第17話 ティンカーベル、ひったくりを捕まえる
――見上げる空が青い。カリフォルニアではあまり雨が降らないそうだ。
黄色いスモッグと霧と雨で、傘を持たずに外出できないロンドンとは大違いだ。
こういう空の下に生まれれば“犯罪界の悪の帝王”と言われた人間でも、あっけらかんとアメリカンな、あんな笑顔に育つのかもしれない。
この国に生まれ変わってよかったなモリアーティ、今の君には青空が似合ってる。
“当たり”の金歯の馬に乗ってはしゃぐ、シンデレラの格好の兎娘にも
マザーも大喜びで乗っているが、絵的にはまあ……似合ってる事にしておこう。
「楽しかったー」大喜びで、帰って来た兎娘は満足そうにソフトクリームを舐めている。
可愛い舌の動きに見とれて、五代目がちょっと赤くなった。若いなー。
「じゃあジェットコースターまで歩こう。でも、ビオラちゃんその靴じゃ歩きにくいね。ドレスも動きにくそう。そうだ! マザー、この格好に変えて。ディズニーランドで妖精といえばこの子だよ」
モリアーティが携帯画面を、アイスクリームを舐めているマザーに見せた。
「……確かに妖精だけど、スカート短すぎない?」
「シェークスピアの時代じゃないんだから、これが今時なの、やって!」
マザーが渋々杖を振った。
途端に、兎娘の着ていた服が青から緑に変わり、スカートがみるみる短くなり……。
「はい、可愛いティンカーベル(*注1)のお出まし~」
背中には透明な蝶の羽。綺麗に結い上げたブロンドの髪、露出したデコルテ。
コルセットのようにピタピタの服。足はといえば2本とも腿の付け根から丸出しだ。
「うわっ」私とワトソン君は、慌てて目を覆う。ヌードよりエロい!
その時、観光客の団体が通りかかり、歓声を上げた。
「見て! ティンカーベルがいる、凄いそっくり、可愛い〜」
兎娘のティガーベルを囲んでみんな携帯でパシャパシャ写真を取り出した。
「おい五代目、脚を隠せ! 早く」
赤くなって焦っている五代目に向かって私が叫ぶ。
慌てて、五代目は着ていた百周年スピリットジャージで兎娘の太腿を覆った。
「あれ、似合ってない?」兎娘がしょげた。
「違う! 似合ってる、だけど他の人には見せちゃダメ!」
「そうだぞ、兎娘。そう言う格好は、旦那さんになる男にだけ見せるもんなんだ」
そう言いながらワトソン君、指の間から覗き見するんじゃない!
「えーそうなの? 動きやすくていいのに」
妖精には人間の羞恥心という概念がないようだ。まあ元は兎だし、いつもは裸だし。確かに丸いウサギのしっぽのようなポンポンのついた緑の靴はシンデレラの靴よりは歩きやすそうだが。
「良かったねー、ビオラちゃんモテモテだよ」
ニコニコ顔のモリアーティを見ながら、五代目は困った顔をしている。
なんだ? モリアーティの奴何かおかしいぞ。
「御免なさいね、色々買わせちゃって。これ一枚でなんとかなる?お釣りはいらないから」
アイスクリームを食べ終わったマザーがそう言って、巾着の財布から金貨を出してモリアーティに渡そうとした時、いきなりぶつかって来た男がいた。
「きゃあ!」
マザーが突き飛ばされ、財布を奪われた。
「ドロボー! 待てー」
叫ぶと同時に兎娘が飛び出した。
五代目の百周年ジャージが吹き飛んで、ワトソン君の顔を覆う。
兎娘が凄い速さで追う。
慌ててドロボーが方向転換するが、軽々とついていく。
兎はジグザグ走行で時速80kmで走れる。
人間は金メダリストでも35km、勝てるわけない。
人混みの中に紛れ込む寸前兎娘は追いつき、得意の後ろ回し蹴りが男に炸裂。
財布を取り返し、男はパークの係員にお縄になった。
「オミゴト、サスガ ワガハイ ノ ミライノ ハナヨメ♪」
黒兎は大喜び。
「さすが元兎、いい足だ。あれに逆らえるのかね?ワトソン君」
「いや……やめとく」
私の言葉に諦めたようにワトソン君は言った。
六代目は短距離でオリンピック出場確定だな。
「じゃあ、ワトソン君も納得したから、わたしとワトソン君は帰らせてもらうよ。
黒兎君、ホールを開けてもらえないかな。
そろそろ新しい女王蜂が生まれて分蜂(*注2)が始まるから、準備したいんだ」
「えー! まだジェットコースター乗ってないわ」
「パレードも見てない」
マザーと兎娘が同時に抗議した。
「そうです。ホームズさんは、みんなと一緒にジェットコースターに乗るんです。ジャック・ジャックを探していきなり時速90km。インクレディコースター(*注3)最高!」
おいモリアーティ、なんなんだその笑った目は。
あ、マザー何故ロープを出す。私は別にジェットコースターに乗りたいわけでは
わあ―――――!
*******
(*注1)ティンカーベル。ディズニーアニメ/ピーターパンに出てくる妖精の
キャラクター。イメージモデルは、マリリン・モンローです(本当)。
(*注2)分蜂とは、春になると新しい女王蜂が誕生し、今までの女王蜂が新しい
巣を作るために、働きバチの半分を引き連れ、巣箱を出ていくこと。
女王蜂を捕まえて、新しい巣箱に入れてやるとその巣箱に落ち着きます。
(*注3)インクレディコースターはディズニーランド最速・最長。カリフォルニア・スクリーミンを2018年リニューアル。「Mr.インクレディブル」のパー家の末っ子坊やのジャック・ジャックジヤックがテレポーテーションで逃げた。坊やを追いかけ、捕まえようとする設定。
因みに、ひったくりとの追いかけっこは、パークランドとアドベンチャーランドの間にある広場で起こりました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます