第35話 めでたしめでたし
「ショーは最高の出来で、昔に戻ったみたいで、僕はこのまま二人でずっとショーを続けられたらとさえ思いました。
でもギロチンマジックにかかった時、姉さんは僕の方を向いて、唇の動きだけで言ったんです。『
そうして、右手でギロチンの安全スイッチを外したんです。その時僕は左側に立って、ギロチンの紐をはなした後。止められなかった!」
「B・Bこと、アイリーン・チャンは、自殺だったわけか。君が復讐で殺したわけじゃ無かったんだ。」
モリアーティが唸り、アリス嬢は泣き出した。
「その後で、姉にマネージャー殺しの容疑がかかっていたことを知りました。
追い詰められた姉の気持ちが、その時やっと僕にも分かった。
でも何もかも終わったあとだったんです。
教会で寝ずの番をしていた時、首の傷を隠そうと思って、四葉のクローバーで首飾りを作って持って行きました。
首の傷の繋ぎ目を見ていた時、ふっと首から下を取り替えても、誰にもわからないだろうと思ったんです。
その時、肉用の冷蔵庫に隠してあるベティの体を思い出しました。
ベティのお腹には僕の子供がいる。
このままではベティと一緒にお腹の赤ん坊まで、ミンチにしてシンバに食べさせなきゃならない。そんな事は嫌でした。
せめて、妻と子供を首から下だけでもちゃんと埋葬してやりたいと……
あんなこと思いつくなんて、今思うと、僕は妻と姉の死のショックで頭がどうかしてたんですね。
僕は、トレーラーに戻って冷蔵庫からベティの死体をひきだして、ギロチンで首を切り、首をシンバのトイレに隠しました。
この首の傷が見つかれば、間違い無くシンバは殺処分されます。大好きなベティを噛んでしまって、あんなにショックを受けているシンバまで殺したくなかった。
絶対に見つからない所に隠そうと思いました。だから嫌だったけど、シンバのトイレを掘って埋めたんです。
姉の死体の方は大きすぎて無理なので、初めの予定通りミンチにして少しずつ捨てるつもりでした。ベティを殺したんだから、そのくらいしてもいいと思ったんです。
お墓……母が死んだ時、お金がなくて母の生まれ故郷の海に散骨しました。
母を偲ぶためのお墓も作ってやれない。まるで母さんなんて、はじめから存在してなかったみたいに扱われた様で、たまらなく惨めで悲しかった。
だから、モリアーティさんが『無料でお墓を作る』と言ってくれた時、本当に嬉しかった。
愛する家族の体を安らかに埋葬し、偲ぶ場所ができる。でも、それは姉さんだけ。
何も悪い事していないベティとお腹の赤ん坊ははミンチにされてゴミの様に捨てられると言うのに!
だから、体の一部だけでもいい、ベティとお腹の子供を安らかに埋葬してやれると思ってやったんです。
姉さんも、ベティも赤ん坊も死んだ。父さんもそう長くはもたない。
だから僕はこの世に未練はないんです。
最後まで黙り通して死刑になるつもりでした……。
ああ、その努力もとうとう無駄になってしまった。
モリアーティさん、本当のことが分かったから、もうお墓を作ってはもらえないですよね」
モリアーティはピエロの肩に触れた。首に浮かんでいた黒い線が消えていく。
「安心して、お墓はちゃんと作るから。ただし、一つじゃなく、アイリーンさんとベティさんの分二つ。刑期を終えたらお参りにくるといい。
大丈夫、お父さんの病気は良くなるよ」
「モリアーティさん太っ腹、素敵!」
アリス嬢が拍手をした。
「そうだ。もうすっかり暗くなったし、闇に紛れて今からシンバを助けにいかないか? マザーちょっと相談がある」
留置所のベッドの下の穴に隠れて話を聞いていたマザー達に、私は声をかけた。
◇
「さっきから、何を独り言を言ってるんだ」
話し声を怪しんだ看守が留置所の様子を見にきた時、ピエロは一人で座っていた。
看守が帰った後、「今回こんな役ばっかりだ」と、ワトソン君の声がため息をついた。
◇
「シンバ、僕だよ。こっちにおいで」
ライオンの檻の側の兎穴から出たピエロが、檻に縋ってシンバをそっと呼んだ。
シンバが出てきて、檻の隙からピエロに鼻を擦り付ける。
その鼻にマザーが「時戻しの水薬」をかけた。たちまちシンバは赤ちゃんに戻り、檻の隙間から這い出して、ピエロの腕の中に収まった。
「貰い手は、僕が責任持って探すからね」
モリアーティが言った。
「ありがとう。ホームズさん、モリアーティさん」
今度は嬉し泣きが止まらないピエロだった。
◇
「殺処分が予定されていたサーカスのライオンが、鍵のかかった檻から消えて行方不明」翌日のニュース報道に、世間は大騒ぎとなった。
そして警察の必死の捜索にも関わらず、行方は遂にわからなかった。
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