第3話 悪役令嬢 VS 王妃
「カレンさん、すこし宜しいですか?」
来たわね。カリウス殿下とロギンス殿下の母親。そしてタオーバロン王国の国王ゲオルギス三世の妻、王妃エメラダ。
「はい、そうですね。お話することがありますね」
「何も取って食おうというわけではないわ。そんなに緊張しないで」
そうして私はまた別の個室に連れてこられた。王妃様と二人きりだなんて緊張する。そう思っていたけどいつの間にかロギンス殿下が部屋に入っていた。
「あら? ロギンスも来たのね。まあ、あなたにも関係のあることですから許可します。ただし発言は許しませんよ?」
「はい、それで構いません」
「それでカレンさん?あなたの気持ちはどうなのかしら?」
「気持ち……ですか?」
いきなり何を言い出すんだこのバ……王妃は。今更気持ちの確認したって仕方がないじゃない。
「ええそうよ。あなたはいきなり婚約を破棄されて、その上次の婚約の話まですぐに決まって。同じ女として同情しているのよ」
「もったいないお言葉です」
「そんな他人行儀な、相手は変わってしまったけどこれまでと同様に義母と思ってくれていいのよ?」
いったい何を考えているんだろうか。同情しているならむしろ放っておいて欲しい。
「大丈夫、私はあなたの味方よ。困ったことがあったらなんでも言ってね。それよりロギンスの事はどう思っているのかしら。ねえどうなの? 好きなの? ねえ?」
この女もしや……味方の振りして私の失言を誘ってる? 私がもし好きだといったらどうなっただろうか。恐らく私とロギンス殿下の関係を疑ってきてある事ない事いってくるに違いない。そうはいくもんか。それにしたってこの女うざすぎる……ハッ?! いけない。きっとこれも私を苛立てるための作戦ね。くっ、冷静になるのよカレン。
ここでの私の目的は二つある。一つはこのうるさい王妃を黙らせる事。もう一つは一刻も早くこの場を立ち去ることだ。私だってここまでの戦いで疲労のピークを迎えているんだ。いつ集中力が切れて失言してしまうか分からない。短期決戦しかない。
「……今はまだ分かりません。でもロギンス殿下は素敵な方ですし誠実さを感じます。私はきっと……これから好きになっていくんだろうなってそう感じています」
「そう、そうなのね。それは良かったわ」
どうよ? この完璧な受け答えは。これなら不貞を疑おうなんて思えないでしょ?
「でもさ~それならさっきの態度はないんじゃないの? カレンちゃん」
な、何なの、この威圧感は。さっきまでとは態度が全然違うじゃない。表情がまったく変わらないのに一体なにが……。くっ、この女も差分がないのね。王妃のデザインは妹……妹よ、お前もか?!
「確かに同じ女としてあなたの気持ちは分かるつもりよ。でも母親としては別。息子たちを天秤にかけるあなたの態度は許せないわ」
ロギンス殿下とディール殿下のどちらかを選べと国王陛下に迫った時の事ね。確かに母親としては面白くなかったでしょうね。
「だいたいロギンスと本気で仲良くなる気があるのかしらね。随分と気分がいいことでしょうね。カリウスの次はロギンス?あわよくばディールまで狙っているんじゃないでしょうね?ふんっ、良かったわね、美人に生まれて」
この女……とうとう正体を現したな。いいわ、そっちがその気ならやってやるわよ。
「ロギンスも可愛そうだわ。兄のお下がりだなんて。もっと条件の良い娘なら他にもいたでしょうに」
「お言葉ですが、それはカリウス殿下に言うべき言葉ではありませんか?」
うっ、やっぱ怖い……でももう後には引けないわ。
「そもそもカリウス殿下がアリス様にちょっかいをかけなければ済んだ話ではありませんか」
「自分の落ち度を無視してよく言う」
「しかしそれが客観的な事実です」
「それはあなたがアリス嬢をいじめていたから呆れてしまったのでしょう」
「違います。アリス様が編入してくる前からカリウス殿下の私に対する態度はひどいものでした。それは他の生徒たちに聞けば、すぐわかっていただけると思います」
「しかし、それでもあなたがアリス嬢にした仕打ちは許されるものではないわ」
「ええ、その通りです。ですがそれは私とアリス様二人のことです。他人にとやかくいわれる事ではありません」
「他人ですって?! これから義母になる私に向かってなんという口の利き方をするのですか!」
「それならば娘になる私にくどくど嫌味を言うのはお止めください!」
いったいなんなのよ、この不毛な言い争いは。先程までの腹の探り合いの方がまだましだわ。こんな感情剥き出しになって馬鹿みたいじゃない。
「そうはいかないわ! 私にはね、息子たちを幸せにするっていう使命があるのよ。守るものがないあなたとは違うのよ!」
なっ、この女まだ続ける気なの?
