第18話 ジェットコースターの後でサーカスを


「ホームズさん、大丈夫ですか?」

 五代目が心配げに覗き込む。


「頭痛が……鼓膜が変になった」

 黒兎にホールを開けてもらい、全員、五代目の家で休んでいるところだ。


「ごめんなさい、私が大声あげたから」

 マザーがしきりに謝っている。


 ジェットコースターでマザーの隣に座らされた私は、彼女の大音量の悲鳴の連続で、スッカリ耳をやられてしまった。ジェットコースターというのは、どう考えても拷問の一種だ。

 ワトソン君は、親切心を起こして、入り口のベンチでぐったりしていた中年女性を介抱していて、乗らなかったのが幸いした。あのとき危険を察知すべきだったのだ。


「あ、みてよ。『テインカーベルひったくりを捕まえる』って、ネットでニュースになってるよ。ビオラちゃんの後ろ回し蹴りがバッチリ写ってる。あの、写真撮ってた人達が投稿したみたい」

 携帯でネットニュースを見ていたモリアーティが叫んだ。


「ええっやめてよ!」

 五代目が悲鳴をあげる。


「いいじゃん。いい思い出になって。あれ?行方不明になっていたB・Bのマネージャーが死体で発見された。やっぱり、失恋して自殺してたんだ。

 B・Bが先週お金持ちのCEOと結婚するって発表して以来行方不明になってたんだ。可哀想に」

 モリアーティが言うと全然可哀想に聞こえない。


「B・Bとは誰だね?」

 私が聞くと、五代目が携帯の画像を見せて説明してくれた。


「ベティ・バンブルビーって言うブロンドの女優さんです。モリアーティ君、B・Bのファンで、大学の寮の彼の部屋、彼女のポスターだらけなんです。」


「……サンドリヨンに似てるな」

 モリアーティの奴、女の好みも昔のままなのか。


「大変でしたわね。マザー、はやくホームズさんの耳を治して差し上げてください」

 五代目のお祖母さんがそう言って、みんなにお茶とクッキーを持ってきてくれた。

 メガネをかけた小柄で静かな感じのご婦人だ。五代目はお祖母ちゃん似のようだ。


「紅茶を濃いめに入れましたから。お砂糖も少し多めになさると落ち着きますよ。ビオラちゃんと五代目の事を取り持ってくださってありがとうございました。

 ホームズさんの事は五代目から聞いています。その節は、初代にも迷惑をかけたそうで申し訳ありません。母親が仕事で東部に単身赴任しておりまして、おばあちゃん子の甘えん坊に育ててしまいまして」


「いや、私はあの時いなかったようなもので、代わりに五代目君が活躍してくれたんで助かったんです。な、ホームズ」

 ワトソン君が慌てている。子孫の嫁に頭を下げられると言うのは妙な気分だろう。


「お孫さんは思慮深い、しっかりした考えを持ったお子さんです。お世話になったのはこちらの方ですよ」

 すかさず私がフォローに入る。


「ホームズさんにそう言っていただいて安心しました。私、かねがねホームズさんには一度お会いしたいと思っておりました。五代目のこともありますが、モリアーティ君のことでご相談が……」


 その時、五代目のお祖母さんの携帯電話が鳴った。


「ちょっと失礼します。」

 五代目のお祖母さんが立って電話に出た。顔が引き締まった。何やら話し込んでいる。


「五代目、お客様がいるのに悪いんだけど、すぐ出かけなくちゃならなくなったの。今夜のパーティ用の料理はもう作ってあるから温めて食べて。明後日には帰るわ」


「遠出だね。どこに行くの?」


「分からない、向こうに着いたら連絡する。あ、迎えが来たわ」


 玄関ポーチに黒のベンツが止まった。車からスラリとした大柄の中年女性が降りてきた。


「ブリジット、急いで」


「エホナラ、どうしたの急すぎですよ」


「あ、ナラお祖母グランマちゃんどうしたの?」

 モリアーティが慌てている。


「あらジャム坊や、ここだったの。坊やは良い子で留守番しててね。

 五代目、悪いけどお祖母様をお借りするわ」

 言うが早いか、二人は車に乗り込み行ってしまった。


「お祖母ちゃんったら、“ジャム坊や”なんて。俺とっくに成人してるのに、いつまでも子供扱いなんだから」


 モリアーティのお祖母ちゃん? モリアーティと五代目は家族ぐるみの付き合いなのか。ジェームズだから“ジャム坊や”、モリアーティはずいぶん可愛がられてるようだな。



「まだ、十二時にもならないね。遊園地がダメなら、サーカス行かない?僕の土地の敷地に中国雑技団系の移動サーカスが来てるんだ。僕の曾祖父さんが華僑で、将来は墓地になる予定の土地だけど空いてるから安く貸したの。入場券沢山もらったから、タダで入れるよ」


 モリアーティの言葉に五代目も賛成した。

「行っておいでよ。今日はおばあちゃんいないし、ホームズさんが心配だから僕はここにいるよ。マザーと初代と兎さん達だけでも楽しんできて」


「ソレハイイ! ゴゴ ノ  ヒトトキ ヲ ワガハイト トモニ ゼヒ」

 喜び勇んで、黒兎は兎娘を誘った。遊園地の中ではずっと、兎のぬいぐるみの真似をさせられて、腐っていたのだ。


「わたし五代目と一緒にいるわ」

 黒兎の誘いを兎娘のビオラは断った。


「わたしも喉が痛いし、疲れたから、ここで休んでる。男の方達だけで、楽しんで来て」

 マザーも遠慮した。









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