異世界夜歩き

コラム

***

居場所がない人間は夜の街へと足を運ぶ。


そんな話を聞いてあたしも深夜を散歩してみた。


あたしの住む村から少し離れた大きな街へだ。


広場に多くの若者が座り込んで、ワインの瓶を片手にお喋りしていた。


多くは黒いフードの付いた服を着ていて、互いに得意なことを披露して盛り上がっている。


どうやらこの界隈は、魔法使い系の子が多いみたい。


小さな火を手から飛ばしたり、風や水、雷など自分の属性の魔法を放って広場を華やかにしているのが印象的だった。


そのことからきっと、そこそこ裕福な子が集まっているのだということがわかった。


だってあたしは魔法なんて使えないし、そんな教育も受けてはない。


まあ、家庭環境は最悪だからこんなところにたむろしているんだろうけど。


剣士系の子がいないのは、地域差があるのかもしれない。


ともかく、あたしはここでも受け入れてはもらえなかった。


一応、声はかけてもらえたけど、あたしが魔法を使えないのとみすぼらしい服を着ていたせいか、仲間だと思ってもらえなかった。


結局はそういうものなんだ。


できることと見た目が大事で、あたしとここにいる子たちとでは共通していることがなさすぎる。


居場所がなくて夜の街に来たのは同じでも、「違う人種が混ざって来るな」と、態度で示されてしまった。


同じ夜の住民でも、あたしは夜遊びに向いていたのではなく、夜更かしが好きだっただけだった。


「どうかした? 目が真っ赤だよ」


あたしがひとり泣いていると、声をかけてきた人がいた。


背が高く、身綺麗な服を着た男の人だった。


顔立ちも整っていて、気さくな印象からあたしとは正反対の人に見えた。


腰には剣が見えるのできっと剣士か何かなのかなとあたしが思っていると、男が言う。


「こんなところにひとりでいたら危ないよ。よかったらうちの店で飲まない?」


どこにも行き場のなかったあたしは、言われるがまま男について行った。


事前にお金がないことは伝えたが、男は自分の店だから気にしなくていいと言ってくれた。


考えてみれば、こんな服も顔も体も貧相なあたしから、金が取れるなんて思わないよな。


男の柔らかい表情や声、仕草から彼の善意が伝わってくる。


その態度から、この人があたしなんかに気を遣ってくれているのがわかる。


それが嬉しかった。


居場所がない人間が行くところでもあたしの居場所はなかった。


でも、この人ならあたしの居場所になってくれるかも……そんなことを考えてしまった。


広場から続く石畳の道を歩いていくと、男の店へと着いた。


店内の壁には剣や斧が飾られ、テーブルはカウンターのみ。


中はそれほど大きくはなかったけど、知る人ぞ知る隠れ家的な店だと思った。


他にお客はいなかった。


「じゃあ、なにか飲もうか。それともお腹減ってる?」


男はあたしにワインと食事を用意してくれて、それからいっぱい話をした。


くだらないあたしのくだらない話を、男は楽しそうに聞いてくれた。


しかも、たくさん褒めてくれた。


その夜は、これまで生きてきた中で一番の時間――当然、あたしは男の店に通うようになる。


たまに頑張ってお金を持ってきたけど、彼は受け取らなかった。


「ねえ、魔法を使ってみたいと思わない?」


ある日に、男は突然そんなことを聞いてきた。


あたしは興味はあるけど、そもそもそこまで頭が良くないと笑って返した。


本音では魔法に憧れがあるけど、これまでろくな教育を受けてこなかった自分に、そんなことができると思えなかったんだ。


「大丈夫、君にもできるよ。精霊契約ってのがあってね」


男はこんな学のないあたしでも、魔法を使える方法があると言った。


それは自分の属性に合った精霊と契約することで、精霊から魔法の力を借り受けるというものだった。


精霊を召喚するなんて、あたしからすれば夢のような話でいまいちピンッとこなかったけど。


男は危ないことは何もないと、魔法を使いたいならやってみないかと提案してきた。


ワインを飲んでいたのもあって、あたしはやってみると答えた。


いや、なによりも彼が言うのなら面白そうだと思ったんだ。


「いいね。じゃあ、早速やってみようか」


それから男は店を閉め、あたしを地下にある部屋へと連れて行った。


そこは床に魔方陣がある狭いところで、あたしはその中心に立っているように言われた。


「それじゃ始めるよ。すぐに終わるからね。これが済めば君は魔法が使えるようになる」


そう言った後に、男は詠唱を始めた。


すると、あたしの足元にあった魔方陣から黒い光が放たれた。


それはあっという間にあたしを包み、気がつけば禍々しい光が全身を覆っていた。


これが魔法かと、あたしが戸惑っていると、男は部屋を出て行ってしまう。


だけど、あたしは言葉は発することができず、自分の意志で動くことすらできない。


精霊契約って……こういうものなの?


《契約は終わった。これよりお前は我が依り代となった……。存分に励むとよい……》


どこからか声が聞こえてくる。


声がはっきりとするたびに、あたしの意識は薄れていった。


――店の外、男がタバコを吸っていた。


そこには両腕にびっしりと刺青の入った別の男が、タバコを吸っている男に声をかけている。


「相変わらずやることがえげつないないな、お前は」


「なにを言ってるんですか? 私はああいうどこにも馴染めない子に、居場所と役目を与えてあげているんですよ」


男は煙を吐きながら良いことをしたと言う。


今夜もまた自分の手足になった少女を手に入れたと、ほくそ笑みながら。


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