第4話 悪役令嬢 VS ???

 

「カレン、ちょっといいかい?」


 ロギンス! 見ててくれた?私、あなたとの未来のために頑張ったわ。ああ、いけない。思わず駆け寄って胸に飛び込んでしまった。デヘヘ。まだ駄目だわ。誰かに見られたりしたら大変だもの。


「カレン、さっきのはちょっとママに言いすぎだと思う」


 ん? んんん?


「君の気持ちは分かるけど……。あれじゃあママが可愛そうだよ」


 ハァ? 何言ってんだコイツ? さっきまでの私たちの死闘を見て何も思わなかったの?


「僕と結婚したら君の義母ママになるんだよ? 君だってこの後うまくやっていきたいだろ? 僕もついて行くからママに謝りにいこう」


 ロギンスの手が私の背中をやさしく押してくる。ああ、コイツはきっと善意でやってるつもりなんだろうな……。はぁ、マザコンかよ。妹よ、コイツの短所はマザコンなのね。どうしよ……でも短気は絶対に駄目。いいカレン? 現状から最善の選択をするのよ。でもマザコンかぁ……


「どうしたんだい? カレン」

「いえ殿下。私……すこし疲れてしまいました。こんなひどい顔ではお義母様にお会いできません。お義母様にはよろしく伝えておいてくれないでしょうか?」


「……ああ、そうだね。君は今日は頑張ったからね。分かったよ。ママには僕から伝えておくよ。ああ、家まで送ろう」

「いいえ、今は周囲の目に気を付けなければなりません。馬車を待たせてありますし大丈夫ですわ。では失礼致します」


 そういって私はそそくさとその場を離れて馬車に飛び乗った。


「バウマン、すぐに出して」

「畏まりました」


 馬車の中で執事のバウマンが私の顔を心配そうに見つめていた。そうか、私は今酷い顔をしているんだろうな。これからどうしようかな……


 まさかマザコンだったとは。せっかく王妃と上手くやれそうな気がしたのに一気にぶっ飛んだわ。妹め、よりにもよってマザコンにするなんて。ロギンスは母親と私が対立したらどっちの味方をするんだろうか。王妃と一緒になって私を責めてくるのかな。


 ロギンスはまだ十八歳。このままなら将来結婚してもエネ男になるかもしれない。いや、今からみっちりと教育すればいけるか? ともあれ今判断を下すのは危険な気がする。もうどうすればいいのよ。ってあれ? あそこにあるのはもしかして……


「ねえ今、井戸があったわよね?」

「井戸でありますか? ええありました。」

「なら止めて」

「お嬢様、いったい何を……」

「井戸っていったら決まってるでしょ!」


 私は馬車を飛び出して井戸に行くと思いっきり息を吸い込んだ。


「マザコンってなによ! 事なかれ主義なんてふざけんな!いくらイケメンでもありえねーだろ! マ□□フ□□カー!!」

「お、お嬢様。いったい何を……」

「ハァハァ、も、もう終わったわ。さあ屋敷に戻るわよ!」




 それから九年後




「私も若かったわね。それにしてもこっちに来てから十年か。早かったような、遅かったような……」


 あの後、ロギンス殿下との婚約は内々で済ませて大きく取り沙汰されることはなかった。アリスとカリウス殿下の電撃結婚の衝撃によってかき消されたからだ。アリスは略奪愛だの言われることもあったみたいだけど、持ち前の明るさと慈愛でみんなを魅了していった。


 一方、私は結局ロギンス殿下と結婚することはなかった。一時は殿下の教育を決心してやってみたけれどどうにもならなかった。お互い忙しく、いつも一緒にいれるわけではない状況ではあの王妃から親離れさせることはできなかった。


 もっと上手くやれたんじゃないかと今でも思うことがある。殿下がもっと若ければ……もっと時間があれば……ってね。だけど次第に状況がそれを許さなくなった。タオーバロン王国で内戦が始まってしまったのだ。まあ私にも原因があるんだよね。


