人間のクズだった。君がやらなきゃ私がやってたかもしれん(*注2)」


 私の言葉に、モリアーティは泣きながら答えた。

「それでも同じ命なんだ。兎だって、ライオンだって、命のあるものには幸せでいて欲しい。でも死んだら、もうやり直しはきかない……生まれ変わってもやっぱりだめだった。良い子になれなかった。きっと俺だけやり直ししようとしたからバチが当たったんだね」


 ――モリアーティ君は、失敗慣れしてる僕なんかより、ずっと傷つきやすいんです。

 全く、五代目の観察眼の正しさには恐れ入る。


「サリーお祖母ちゃんは『お前は親の仇を取ったんだ』って言ってくれたけど、人殺しに変わりはないよ。きっと俺はこれから先も、またカッとなって『お前なんか死んじまえ』って言って誰かを殺すんだ。もうやだよこんなの。ホームズさん、俺やっぱりさっき死んでた方がよかった」


 モリアーティは頭を抱えて下をむいてしまった。

 良い子になろうと頑張ったあげくがこれなのだ、あんまりじゃないか。



「マザー、サンドリヨンの事件の時、私に『仕事の報酬は何か』と聞きましたな。あの時の報酬、“時もどしの水薬”と“時進みの水薬”はあなたにお返しした。だから別の報酬を今もらえないか? 魔法で、モリアーティを助けてやってくれ」


「確かに。ホームズさんは、私に報酬を要求する権利があるわ。でもこの呪いはとてつもなく強いから、私の力じゃ完全には消せないのよ」

 マザーはしばらく考え込んでいた。


「最悪の事態は、死ぬ事。それを『酷い目にはあうけど、死ぬ程じゃない』に変えたら、あなたの目的に叶うかしら? 私は『呪い半減法』と呼んでいるんだけど」


「『呪い半減法』ですか? 初めて聞きますが」

 戸惑う私に、マザーは言った。


「昔は私も未熟で、あまりにも強すぎる呪いを打ち消せなかった時があった。その時、呪いをかけられた姫を守るために使ったのが、呪いの上に祝福を上書きして、力を別の方に逸らせるか、半減させてしまうという魔法。

 紡錘つむで怪我をして死ぬところを、百年の眠りに変えたあの魔法よ」


「ペロー童話の『眠りの森の美女』。あの年若い妖精は、マザーだったんですか!」


 *******


(*注1)映画チャーリーとチョコレート工場(2005年)監督ティム・バートン、主演ジョニー・ディップ、原作ロアルト・ダール。私のお気に入りの三人です。

2015年まで、ウォンカ・チョコレートは本当に売ってて毎年買っていました。

2023年12月、続編「ウォンカとチョコレート工場の始まり」が公開中。


(*注2)コナン・ドイル財団で続編と認められたアンソニー・ホロビツッの「絹の家」で、実際ホームズは犯罪を犯しています。

 元々そういう所のあるキャラクターですが、私はこの話が嫌いなのでムカッとしました。彼には常に正義の人であって欲しいです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る