第2話 ウソ製造機
───ガタン、ゴトン
四角い、昔ながらの機械が音を立てる。まるで、声を上げて泣いているかのように。小さな音と白い煙を吐き出してはその煙を送り出し、静かに見守っている。この小さな煙がウソの元になるのかと思うと、少し切なくなる。これはウソ製造機。人間を変えてしまう、恐ろしい機械───
「はぁ」
私は、茶色くて薄汚いその機械を見てため息をついた。…噂には聞いてたけど、本当に森の中にこんなものがあったとは。
「初日からこんな仕事だなんて…ついてないなぁ」
また、はぁとため息をついた。天使になって数十年、やっと憧れの人間界管理職に付けた。そう、そのはずだったんだけど…。よりにもよって200年間ウソ製造機の監視。…ここまで頑張ってきた私の努力はどこへやら。
ウソ製造機の監視は、人間界にあるこの機械に人間がいたずらをしないように見張りをする仕事だ。そんなのしなくても、こんな薄汚い機械にイタズラするバカはいないっての。
木の影に三角座りをして、空を見上げた。あぁ、暇。何か面白いことでもないかなぁ。
ぼーっと空を眺めていると、正面からガサガサ、ガサガサと音が聞こえてきた。
「…邪魔だな、この草」
どうやら、誰かが草をかき分けてこっちに向かっているらしかった。少し低い声からして、男だろう。…とゆうか、見つかったらやばくないか?そもそも、人間に私の姿は見えるのだろうか。ずっと天界で過ごしてきたから、さっぱりわからない。…とりあえず、木の影にでも隠れとこうかな。
「っはー。やっと着いた」
背の高い、細っこい男だ。男は腰ほどまでのびた草からひょっこりと顔を出し、「へぇ、こんな所に」とニヤリと笑う。
「…これが、嘘製造機、ねぇ」
…い、イタズラするバカ、いた…?
すると、男は少し寂しそうな表情で、ポケットから小さな紙を取り出し、機械の隙間に投げ入れた。
「…どうか」
男はそう呟くと、目を閉じ、機械に向かって静かに手を合わせた。…何してるの、こいつ。
すると、その直後、機械から白い煙が浮かんで、深呼吸をした男の口に入っていった。
男は、…よし、と呟くと、ポケットから電話を取り出し、耳に当てた。
『…もしもし』
電話から女の声がした。少し悩んでいるような声だ。それを聞いた男は、ぎゅっと唇を噛み締め、泣きそうな顔でこういった。
「俺達、別れよう。悪いけど、もう俺、お前のこと好きじゃない」
『…そっか、わかった』
ぷつ、と音がしたかと思うと、男の目に溜まっていた涙が溢れ出した。
「っあ…っ、」
男は膝から崩れ落ち、泣いた。これでもかというくらい、泣いた。気がつけば、空が赤くなっていた。
ひとしきり泣いたあと、ウソ製造機に顔を向ける。
「…ありがとう、嘘の神様。噂、本当だったんだな。…あいつ、優しいから。他に好きなやつがいるのに、別れたいのに、別れようって言い出せなかったみたいなんだ」
男はもう一度機械に手を合わせると、草をかき分けて戻って行った。今度は、清々しい表情で。
…そういう事だったのか。ここには、ウソの神様がいる、という噂があるのか。男が投げ入れた紙を見てみると、『もう好きじゃない』と、丁寧な文字で書かれていた。何度も書き直した跡が残っている。何度も迷い、後悔し、決意して、ここに来たんだろう。
…噂は、ここに投げ入れた紙に書いてある嘘を言う力を、嘘の神様がくれる、みたいなところか。
…この人間界は、私の憧れていたようなきらきらしたものではないらしい。…けど、優しいものなのだろう、きっと。そんな噂が広がるくらい、誰かのために嘘をつきたい人がいるんだから。あの男も、例外じゃない。
本当に、人間界に憧れてきたこの数十年はなんだったんだ…と思いつつ、そのウソ製造機を見ると、初めは薄汚かったその茶色が、何だか優しい色に思えた。
訂正しよう。こんな仕事も、悪くない。
くだらない短編集 niuno @nyaao
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