 私は教育の成果が出ずに疲れ果てて次第に王家と距離を置きはじめていた。そして気分転換に帝国の実家から持ってきた資金を元手に商会を作ったり銀行を創設し、日本の知識をフル活用して結婚のことなど忘れて仕事に打ち込んでいた。


 そんな中、どんどん成長していく私の会社を見た地方領主たちが助言を求めてきたんだ。頼られるのが嬉しくてそれに応えてしまい、地方は王都を尻目に繁栄していった。そして力を蓄えた貴族たちは結託して王家に対して反乱を起こしたのだ。


 王家の反抗もすさまじかったものの結果は地方貴族たちの勝利に終わった。周辺国からの侵略を防ぐために、戦争で疲弊した貴族たちは団結して連邦国家を誕生させた。


 私は王家側の人間と疑われたこともあったけど、疎遠にしていたし、貴族側に資金援助を行うことで身の潔白を証明した。その甲斐あって戦後は貴族たちを借金漬けにして、その代償として私のロスマイン銀行は中央銀行として連邦の通貨発行権を得ることができた。


 これで愚かな権力争いとはおさらばよ。戦争なんて下々の者が勝手にやるがいいわ。反故にしようとしてもタオーバロン王国時よりも国力の落ちた状態では、帝国の後ろ盾がある私を始末することはできないでしょうね。


 王族は皆、戦争によって死亡、あるいは行方不明ということになった。だがそれは私による偽情報だ。袂を分かったとはいえ嘗ての婚約者一家を見捨てる事が出来ず、彼らを助けることにしたのだ。影武者を用意し、本人たちには充分な資金を与えて遠方に送りだした。元気にやっているだろうか。彼らの才覚があれば一からでもやり直せるはずよ。


 私はというと、軌道に乗っている業務のほとんどを部下たちに任して人材育成に励んでいた。ロギンス殿下の教育には失敗したけど、その経験を活かそうと若者向けに門戸を開いたのだ。これからやってくるのも私に助言を求める将来有望な青年だ。


「お嬢様、本日のお客様の馬車が見えてきました。準備はいかがでしょうか?」


 バウマンはあれからずっと私についてきてくれる。随分と無茶を言ったこともあったがよくやってくれている。彼の言葉を聞いて私はカーテンの隙間から今日の訪問客を覗き見た。


「背は私よりすこし高いくらいかな。年は……まだ十四、五といったところね。あどけないところがあるけど将来性はありそう」

「お嬢様、いかがなさいますか?」


 侍女が私の指示を待っている。身の回りの世話は全て彼女に任せるくらい信頼できる優秀な人材だ。


「……そうね。まだ若そうだし経験も少なそう。いえひょっとしたら無いかもしれないわ。やさしく教えてあげる事にしましょう。プランCにするわ」

「畏まりました」


「お茶の準備はできてる?」

「はっ、上質なコカの葉が手に入りました」


「よろしい。食事はどう?」

「精の付くものを取り揃えました」


「いいわね。ベッドルームの方は?」

「既に準備してあります」


 うん、みんなさすがね。打てば響くっていうのはこういうことよ。さて、そろそろやってくる頃合いね。


「第一印象でほぼ全てが決まるといって過言ではないわ。今日の私はどう?」

「「「 大変お美しゅうございます 」」」


 うんうん。お世辞が含まれているのもあると思うけど褒められると自信が沸いて来るわ。自信が私を輝かせてくれる。


「さあ出迎えよ! 若いツバメが私を求めてやってくるわ!!」


 この世界に来て色々と振り回されたけど、今はとても充実しているわ。あの子はきっと素敵な男性になる。私は一時の止まり木で構わない。でも立派に育ててみせるわ。私の愛の力でね。

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悪役令嬢に問う ~その愛、本物ですか? 犬猫パンダマン @yama2020

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