第34話 ピエロ、愛の墓標
「体を入れ替えたのは何故なの?あれだけはいくら考えても理由がわからない」
アリス嬢が聞いた。
「それが最後の謎だった。私はいつも犯人の立場に自分を置いて、どう行動するかと考える。
本来モリアーティがあんな賭けをしなければ、死体の入れ替えは、誰にも気づかれることなく墓に納まっていたはずだ。
それがなぜピエロの利益に繋がるのか考えた時、一つの仮説が浮かんだ。
憶測の域に過ぎない部分もあるが、ピエロの動機が愛情から来たものなら可能性はあると思ったのだ。
ためしにピエロにこれをぶつけてみよう。彼の完全黙秘を破れると思う。
兎娘、留置所の穴をもう一度開けてみてくれないか?
多分、ピエロにそこで会えるはずだ」
◇
兎穴を通って留置所に出ると、ピエロことチャーリー・チャンがそこにいた。
「アリスお嬢さん、モリアーティさん!」
透明マントを脱いで現れた二人を見たピエロは、モリアーティに縋りついた。
「モリアーティさん、葬儀は無事に終わりました?お墓は完成したんですか」
「え、だってまだ遺体が戻ってないよ。それにこんな騒ぎになってお墓どころじゃないし」
モリアーティが、困っている。
まさか、いの一番にお墓のことを聞かれるとは思わなかったのだろう。
「だがそれが君にとって、一番大事な事なのだね」
透明マントから出てきた私を見て、ピエロは驚いて身を引いた。
「あの、どなたですか?」
「私はモリアーティに雇われた探偵だ。この事件が解決しない事には、お墓は作れないとモリアーティは言っているよ」
「そんな、僕はずっとお墓ができるのを待ってたんです。それだけを待って黙秘を続けてたんですよ。葬儀が無事に済んで、お墓さえ出来れば……」
「正直に何もかも話すつもりだったのかね?」
「そ、そうです」
途端に首に黒い線が現れ、ピエロは苦しげに咳き込んだ。
「私が事件の状況を説明するから、間違っているところがあれば訂正してくれ。私は細かい点まで明らかにしておきたいだけなんだ。いいね?
この事件を聞いた時から、ずっと考えていた。なぜ君は頭のすげ替えなんてことをしたのか。そうする事で、いったいなんのメリットが君に有るのか。
それで、考え方を変えてみた。もし、あのすげ替えがバレずにそのまま葬儀が済んで墓が建てられていたらどうなっていたかと。
表向きは姉のアイリーンの墓、だがその本当の中身を君だけは知っている。
一つの墓の中に姉と妻とお腹の子供。
完成すれば一部とは言え、君の最愛の者達の納まった無料の墓が出来るはずだった」
モリアーティとアリス嬢が同時に息を呑み、あっけに取られて私を見ていた。
「それが動機? 僕がタダでお墓作るって言ったせいでこんな事になったの?」
モリアーティ、茫然。
「モリアーティ、君は悪く無いんだ。良い事をしようとしたんだから。君は精一杯頑張った。ただ、大きすぎる能力は使い方を覚えるのに時間がかかるものなんだよ。
――さてピエロ君、私の考えはこうだ。君は御両親の病気の治療代で無一文に近かった。とても墓を建てる余裕はない。
だからモリアーティが無料で墓を提供すると言ってくれた時、ミンチにして始末する予定の、体の方だけでも妻と子供をちゃんと墓に埋葬してやりたいと思ったのではないかね。
お父さんから聞いたが、君は嘘がつけない。
だから無事に墓が完成するまではと、必死で黙秘を通していたのだろう?」
ピエロがぺたんと座り込み、大声で泣き出した。滴る涙が床にシミを作り、どんどん増えていく。
「そうです、その通りです。僕の妻のベティを殺したのは姉さんのアイリーンです。『あんたみたいな出来の悪い女優に私の代わりができるなんて信じられない、芸をやって見せろ』と妻をそそのかし、シンバといつもの芸をやらせて、こ……殺してしまったんです。たったの胡椒の一振りで。僕の目の前で!
その後で僕はゴミ箱の中の妊娠検査キットを見つけました。
ベティは、僕に子供ができたことを告白する前に死んでしまったんです。
『私、あんたの子供まで殺しちゃったの?』
さすがに姉さんもショックだった様でした。
それでも姉さんは、アリバイを作るため、明日のショーにベティに化けて出演すると言うのです。
『お願い手伝って、もう引き返せない。お金がいるの。わかるでしょう?』
妻もお腹の子も死んだ。父も間も無く死ぬ。僕に残されたのはもう姉だけでした。だから僕は協力することにしたんです。
昔やったのと同じ演目にしました。2年前まで、姉さんと二人でやっていたショーです。これならぶっつけ本番でもやり慣れているから間違えない。
僕は口をつぐみ、姉さんは逃げおおせるはずでした。ショーの寸前に、あのニュースを聞かなければ」
モリアーティが叫んだ。
「昼のB・Bのマネージャーの死体が発見されたというニュース。あの時は、死体発見だけで、まだ彼女への容疑はわかってなかった」
「ニュースを聞いた姉さんは、一瞬、立ち尽くしてました。それからにっこり笑ったんです。『二人でやる、最後のショーね。最高のものにしましょう』不思議なくらい、明るい顔でした。
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