「ですが、ロギンス殿下との婚約は既に国王陛下自らがお決めになったことです。これ以上の問答は必要ありません!」
「そんなことないわ! あなたがロギンスの妻となるのなら、それにふさわしい妻とするのが私の役目。今のあなたでは不合格よ!」
「それは王妃殿下が決めることではありません!」
「なんですって?」
「そもそも殿下がいったい私に何を教育していただけるのでしょうか? 口の悪さですか?それならば私にも心得がありますので結構です!」
「……あなた、王妃の私に向かってよくもそんな口の利き方ができるものね。その気の強さだけは褒めてあげるわ」
しまった。さすがに言いすぎたか。うわぁ、どうしよ。冷静にさせちゃったかなぁ。衛兵とか呼ばれたらまずいなぁ。
「帝国の威光を笠に着て、随分と上機嫌のようねカレンさん」
「殿下こそ陛下のお隣にいるだけで気が強くなるのですね。それとも普段はただ猫を被っているだけですか?」
ああ~私のばかばか。こんなこと言うつもりじゃないのに。
「そう、そこまで言うのならもう言葉はいらないわね。いいわ。本当の私を見せてあげる。その身体で覚えておきなさい。タオーバロンの荒鷲と呼ばれた私をね!!」
「ひぃいいい」
もうなんなのよぉこの人。なにが荒鷲よ。あれっ? ババアが来ない……。ロギンス! 助けてくれたのね。でもなぜ何も言ってくれないの? あっ、そっか。確か話しちゃいけなのよね。
「ありがとうございます、ロギンス殿下」
「ロギンスはこの女を守るのね。いいわ。確かに暴力は良くないわ。話し合いで決着をつけましょう」
えぇ? まだやるつもりなのこのババアは。もう終わりにしましょうよぉ、こんな不毛な争いは。
「あなた……ロギンスに守られたからっていい気にならないことね。ロギンスはただ暴力が嫌いな優しい子なのよ。あなたじゃなくても私の前に立ちふさがったでしょうね。尤も私に食って掛かるようなお馬鹿さんはあなたぐらいなものだけれど」
「殿下、この際ですから聞かせていただきます。いったい私の何が気に食わないのですか。はっきり仰ってください」
「全部よ」
ハァ? 何言ってんのこのクソババア。
「何よ? あなたが聞かせてくれというから教えただけじゃない。文句あるわけ? でもあえていうなら……あなたがカリウスの運命を変えてしまったことよ」
「それはカリウス殿下が――」
「違うわ。あなたの美しさが全ての原因なのよ」
つまり、美しいって罪なのねってこと? いやそんなわけないか。
「カリウスは自分の容姿に随分と自信を持っていたみたいなの。でもあなたと出会って、あなたの美貌を見てそれが壊されてしまった。あなたに気後れして手ごろなアリス嬢に近づいた。それが事の真相なのよ」
そうだったのね……。私の知らない所でそういう設定になっていたとは。まさかの展開だわ。
「まあ、あの子は少し芋臭いけど、あれはあれでいい娘だから結果的にはいい方に転んだわ。あの娘とならカリウスは大丈夫だって私も安心しているんだけどね」
「芋臭いってひどいじゃないですか!アリス様はとても素敵なお方です!」
あの子は私がなるはずだったんだ。中傷は許さないわ。
「カリウスを取られたのにやけに肩を持つのね。まあそれだけいい子ということなんでしょうね。あなたみたいなじゃじゃ馬を手なずけてしまうのだから」
「じゃじゃ馬ってそれはひどくないですか?」
「これは褒め言葉よ。素直に受け取りなさい。私とこれだけやりあえる人なんて今までいなかったわ」
「……そうですか。それではついでに荒鷲の異名もいただけますか? 響きがかっこよくて気に入っちゃいました」
「それは駄目。それはね、陛下を射止めた時の私を見て周りが勝手に言い始めたことよ。あなたは状況に流されて婚約しただけ。荒鷲は譲れないわ」
「そうですか。確かに先程の威圧感は私には無理です。私にはあんなに怖い顔はできません」
「大丈夫よ。あなたならいずれできるわ。私が保証する」
「そんな保証されても全然嬉しくありませんよ……」
「……ねえカレンさん」
「はい、なんでしょうか?」
「あなた……ロギンスとやっていける?」
これは……どう答えるべきなんだろうか。王妃殿下に先程までのとげとげしい感じはない。だけど油断はするべきじゃない気もする。
「やっていける……と思います。だってこの短い時間で王妃殿下ともこんなに話せるようになったんです。それならって」
「でも私、あなたのこと嫌いよ?」
「はい、私も殿下のこと大嫌いです!」
「そう……なら、やっていけるかもしれないわね」
そういうと王妃殿下は立ち去っていった。なんだか凄い人だった。印象が180度変わった感じ。でもこれで私たちを阻むものは何もないわ。ねえそうよね、ロギンス。
「カレン、ちょっといいかい?」
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