夜と散歩とわたし

桃波灯火

夜と散歩と私

「お疲れさまでした」

 深夜一時。バイト先の新人歓迎会が盛り上がり、二次会まで参加した私は、駅前で解散した。


 先輩には「送っていくよ」と言われたが、「家が近いので歩いて帰ります」とうそをついた。実際は歩くと二時間くらいかかる。


「はぁ」

 大通りを抜けて住宅街に入る。夜は更け、歩く人は見当たらない。車もたまに走り抜けるだけだ。

 

 静かな空間。底冷えするような冷たい風は私を通り過ぎ、街に消えていった。


 スマホを開く。充電は70パーセント。


 二時間なら持つだろう。


 ラインで親に「三時ごろには帰る」と連絡し、スマホアプリのradikoを開いた。地元の地方ラジオを検索し、ページを開けばちょうど放送が始まったところだった。


 毎週夜一時から放送するラジオ番組、オールナイトニッポン。それを聞くのが私の趣味。


 特に、このような静かな夜、一人で歩きながら聞くラジオは格別だ。音を調節し、スマホを胸ポケットに入れる。


 ラジオは私の生命線だ。ラジオがあるから私は人と付き合えているといっても過言ではない。


 私は人づきあいが苦手である。二次会だって参加はしたものの、行きたくて行ったわけではない。他のメンバーがみんな行くと言ったからだ。そこで私だけ帰りますという勇気が自分にはなかった。


 辛い時間を乗り越えて今は最高だ。静かな深夜の住宅街は私とラジオパーソナリティだけの世界。誰にも邪魔されない、至福の時。


 深夜ラジオは不思議な世界だ。遠く離れた放送局のブースと、各地に散らばったリスナーがメールで一つになる。初めてラジオを聞いた時、その感覚に虜になった。


 そして、ラジオに夢中になった理由はもう一つある。


 当時から私は人づきあいが苦手で、周りに合わせて生きていた。クラスで流行ったものをしっかりと押さえ、ファッション誌で流行をチェックする。


 自分を嘘で塗り固めて学校に行った。そのおかげで友達というか、一緒に行動する人は増えたが、真に感情を共有できる相手は居なかった。


 いつも家に帰って一人でアニメを見たり、小説を読んだりしていた。


 人の目が気になって仕方がなかった私は、自分がマイノリティだと理解していたのだ。


 そんなときに出会ったラジオ。初めて聞いたメールお題。そこで私は知った。私のような人がいっぱいいるということを。


 私と似たような視点を持つ人たちが集まって一つの番組を作り上げていた。パーソナリティはリスナーのメールを受け止めてしっかりと面白く、楽しく、そして私たちを肯定してくれる。


 自分が普通じゃないのはよく理解していて、自分の価値観が受け入れられないことがあるというのも経験した。


 でも、そのラジオは確実に、絶対に、自分の居場所がどこかにあるということを教えてくれた。


 そんな私にとってラジオは生きる糧になっている。


「ふふっ」

 やっぱり面白いな。


 胸ポケットからスマホを取り出し、メールを開く。連絡先登録をしてある番組のメールアドレスをタップした。


 今から送るのは企画メールではなくリアクションメール。このパーソナリティは他と比べて、企画以外のメールも拾ってくれるのだ。


 メールを送り終え、スマホを胸ポケットに戻す。


 再び歩き出してラジオに耳を傾ける。


 私のメールが読まれないかなと期待した。


 家まではまだ一時間以上ある。


 ラジオもまだ、終わらない。

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