第5話
ー 隠し味は愛 ー
お弁当屋さんの店内は狭いが奥行きがある。
左側には、L字型の年季の入ったバーカウンターがあり、奥まで続いている。手前の折れ曲がったところにレジがあり、長いカウンターテーブルには椅子が5、6個並んでいる。
右側には、白で統一された二人掛け用のテーブル席が3つ壁に沿って並んでいた。
壁や棚はシンプルに、白とミルクティーのような淡い茶色で統一されているけれど、おばあちゃんの家にあったような、色鮮やかなオレンジや緑の花柄のランプシェードがバーカウンター上に吊るされていたりして、
昭和レトロと北欧スタイルを絶妙に混ぜ合わせたおしゃれなカフェだ。
ワクワクを隠しきれずに、キョロキョロと店内を隅々まで見渡してしまっていた。
バーカウンターの裏で微笑みながら私を見つめていた女性の店員さんに
「もう閉店なので、店内では食べていただくことはできないんですが、
お持ち帰りでもよろしいですか?」と声をかけられた。
私が、「あ、はい。」と答えると
店員さんは手際良く、お弁当を紙袋に入れてカウンターの上にそっと置くと、「4950円です。」
無職には高額すぎる値段に、驚きのあまりギョッと目が見開いた。
それでも「いいの。いいの。今日はご褒美よ!」って心の中で言い聞かせながら、5000円札をスカスカの財布から緊張しながら取り出している自分がいる。
だけど、心の中で陽気に踊っている自分も一緒にいた。
気づいてたんだ。
お弁当屋さんに入った瞬間から、
フワフワと降るこの雪のように、
私の心もふわっと舞い上がっていたんだもん。
急ぎ足で家路に着くと、現実に引っ張り戻そうとする個性も無い、可愛らしさも無い、安さで選んだだけの家具に囲まれた、本当につまらない部屋がいつも通りにお出迎えしてくれた。
そんな部屋に今日はご褒美がやってきた。
買ってきたお弁当をそっと普通に使い込んだだけのテーブルに置き、
「わぁ〜。なんか、ドキドキしちゃう。」と、
ゆっくりお弁当の蓋を開ける。
ミディアムレアで火が通ったローストビーフ、大きなエビフライ、
色鮮やかなパプリカのピクルス、星形に切られたニンジンも入った
ポテトサラダに、ごはんの上には粒の大きなイクラ、クリスマスらしく
ミニトマトとブロッコリーでクリスマスカラーを散りばめ、
繊細に美しく詰められていた。
「美味しそう」ではなく、思わず「うわぁ~きれい!」と声が出てしまった。そう、今の私に必要だったのは、これ!これなのよ!
高級だけど希望しか詰まっていない、私を満たしてくれる夢のような物!
カメラを急いでカバンから取りだして、無心で写真を撮り続けた。
レンズ越しにお弁当を見ているだけでも、
私の泥まみれの心を、美しさで洗い流してくれるようだったから。
カメラをテーブルに置いて、箸に持ち替える。
「いただきます。」
カリカリサクサクの衣がついた大ぶりのエビフライを、目一杯開けた口で頬張る。
『ザクザクッ』
「美味しい〜!」
口の中に広がるのは、作り手の愛。
そして、こんな私でも包み込んでくれる優しさ。
自然と涙が溢れ出していた。
私は、優しと愛に飢えていたんだ。
次の日、昼過ぎに目が覚めると、
化粧もせず、部屋着のようなラフな格好のままで家を飛び出していた。
無性にあのお弁当屋さんにまた行きたくなったから。
お店の前に着くと、昨日は気づかなかったけど、
外に置かれているメニューの看板の端っこに、
誰にも見つからないように書かれたとしか思えないほど
小さく『アルバイト募集中』と書かれていることに気がついた。
*このストーリーはフィクションです。
最後まで、読んでいただきありがとうございました。
よかったら、続きも読んでくださいね。
信じたい 横山佳美 @yoshimi11
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