澄野さんは散歩したい【KAC20234(テーマ:深夜の散歩で起きた出来事)】

🌸

 済野さんは変わっている。

 ある日曜日の朝食後、僕は澄野さんから散歩に誘われた。


「今日は深夜の散歩に行きましょう」


 今夜、散歩に行きたいのかな。

 明日は仕事だけど、澄野さんとの散歩ならいつだって歓迎だ。

 僕はそう思って快諾した。


「いいよ」

「じゃあ、準備をしなくちゃね」


 澄野さんはドレッサーに座りメイクを始めた。


「準備? 今から?」

「ええ、すぐ済むわ」


 深夜の散歩の準備を今からするのか。どういうことだ。


「ええと、真夜中に散歩に行くんだよね」


 僕は確認のため彼女にきく。


「そうよ」


 眉毛を書き足しながら澄野さんは答える。

 嚙み合ってない。

 僕と彼女の会話は決定的に何かが噛み合っていない。

 僕は唾を飲み込んだ。


「まだ朝だけど」


 澄野さんはさらりと答えた。


「ええ。確かに今ここは朝だけど、地球上のどこかは今深夜よ」

「ええと、つまり?」


 ちょっとした衝撃を受けた。

 確かに地球上のどこかは深夜かもしれない。

 でも僕らは今この場所で生きているんだ。

 他の場所の話するなよ。


「今から外に出て、地球の裏側は深夜だなってことを考えながら散歩をするの」


 澄野さんは、メイクを終えた顔でにっこり笑った。

 腑に落ちない。


「澄野さんは言葉が足らないよ」


 つい恨み言が口をつく。


「それにそんなこと言ってたら面倒臭い人って思われて孤立するよ」


 現に今僕が面倒臭いって思ってしまったわけで。

 対して澄野さんは殊勝だった。


「そうね。だからこういうことは貴方以外には言わない」


 そして僕の心を掴んでくるんだ。


「じゃ、行きましょうか」

「ああ」


 澄野さんめ。

 分かっているのかいないのか。

 いつも彼女に振り回されるのは僕の方。

 でもそれも悪くない。


 僕たちは連れ立って外へ出た。

 澄野さんにしてやられたような気持ちの僕と。きっと地球上のどこかの深夜の街のことを考えている澄野さん。

 二人で歩く。


 春のそよ風の中、ただただのんびりとした時間が流れていた。


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澄野さんは散歩したい【KAC20234(テーマ:深夜の散歩で起きた出来事)】 @ei_umise

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