第4話
ー 本心に嘘の蓋をする ー
『カシャッ』
誰も見てない隙にシャッターを切った。
「ねー、だから仕事どうするの?」しつこくミチルが聞いてくる。
その時、『今だ!』って心の声が聞こえたような気がした。
「んーバイトしながら、フリーランスのカメラマンやってみようかなと思ってて。。。」と下を向いいたままの体勢で、撮った写真を確認しながら自信なさげにつぶやいた。
誰にも言っていなかったけれど、
カメラマンになるきっかけが欲しくて、1年以上も前から数え切れないほどの写真コンテストに応募し続けている。
もちろん結果は全然ダメ。
カメラマンには、なりたいんだけど、なれなかったらカッコ悪いし
お金が稼げるようになるまでは誰にも言いたくなかった。
でも、ここ最近、あまりにも何の進展もないこの状況に嫌気がさして、
腹をくくって『カメラマンになりたい』って公言してしまった方が、
物事が進んでいくような気がしていたのだ。
「なにそれー。カメラマンになんてなれるわけないじゃん。
この世の中にカメラマンになりたくてもなれない人、
何人いると思ってんの?
カメラマンでお金稼げるようになる人なんて、一握りなんだよ。
そんなの辞めなよ。」とミチルが笑い、
みんなも「そうそう」とつられて笑った。
心の中で、「言うんじゃなかった」と自分自身を責めながらも、
「そうだよね~。ホントに私って夢ばかり見ちゃって、やっぱりバカだわ~。」と笑った。
辛くても悲しくても、笑えてしまう私は虚しくて涙が出そうだ。
「そろそろ、遅くなってきたし、明日もバイトの面接あるから帰るわ。」と言って、私が使っていた食器をキッチンに運び、
そのまま玄関に向かった。
酔っ払いの「えー、もう少しだけいいじゃん。」の
本心なのか、ノリで言っているだけなののか分からない言葉を
聞き流しながら玄関を出た。
明日はバイトの面接なんてない。嘘をついてしまった。
でも、嘘ばかりで固められた友情に、
もう一個の嘘の隠し味を付け足したって何にも変わらないだろう。
いつまで経っても、人の噂話と不幸話、
愚痴ばかりの味が濃すぎるつまみをお酒のアテにして、
高級食材のように手が届きにくいが、希望しかない夢の話は毛嫌いする友達とは、不幸の寄せ鍋みたいな職場を辞めた時のように、
オサラバするのがいいのかもしれない。
きっと、サキと同じように、私に関する全ての思い出が『悪』に変換され、虚像のノブコを味がなくなるまで、しゃぶり尽くすのだろう。
きっと今頃、男に騙されたにもかかわらず、
まだ夢見てるバカな女だと笑っているはずだ。
私の辞書に『世渡り上手は、本心を嘘の蓋で隠す者。』と書き足し、
心の奥底で悲観的な感情を抱くようになってしまったのは、
小学校時代の嫌な思い出があるからだ。
私の名前は『信子』。
小学生の頃、母親に
「周りの子はかわいい名前ばかりなのに、どうして私は古臭い『信子』って名前なの?」と聞くと、こう教えてくれた。「クリスマスに産まれてきてくれたからね、クリスマスは、サンタクロースを信じたり、奇跡を信じる日じゃない?だから、信子には自分を信じ、人から信頼される人になって欲しかったのよ。」って。
全然、納得いかなかった。
「こいつと喋ったら、古臭いのが感染る。」とか
バカバカしい理由でクラスの男子にからかわれた。
ずっと仲のよかった女の子達さえ、突然みんなと一緒になって私の事を笑った。私もそれまで何とも思っていなかった自分の名前を、
「こんなダサい名前をつけた親を恨む。」とか言って笑い飛ばしてしまっていた。もちろん本心ではなくて、子供の私ができる自分を守るための最大の防御だった。
それから20年近く経った今もアップデートはされず、
大人になっても本心に嘘の蓋をすることで自分を守っている。
自分の感情よりも周りに馴染むように、周りの顔色ばかりを伺って生きているんだ。
でも、最近の私の感情は、隠したくても表に溢れ出そうとしてくる。
そんな事を電車の中でボーッと考えていたら、
あっという間に私の家の最寄駅までついていた。
いつもの帰り道、クリスマスだというのに、
シャッターが下され静寂が流れる商店街が私を誘った。
閉店間近のお弁当屋さんの前で足が止まる。
ミチルの家でも食べてきたのに、私の中にしつこく残る後味を切ってくれる何かが必要だった。心は満たせなくても、お腹ぐらい満たしてあげたかった。
外で看板を片付けていた店員さんに
「クリスマス限定のローストビーフ弁当残り一個ですよ。いかがですか?」と声をかけられると、そのまま吸い込まれるように店内に入っていった。
*このストーリーはフィクションです。
最後まで、読んでいただきありがとうございました。
よかったら、続きも読んでくださいね。
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