終電を逃した!

カトウ レア

第1話

 唐突ですがみなさん、終電のまま終点まで寝過ごしたことはありませんか。恥ずかしながら、

わたしは3回あります。普通列車から新幹線まで。何の自慢にも武勇伝にもなりませぬ。特に冬場、列車で座ると、足元からのぽかぽかした暖気が気持ちいいのです。ほろ酔いかげんの帰り道、うとうとしちゃう。

 あの時も冬。降りる駅まで、五分。早く家に帰りたい気持ちと眠たい気持ちが交差する。けれど、ここで負けてはいけない。中央線快速の終点は、高尾だし。あの高尾山の登山の起点でですよ。都心とは、体感で気温が5度くらい違う。寒さが突き刺さるんだ。

 そうそう初めて列車の終点まで乗り過ごしたのは、20年も前。目覚めたら、周りの座席には誰もいなかった。ここで、おかしいと思うべきだった。非常にも列車のアナウンスは、「高尾ー高尾ー。」、「最終列車になります」。あーあ。

 テレビで見た寝ている酔客には、車掌さんが、「お客さん、終点です」、「お客さん、大丈夫ですか。起きてください」って親身になって起こしてくれてた記憶ありよね?「まもなく列車、扉がしまります。車庫にはいります。」のアナウンス。

 焦ったわたしは列車から急いで飛び降りたけど、荷物がない。棚の上に置いた荷物は、列車とともに車庫に突入中。脱力した。

 かろうじて、肩にかけていた小さなバッグにお財布と携帯は入れていたわたし。リュックのことはあとで考えるとして、非情にも今度は「駅の入口を締めます」のアナウンス。急いで改札を出ると、真っ暗で何もない高尾駅。駅前に当時はファミレスやコンビニは見当たらなかった。携帯電話の充電も心もとない。真夜中、タクシーなんていやしない。1時半くらいかな。4時代には始発列車は動く。

 真夜中、線路に沿って隣の駅まで散歩することにした。風は冷たいけど、歩いているうちに身体が温まってくる。真夜中、全く知らない街を散歩するしかなかった。「何をやっているんだろう、わたし」と思いつつ、歩いていれば夜もあける、日も登るし、列車も来るし。だんだん気分が高揚してきた。ランナーズハイみたいに。 

 途中、車に乗っていた若い三人組の男子から車の窓越しに声を掛けられたが、会釈しながら聞こえない振りをして、歩き続けた。誰が深夜に知らない人の車に乗るんだ。それこそ、何か危険をひしひしと感じた。今、振り返ればナンパだったのか、心配してくれたのか、わからない。

 ただ、次の駅を目指して歩いた。次の駅といっても、次の西八王子駅まで3.4キロ、電車なら 3分なのに。散歩にしては、ちょうどいい。だんだん少しずつ気温があがり、空が白くなる。知らない街を旅しているみたいに歩く。ほんのり酒の残り香をまといながら。何もないのが、もはや気持ちいい。誰もいない。誰もがわたしを干渉しない。当時、悩んでいた恋の三角関係の疲れや仕事の嫌なことなんて、考える暇なんてないから。ただ、歩くしかないから。それは忘れられない時間になった。今でも、生々しく追憶出来るほどに。 

 しかし、みなさん、くれぐれも終電列車にはご注意を。なんてね。

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